角田 光代 Mitsuyo Kakuta


1967年神奈川生まれ。

早稲田大学第一文学部卒業。

90年「幸福な遊戯」で「海燕」新人文学賞を受賞しデビュー。

96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、99年『キッドナップ・ツアー』で産経児童出版文化賞フジテレビ賞、翌年同作で路傍の石文学賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年『ロック母』で川端康成文学賞を受賞。

そのほか主な著書に『みどりの月』『エコノミカル・パレス』『トリップ』など。近著に『ドラママチ』『夜をゆく飛行機』がある。

■ 連載にあたってのメッセージ

 私は名刺を持っていません。初対面の人に会って名刺をいただくとき、ちょっと間が悪いというか、「名刺を受け取る」「渡す」という連続行為の一部がぽっこり抜けて、ほんの数秒の空白がいつもあります。名刺がないので、名乗らなきゃわからないだろうと思い、いつも自分の名前を発語するのですが、このときも、転校生になったような気恥ずかしさと心許なさを感じます。

 私が名刺を持たないのは、何かのポリシーなどではなくて、ただ単純に、そこに記するべき情報(属する会社、部や課、肩書き)がないからです。名刺を出せず自分の名前を名乗るとき、ああ、私って本当に、何ものでもないよなあと、空白の数秒のなかでちらりと意識します。属するべき場所も、肩書きも持っていないよなあ、と。それは清々しい気分ではあんまりなくて、やっぱりどこか、心許ない気分ではあります。でも、その心許なさ、あるいは出すべき名刺がないことの間の悪さや名乗るときの気恥ずかしさをこそ、私は自分に課しているような気がしています。

 世のなかのほとんどのものごとに、今は肩書きが与えられると私は思っています。働かない若い人にはニート、既婚者との恋愛には不倫、おうちから出ない人には引きこもり、現象から事件まで、ちいさなものからおおきなものまで、きちんと分類され名前を与えられる。まるで新商品の製品名のように。そして小説を書くということは、そうした肩書き、既成の分類から、つねにはみ出す何かと向き合うことではないかとも、思っているのです。

 「情熱大陸」のホームページで、短い小説の連載の話をいただいたとき、なんの肩書きも持っていない気分を書いてみたいと思いました。たとえば恋には似ていても、決して恋と分類できないもの。肩書きを与えてもらえない気持ち。前進も撤退も求められていない感情。

 「情熱大陸」という番組を、私はとても好きですが、その好きな理由は、どんなに偉業を成している人でも、どんなに有名な人でも、日常のさなかにふと、だれでもない、何ものでもない一瞬の横顔を見せてくれるから、なのです。


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