2008年10月 3日 (金)

最終話 最後の食事、明日のごはん



角田光代

 私あんたを連れて死のうとしたことがあるのよ、と、母があまりにも衝撃的な発言をしたのは、由子が母と向き合って食卓についたときだった。食卓の真ん中ではすき焼きがもうもうと湯気を上げている。

「何それ、何よそれ」

「お肉、もう食べられるわよ、いいお肉だから煮すぎないほうがいいわよ」生卵をかき混ぜながら、のんびりとした口調で母は言う。

「それより、なんなの、どういうことなのよ」急いで卵を割り、肉に箸をのばし由子は再度訊く。

「あんた、覚えてない? 夜更けにバスにたくさん乗ったこと。あんたは四つになってたかな」

 由子は肉を咀嚼しながら思い返す。母と夜のバスに乗った記憶はたくさんあるが、祖母の家から帰ってきたり、習いごとから帰ってきたりと、みな目的がちゃんとセットになっている。

「ねえ、お肉、やっぱり奮発してよかったね、おいしいね」湯気の向こうから母が笑いかける。
「うん、おいしいよ。ねえ、それで」
「どこで死のうかなあって考えて、バス乗り継いでいるうち、おなか空いちゃったの。それでね」
「ちょっと待って」由子は母の話を遮る。「なんでそんなことになったの」
「おとうさんに女ができたからよ」おだやかな声で母は言い、くたくたに煮えた春菊をつまみ上げる。
「ええっ、おとうさんに女が」女、という母の言葉の生々しさにたじろぎながら由子は繰り返す。

「そうよ、出てっちゃったのよ。女のところにいっちゃったの。それで私は仕事もしていなかったし、かなしいやらくやしいやら不安だわで、なんだかもう、い やんなっちゃったの。それでもういいや、死んじゃおうって思って、いちばんいい訪問着着てさ、あんたにもおめかしさせて、家の鍵閉めてバス停まで歩いて、 それでバス乗ったの」

 由子は茶色く染まったじゃが芋を食べる。母の作るすき焼きにはじゃが芋が入る。ふつうのすき焼きにはじゃが芋を入れないと、二十歳を過ぎるまで知らなかった。甘辛いじゃが芋はほくほくと口のなかで崩れ、由子は母の衝撃告白を一瞬忘れ、ああシアワセ、と心の内でつぶやく。

「バス乗って終点までいって、そこからまたバスに乗って……そんなことしてるうちにね、おなかが減っちゃったのよ。ほら、腹が減ってはなんとやらって言う でしょ、それで、最後の晩餐だと思って、繁華街までいくバスに乗って、お店を一軒一軒のぞいて歩いたの。最後の晩餐なんだから、おいしいもの、食べさせた いじゃない」

 おいしいものを食べたい、ではなく、食べさせたいと言うところが、母という人だと由子は思う。

「それで、何食べたの」

 うふふ、と母は照れくさそうに笑い、「すき焼き。すんごい豪勢なお値段の」と言う。

「すき焼き屋さん」
「そう、すき焼き屋さん」

 母は傍らに置いた肉の薄いフィルムを器用に箸で剥がし、鍋に広げて入れていく。由子は着物姿の母とすき焼き屋に入ったことを思い出そうとするが、やっぱり思い出せない。

「不思議なものよねえ、おいしいもの食べながら、人って怒ったり、悪いこと考えたり、できないのよねえ。おいしいね、おいしいね、って食べ合って、ふと顔 上げたら離れたところに鏡があってね、私、笑ってるのよ、鏡のなかで。なんだ、笑えるんじゃないの。しかも、おいしいって思ってるんじゃないの。図々し い、何が死んでやる、よ。そう思ったのよね」

 すき焼きが私たちの命を救ったのだろうかと由子は考える。いや、そもそも母は死ぬつもりなんかなかったのではないか。でも、すき焼きを食べていなかったらどうなっていたか、今ではだれにもわからない。

「それで、おとうさんはどうなったの」
「一週間くらいして、帰ってきたわよ。うまくいかなかったんじゃないの」
「許したわけ?」
「許すも許さないも、私、好きだったんだもの」
 ぬけぬけと母は言う。女という母も、好きという言葉を使う母も、由子ははじめて見る。
「おとうさんは、朝ごはんだったわねえ。卵に鰺に、おつけものに海苔に、おみそ汁」
「え、何が」
「最後のごはん。このおうちで食べた、最後のごはんよ。本当の最後はヨーグルト一口だけど、でも、あのいつも通りの朝ごはんが最後のごはんだったんだって私は思ってるの」
 父は三年前に亡くなっている。母は取り乱しもしなかったし、大泣きすることもなかった。葬儀が済むと、昔からそうしていたように淡々とひとり暮らしをはじめた。
「私はね、イタリア料理だった」
「え、なあに」
「俊文さんとの最後の晩餐」

 由子は笑う。由子は先だって、六年交際していた恋人と別れたばかりだった。なんとなく結婚するんだろうなと思っていた相手だった。けれどそうはならな かった。話があると言われたとき、のんきにも由子は、プロポーズだろうかなどと考えたのだった。好きな人がいるんだと言われたときは、あまりの驚きで地面 が揺れているように感じた。ぽかんと口を開けて六年来の恋人を見つめたまま、しかし由子は、泣いても騒いでも脅しても、自分たちは元に戻らないと実感し た。最後に、と、二人で食事をしにいった。これから別れることが嘘のように話が弾んだ。笑って言葉を交わしながら、由子はゆっくりと納得した。自分たちが これから違う道を歩いていくのだと。

 前菜もワインも、パスタもメイン料理もおいしかった。おいしいと感じることに安堵しながら、デザートまでしっかり食べた。そうだ、たしかにあのとき、と もにいた六年を後悔したり否定したり、元恋人を罵ったり怒ったりする気にはなれなかった。だっておいしかったのだ、何もかもが。

 見栄っ張りな母が、なぜ昔の、母にすればかっこいいわけではない話を今したのか、由子には理解できる。母は母のやりかたで、娘をなぐさめようとしてくれているのだろう。ひとつの関係を手放してしまった娘を。許すも許さないも、好きで覆えなかった娘と娘の恋人を。

「おかあさん」由子は照れくさくて言えない感謝の言葉のかわりに、言う。「すき焼き、すっごくおいしいね」

「そう、よかった」母は顔を上げず、肉を追加しながらさりげなく言う。けれど由子には、おいしいという言葉に母が深く安心していることがわかる。

 もし今度、と由子は考える。もし今度、だれかと恋をして、その先にずっとつらいことが待ち受けていたとしたら、もうだめだと思うようなことがあったら、私もひとりで豪勢なすき焼きを食べようかな。着物を着て思い詰めた顔ですき焼き屋に入った若い母を思い出しながら。

「あ」そんなことを考えていた由子は唐突に思い出す。延々バスを乗り換えた夜のこと。どこいくの、と訊いても、母の横顔はかたく、返事はなかった。バスの 窓の外が、どんどん暗くなってきて、いつもなら不安で泣き出したろうけれど、なかなかった。かたい表情の母が、それでも自分の手をずっと握りしめていてく れたからだ。その手はちゃんとあたたかかったからだ。

「なあに」
「ううん、なんでもない」由子は薄く笑い、「じゃが芋もーらおっと」鍋にひとつ残るじゃが芋に箸をのばす。うん、おいしいね。由子はほろほろした味を確認しながら、心のなかで自分自身に向かって言う。

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2008年 10月 03日 ゆうべの食卓 |



2008年9月 5日 (金)

第11話 いつかきっとわかるいくつかのこと



角田光代

 こういうお店の人は私たちに対してたいがい冷たい、と柚子は思う。もう慣れっこだから、柚子はなんとも思わない。個室じゃない場合は、ほかの座席の客も ちらりと冷たい視線を投げかける。それも慣れっこ。どうして冷たい視線を投げられ、冷たい態度をとられるか、柚子にはよーくわかっている。自分が場違いだ からだし、クーちゃんとの二人連れが「いかにも」だからだ。

 割烹着のおばさんは柚子たちの前に小鉢を置いていく。ぼた雪みたいなハモ。きれい、と柚子は思う。おばさんは、仕切りの向こうの客には料理の説明をていねいにしていたのに、柚子たちにはしてくれない。クーちゃんがかわりに話し出す。

「ハモの落としにはたいてい氷が敷いてあるけど、ここのは敷いてないんだ。新鮮なハモだから氷で締めなくてもくさみがない。氷なんて敷いたら水っぽくなっちゃうからね。ほら、このたれつけて、食べてみ」

 ぼた雪みたいにはかなく見えるのに、口に入れるとけっこうむっちりしている。噛むとふわふわと崩れ、梅のたれが甘く感じる。でも本当は、こんなあっさりした魚じゃなくて、もっとがつんとしたもの食べたいな、と思っている。とろとろのチェダーチーズがミンチを覆い尽くしたようなハンバーガーとかさ。もちろんそんなことを柚子は言わない。「うーん、おいちー」テーブルに顔を突き出して目を細める。

「そうだろう、そうだろう、おいちーだろう」クーちゃんはまなじりを下げて笑う。その顔が柚子は好きだ。この顔が見られるためなら何度だって言う。「本当においちー、私、しあわせ」
 柚子は今年の春に二十歳になったが、髪を茶色に染め、肩も脚も露出したイマドキの服を着ているから、高校生に見られることもある。高校に通っていない高校生。そして向き合うクーちゃんは、後半とはいえまだ四十代なのに、頭髪は薄くなり腹はみごとに突き出て、役つき五十代に見える。馬鹿っぽい若い娘と、脂ぎったメタボ中年。この組み合わせはある種の飲食店では嫌われるらしいと、クーちゃんと食事をするようになってから柚子はしみじみ理解した。何やら好ましくないおつきあいをしているように見えるのだろうし、大人の店にこんな小娘を連れてくるなと店側も客も思うのだろう。だから、居酒屋でいい、焼き肉屋でいい、フランチャイズの店でじゅうぶんと柚子はクーちゃんに言うのだが、クーちゃんが指定するのはいつも「大人の店」である。店内の客に、十代はおろか二十代の人も見あたらない。大声で笑ったり、酔っぱらって浮かれたりしない。だれもかれもきちんとした服を着て、静かに料理をたのしみ、酒を飲み過ぎることもない。好ましくないおつきあいをしているような二人連れ、内ひとりはレトルト食品しか食べたことのないような若い娘、に、彼らは嫌悪のこもったまなざしをちらりと向ける。食事中、テレビにグロいシーンが映ってしまったときのように。

 小鉢はとうに空になっているのに、お店の人は下げにこない。クーちゃんは店員を呼ぶが、だれもこない。それもまた空になったグラスを傾け、残りの水滴をすするようになめ、また店員を呼ぶ。こんなこともいつものこと。クーちゃんは店じゅうに響くような声で「すみませーん」とくりかえし、割烹着のおばさんが迷惑そうにやってくる。大声で店員を呼ぶような店ではないんですけど、とおばさんの顔が告げている。でもクーちゃんはめげない。

「これ、下げて。あと、追加で久保田ちょうだい。柚ちゃんはなんにする」
「私ウーロンハイ」

「焼酎を烏龍茶で割ればよろしいですか」おばさんは、ハイなんてつく飲みものは聞いたこともないと言いたげに問う。「焼酎はなんの銘柄になさいますか」

「なんでもいいよ。麦か米なら」柚子のかわりにクーちゃんが答える。

 照り焼きが出て、天麩羅が出て、会話がなくなりかけたころ、ようやくハモしゃぶ用の鍋が出る。仕切りの向こうの客は、もうとうに帰ってしまった。

「柚ちゃん、五十秒だ、おれが数えてるからきっかり五十秒で引き上げろよ、ハイッ」

 柚子とクーちゃんは同時にハモを鍋に入れる。白い身は、一瞬沈んでから花開いたように広がって浮き上がってくる。柚子が上目遣いに見ると、クーちゃんは真剣な顔で腕時計をにらんでいる。

「よし! 食え食え」大急ぎで身を引き上げ、たれに浸して口に入れる。花開いた身のように、ゆたかな香りと味が広がる。がつんとした強さはないが、やわらかい強さがある。でもやっぱり焼き肉やチーズ入りのハンバーガーのほうが私は好きだ、と思いつつ、「クーちゃん、おいちー」また言う。「な、おいちーだろう」「うん、おいちーよ」「そうなんだ、おいちーんだ」

 クーちゃんは、柚子の母親の恋人だった男である。柚子の父親は、柚子が二歳のときに亡くなっている。柚子がクーちゃんにはじめて会ったのは小学二年生のとき。母親とクーちゃんは籍を入れることも、ともに暮らすことすらなかったが、それでも休みの日、クーちゃんと母親と柚子はそろって遊びにいった。夏休みには旅行もした。父親の記憶がまったくないせいで、柚子は小学校を卒業するまでクーちゃんが実の父親だと信じていた。事情があっていっしょに暮らせない父親なんだろうと。

 中学に上がると、クーちゃんと遊ぶのはそんなに頻繁ではなくなった。それでも誕生日やお祝いごとのあるときは三人で食事をしにいったし、母親が仕事で遅くなる日、クーちゃんが料理を作りにきてくれることもあった。クーちゃんが父親でないとわかってから、いつか母と彼は結婚するんだろうと柚子は信じて疑わなかった。母のほうがいくつか年上だったけれど、二人はお似合いだったし、クーちゃんは家族のようだったから。

 けれど二人は別れた。柚子が高校三年に進級した年に。クーちゃん、最近連絡ないけどどうしたの、と柚子が訊くと、「うまくいかなかったの」と言って母は困ったように笑った。

 志望していた大学に合格が決まったとき、さんざん迷ったが柚子はクーちゃんに電話をかけた。携帯電話の番号なら知っていた。今までずっと、誕生日も入学祝いも卒業祝いもいっしょに祝ってきた人なのだ、母と別れたからといって、私までハイサヨナラと割り切ることなんかできない。と柚子は言い訳するように思った。実際は、ただ会いたいだけだった。クーちゃんはホテルの最上階にある鉄板焼きレストランで合格を祝ってくれた。

「ハモって魚、見たことある?」クーちゃんが訊く。
「ないよ、ないない」
「すごい凶暴な顔してるんだ。しかも細かい骨がいーっぱいある。それを職人が、ぜんぶていねいに切っていくんだ」
「へえー。こんなにきれいなのに、こわい顔で骨まみれなんて思えないね」
「そうなんだ、そんな魚を、昔の人はよく食べようなんて思いついたよなあ。はい! 五十秒! とって、とって」

 以来、柚子とクーちゃんはときどき食事をするようになった。二、三カ月に一回。母親には内緒だ。最近、母には新しい恋人ができたらしいことを柚子はクーちゃんに言わない。クーちゃんも母について柚子に訊いたりしない。共通の会話もない。でも柚子はクーちゃんに会いたかったし、クーちゃんも連絡をくれるということは、会いたくないわけではないのだろうと柚子は考える。自分たちに対するお店の人の冷ややかな態度、客たちの迷惑げな視線に、ときどき柚子は大声で叫びたくなる。私たちのこと、なんにも知らないくせに! でも、よく考えれば、自分にだってよくわからないのだ、自分たちの関係がいったいなんであるかなんて。

 鍋からのぼる湯気を浴び、凶暴な顔つきの、骨ばっかりの大きな魚を柚子は想像しようとするが、目の前の、純白の花びらのような身からは、どうしても思い浮かべることができない。ああ、でも、と柚子はふいに思う。人生というものが、そうしたものであればいいのに。凶暴で手に負えない見かけをしているけれど、その実、驚くほどやわらかく美しいものであればいいのに。

 今まで、人生なんて言葉を使ってものを考えたことのない柚子は、思い浮かんだ自分の考えにびっくりする。私はまだ、そのほんの入り口にいるんだろうなあとあらためて考える。クーちゃんと母の時間。二人の別れた理由。別れた後の、二人の傷。私にはまだわかりようもないいくつかのこと。でもせめて、今、二人がそれぞれ思い返す時間が、やわらかく美しいものであってほしいと柚子は思う。

「秋になったら松茸だな」クーちゃんが言う。松茸のおいしさだってまだわかっていない柚子は、それでも「おー、やったー」と喜んでみせる。いつかきっと、ハモも松茸も、ハンバーガーよりおいしいと思える日がくるのだろうと思いながら。

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2008年 09月 05日 ゆうべの食卓 |



2008年8月 1日 (金)

第10話 夏の記憶と西瓜腹



角田光代

 風呂掃除をしようと風呂場に向かった重敏は、あやうく叫びそうになった。浴槽に馬鹿でかい西瓜がぷかぷか浮かんでいるのである。

「おい、西瓜が」

 リビングに駆けこみ、妻のゆきみに言う。

「ああ、買ったのよ」

 ダイニングテーブルに食器を並べていたゆきみは、当たり前のことを訊くなと言いたげな声で言う。

「浴槽に西瓜が」

 くり返しながら、なんだか馬鹿みたいだと重敏は思うが、まったく想像もしていなかった光景に、驚きはなかなか消えない。

「冷蔵庫に入らないから、浴槽で冷やしておいたの。食後に食べようね」

 ゆきみは顔を上げ、重敏に向かって笑いかける。重敏は、風呂掃除のためにジャージの裾をまくり上げたまま、湯気の立つ皿を運ぶゆきみと、西瓜ほどもでかくなったゆきみの腹を交互に見た。

「あんなにでっかいの、重かっただろ? ひとりで持って帰ってきたの?」

 ダイニングテーブルで向かい合って座り、夕食を食べながら重敏はゆきみに訊く。口をもぐもぐ動かしながら、ゆきみはひとつこくりとうなずく。

「半分のとか、四分の一のとか、そういうの買えばよかったのに。そのおなかで重いもの運ぶの、たいへんだっただろ」

 予定通りならば赤ん坊はあと二週間で生まれてくる。当然のことながら妊娠したことのない重敏には、日に日に大きくなる妻のおなかは神秘そのものである。必要以上に気を遣いもする。買いものはもちろん、階段の上り下りや、歩くことすらしんどいのではないかと思い、あれこれ口出ししては「引きこもってるわけにはいかないでしょ」とゆきみに呆れられている。

「だってさあ」口のなかのものをのみこんで、ゆきみは言う。「最初から切ってある西瓜なんて、おもしろみがないよ」
「だったら日曜に買うとか。おれが運ぶから」
「今日は安かったんだ、西瓜。千円しなかったから、思わず買っちゃった」
「でも二人で食べきれるかどうか」
「そうなんだよ、これ買おうって思ったとき、二人じゃないからいいやって無意識に思っちゃったの。まだ出てきてないのに頭数に入れちゃったんだね」

 ゆきみはそう言って、左手で腹をぐるりと撫でさすった。

 ゆきみのなかでは、もうずっと前から家族は三人なんだろうと重敏は思い、猛烈に羨ましくなる。おなかにだれかが入っている感覚のわからない重敏は、もうひとり家族が増えるということが、頭ではわかっても体でわかりきっていない。きっと生まれるまでわからないだろうと思う。生まれたとき、本当にあのおなかには赤ん坊が入っていたのかと、そのとき阿呆みたいに驚くような気がしている。

「でも、生まれてもとうぶんは西瓜なんか食えないだろう」

 ずいぶんとつまらないことを言っていると思いながら、重敏は言う。そうなんだけどね、とゆきみは笑う。

 食事を終え、重敏は食器を流しに運び、風呂場に向かう。浴槽に半分ほどはった水に、みごとに丸い西瓜がぷかぷか浮かんでいる。その光景を見て重敏は、幼少時の夏休みを唐突に思い出す。電車に二時間揺られていった祖父の家。井戸に吊り下げられていた西瓜。陽のあたる縁側と、山型にカットされた西瓜、あじ塩の赤いキャップ。近所に友だちもおらず、店らしい店のない祖父の家は退屈だったし、弟と喧嘩ばかりして母に叱られていた。祖父は無口で、祖母は重敏たちには口に合わない山菜や煮物を食卓に並べ、父はほとんど一日テレビの前でうつらうつらしていた。ああつまんねえ、と思いながら縁側に腰掛け、日向の庭に西瓜の種をとばしていたことを重敏は思い出す。祖父の家には、中学に上がるころにはいかなくなった。今、祖父も祖母も他界している。

 あんなに退屈だった数日が、今思い起こせば絵画のようにうつくしく思える。それはきっと、子どもでいられた時間が、自分の内で完璧に終わったからなんだろうと彼は思う。退屈だと思う傲慢、家族に不満を持つ贅沢、ここ以外の場所に馳せる憧憬――かたちを変えながらも自分の内部に残っていたそんな「子ども」は、もういない。父になるのだ、と、重敏は今までにない気持ちで思う。

 西瓜を浴槽から引き上げ、タオルで拭く。脱衣所で、重敏はそれをこっそりTシャツのなかに入れてみる。横を向き、鏡に映す。ゆきみほども腹の突き出た自分を見る。もっと重いのか。もっとあたたかいのか。もっと繊細なのか。丸い腹をさすり、重敏は想像する。

 Tシャツから西瓜を出して、落とさないように抱えて台所にいく。切るぞ、と声をかけると、ゆきみは立ち上がって台所にくる。

「冷えてるかな」
「冷えてる、冷えてる」

 包丁をあてがい、割るように切る。真っ赤な断面があらわれる。

「おお」思わずゆきみが声を漏らす。

 半分と二分の一にラップをかけて冷蔵庫になんとかしまい、残り二分の一を均等に切る。皿に盛り、塩とともに食卓に運ぶ。ゆきみは先割れスプーンで食べ、重敏はそのままかぶりつく。水気の多い甘い西瓜である。口の端からしたたり落ちる西瓜の汁をティッシュで拭いながら、重敏は今しがた思い出した、田舎の夏休みの話をゆきみにする。とばした種のことや、蝉の声や、弟としたつまらない喧嘩について。

「いいなあ、私には田舎がなかったから、そんな絵に描いたような夏休みはなかったな」

 祖父母も両親も東京に住んでいるゆきみは言う。

「今思い出すから『絵に描いたような夏休み』なんだよ。そのときはそんなことは思わないんだ」
「そうだね、夏休みってひたすら退屈だったもんね」

 スプーンの先で器用に種を取り除きながら、ゆきみはふと黙る。ゆきみの考えていることが、重敏には言葉を交わしたようにわかる。これからこの世に登場する子どもが過ごす夏について思いを巡らせているに違いない。退屈さも、うんざりするような暑さも、西瓜の甘さもそうめんの冷たさも蝉の声も、自分たちが存分に享受し味わってきたすべてを、今年の夏からこの子は味わいはじめるのだ。傲慢も贅沢も憧憬も、すべて。

 重敏は西瓜を食べかけたまま動きを止め、まじまじとゆきみの腹を見る。すごい、と思う。このなかにその全部が入っているのだ。やっぱり神秘だ。

「あいたたた、蹴るな蹴るな」

 ゆきみは顔をしかめて腹をさする。あわてて重敏は手をのばし、子どもの動きを確認しようとする。手のひらに、まだ見ぬ子どものもぞもぞした動きが伝わってくる。これから世界に登場してくるちいさなだれかに、めいっぱいいろんなものを見せてやろうと、重敏は意気込んで思う。美しいものもそうでないものも、うんざりするものもそうでないものも、この子が子どもでいるうちにぜんぶ見せてやろうと。

 かつて夏を過ごした祖父の家の縁側で、ちいさな子どもをあいだに挟んで西瓜の種を飛ばす自分たち夫婦の姿が、まるで夕べの記憶のように浮かび上がって消える。

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2008年 08月 01日 ゆうべの食卓 |



2008年7月 4日 (金)

第9話 未来の味覚、未来の恋



角田光代

 これでひととおりコースは終了ですが、何かお気に召したものありましたら、また握りますが。白木のカウンターの向こうで板前さんが言い、陽子と尚美は顔を見合わせ、うにを、と同時に言う。

「うにっていえばさあ」陽子のお猪口に日本酒を注ぎ、自分のお猪口も満たし、「あんた、うに食べられなかったねえ」と尚美が言う。
「食べられなかった」陽子はちびりと日本酒を飲む。
「でもがんばったんだよねえ、要は慣れだって言って」
「そうよう、がんばったんだよう」

 二人とも自分の口調がだいぶゆるくなってきたことには気づいていない。

「毎晩買って帰って」
「そう、毎晩買って帰った。三十二のときか」
「もう十年も前になるのか」
「早いねえ」
「早いよう。すみません、日本酒もう一本」

 好き嫌いはほとんどない陽子だが、うにだけがだめだった。にちゃ、とした感触と、広がる磯のにおい、けだるいような甘さが、どうにも苦手だった。けれど食べられないから困るような食材ではない。うにはいわば贅沢品だ。

 ところが三十二歳のとき、陽子は自分でも驚くくらい激しい恋をした。激しい恋愛ではなく、激しい片恋だった。二歳年上の相手の好物はうにだった。いつか洗面器いっぱいのうにを食べてみたいなあと、目尻をさげて笑うような人だった。陽子は自分もうにを好きになろうと決めた。小学校のころ、給食にくり返し出されたおかげで、生のキャベツを克服した覚えのある陽子は、毎日のようにうにを食べることにした。仕事帰りに家の近所の魚屋にいく。魚屋が閉まっていればスーパー。閉店間際で、見切り品のシールを貼られたうには、千円もしなかった。箱に入ったうににスプーンを差し入れて、プリンを食べるみたいに食べた。うに丼、うにスパゲティを作ることもあった。ウエ、と吐き出すほどではなかったが、やっぱりどこがおいしいのかわからなかった。でも食べ続けた。これをおいしいと思うようになれば、自分の恋は成就すると、いつの間にか思いこんでいた。

 修行のようにうにを食べはじめてから三カ月後、片恋の相手から食事に誘われた。鮨屋だった。そしてこの日、陽子はうにに開眼した。うにってこんなにうまいものだったのか!と、椅子の上に立って叫びたいほどだった。旬だったのかもしれない。見切り品のうにばかり食べていたおかげで、鮨屋のうにがとびきりおいしく感じられたのかもしれない。日本酒との組み合わせがよかったのかもしれない。あるいは、隣に座るうに好き男の、うにパワーが伝染したのかもしれない。「おいしいねえ」そう言ったら涙が出てきた。

 うに修行のたまものではないだろうが、陽子の恋はそれからとんとん拍子にうまくいった。一年後には結婚を申しこまれ、その三カ月後、籍を入れた。友人を招いての結婚パーティもした。

 結婚記念日はいつも鮨屋にいった。きみ、うにがうまいって泣いたんだよなあ、と、夫になった男は言った。あれには感激したなあ。あのとき、この人と結婚するかもって思ったんだよな。とつけ足した。うに修行、やってよかった。そういうとき、心から陽子は思うのだった。それがこの数年、おたがい仕事が忙しく、結婚記念日に鮨屋にいく習慣も立ち消えになり、会話もとぎれがちになり、そのうち同じ家に住んでいるのに顔を合わせることも少なくなり、そうして半年前、別れたいと夫が言った。ほかに好きな人ができたのだと言った。そんな、中学生じゃあるまいし、ほかに好きな人ができました、はいそうですか、なんてわけにいきますか、と思ったものの、でも、単純にそれだけが理由ではないのだろうなと陽子は思った。好きな人ができたから、こちらに愛がなくなったのではなく、愛がなくなったから、ほかに好きな人ができたのだ。にわとりたまごより歴然とした真実だ。

 煩雑な手続きを経て、離婚届を出したのは二カ月前。あと十五年ローンが残っているマンションをきみに譲る、ローンはこちらで払う、と夫は言ったが、陽子は断った。二人でそれぞれ新しい住まいに引っ越した。ずいぶん狭くなった部屋に引っ越した最初の夜、ああ私、本当にあの人のことが好きだったんだなあと、陽子は思った。過去形で思った。

 鮨屋にくるのは久しぶりだった。うには食べるのをやめようかなと思っていたが、おまかせコースで出てきたうにはやっぱりおいしかった。追加のうにも、かわらずおいしい。磯くささ、けだるい甘さ、ねっとりした触感、なぜ嫌いだったんだろう。

「でもよかったじゃん、うに、食べられるようになったし」とんちんかんななぐさめの言葉を尚美が口にし、陽子は笑う。

「そうだよ、あの人に恋をしなければ、このおいしさを知らないままだったよ」

 言ってから、陽子ははっとして口をつぐむ。あの人に恋をしなければ、知らなかったままだったことの、なんと多いことだろう。眠るのがもったいないと思うほどの、夜中のおしゃべりのたのしさ。喧嘩のあとの、あの苦々しい気まずさ。自分の手を包むひとまわり大きな手の、あの安心感。だれかとともに暮らすことの不自由、不自由という名の幸福。別れたあとの穴が空いたようなさみしさと、同時に感じる不思議な安堵。相手の幸福を祈る、嘘くさいと自分でも思うほどのすこやかな気持ち。

「ってことはさ、私たち、まだまだだね」ふいに背筋を伸ばして尚美が言う。「私、豚肉の脂身が食べられないんだけど、この先、脂身のおいしさを教えてくれる男があらわれるやもしれん」

 あまりにも真顔で言うので、陽子は笑い出す。

「本当だよ、私はほやをおいしいと思ったことがないけど、この先、また必死にほやばかり食べる日がくるやもしれん」

「そうだそうだ、乾杯しよう、私たちの未知の味覚と、未知の恋に」

 尚美の持ち上げた江戸切子のお猪口に、陽子も自分のお猪口をそっと合わせる。かすかな音が響く。四十二歳の乾杯に、陽子と尚美は声を揃えて笑う。

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2008年 07月 04日 ゆうべの食卓 |



2008年6月 6日 (金)

第8話 あたらしき日々



角田光代

 引き出物でもらってきた鯛で、寿子は鯛飯を作ったらしい。台所と廊下を挟んだリビングまで、鯛飯のあまやかなにおいが漂ってくる。そのにおいから逃れる ように、信利は読みかけの夕刊を畳み、二階へと引き揚げる。夫婦の寝室である和室に、ごろりと横たわり、まだ夜になりきらないおもての薄闇を眺める。おと うさーん、ごはんよう。階下から寿子が呼ぶ。おとうさーん、ごはんだってばあー。

「聞こえてる!」立ち上がって信利は怒鳴る。「今、腹が減ってないからいらん!」所在なく和室をうろうろし、またごろりと横になる。窓の外はゆっくりと紺色に染まっていく。隣の家の窓に明かりが灯る。

 横になっていることに飽き、することもないが信利は階下にいく。リビングのソファに腰を下ろし、テレビをつける。見たい番組などないとわかっていながら、せわしなくリモコンで局を変え続けた。独りで夕食をすませたらしい寿子は、甲高い声で電話をしている。声の調子から言って、相手は近所の友人だろう。そうなのよ、おとうさんたらすねちゃって、晩ごはんの鯛飯も食べないの。結婚式のあいだだってむすっとして、腕組みなんかしちゃって。お婿さんのおとうさんがおいおい泣いてて、それじゃあ反対じゃないのねえ、あはははは。陽気な笑い声に苛立ち、信利はあえて騒々しい番組にチャンネルを合わせ、音量を上げる。あははははは、そうなのよ、じゃあまたね、コーラスの会でね、長電話、叱られるから。

 寿子の声がやむと、急に静まり返る。テレビは騒々しいのに、ぞっとするほど静かであるように信利には思える。おとうさん、お風呂沸いてるわよ。声をかけられ、信利は飛び上がって驚く。

「あとでいい」飛び上がった恥ずかしさを隠そうとして、不機嫌な声になる。
「じゃ、お先にいただいちゃうわね」寿子はぱたぱたとスリッパを鳴らし、風呂場へと向かう。

 騒々しいテレビを消し、信利は台所にいってみる。さすがに腹が減り、夕飯の残りはないかと冷蔵庫をあさるが、ラップをかけられた料理より先に、チューブに入ったマヨネーズが目に入る。信利はそれを手に取り、クリーム色のチューブをじっと見つめる。ピーピーと、やかましく音が鳴る。冷蔵庫を開けっ放しにしておくと、閉めろ閉めろと騒ぐのだ。未だにその機能に慣れない信利は、マヨネーズを手にしたまま忌々しい気分で冷蔵庫を閉め、流しの下の引き出しを開ける。買い置きの食材のなかにツナ缶を見つけ、手を伸ばす。

 一年前まで、この家の冷蔵庫にマヨネーズは存在しなかった。寿子も信利もあのねっとりした甘いような味を好まず、ほとんど出番がなかったからだ。ソースやサラダに必要なときは寿子が卵とサラダオイルで作っていた。

 こうするとおいしいんだよ、と、娘の珠代がマヨネーズをかけたツナ缶を食卓に持ってきたとき、寿子も信利も眉をひそめた。珠代はそれをごはんに盛大にかけ、信利には残飯に見えるそれを、おいしそうに掻きこんだ。その日以来、特大のマヨネーズが冷蔵庫に常備され、食事どきにはいつも珠代のわきに置かれるようになった。珠代は、唐揚げにも食パンにも、蟹缶にも鮭缶にもマヨネーズを用いた。朝、キュウリにマヨネーズをたっぷりつけてぽりぽり噛んでいることもあった。「おいしいんだよ、食べてごらんよ」と珠代は勧めたが、信利も寿子も、何か気味が悪くて手を出さなかった。「およしなさい、そんなみっともない食べ方」と寿子は幾度も言っていたが、珠代はやめなかった。

 薄々わかっていた。珠代には新しい恋人ができたのだ。その恋人が、マヨネーズを多用する気色悪い食べ方を珠代に吹きこんだのだと、話しはしないが信利も寿子も思っていた。

 珠代はすぐにそうしてのめりこむところがある。マヨネーズの前は競輪だった。専門雑誌を買ってきて熟読し、ラジオに耳を傾け、週末は朝からはりきって競輪場にいった。勝ったか負けたか、帰宅した顔ですぐわかった。そういう娘なのだ。隠すことができない。おもて向きの顔が作れない。競輪のときは、さすがに信利は気をもんだ。どうしようもない男、しかももしかしたら妻帯者と恋愛しているのではないかと。寿子に命じて見合い話もさがさせた。

 競輪が終わったことには安心したが、珠代は生ける屍のようになった。青白い顔でろくに食事もせず仕事にいき、決まった時間に帰宅して、表情のない顔でまっすぐ自室に向かう。ふられたのだろうと容易に想像できた。

 そしてマヨネーズだった。競輪よりはだいぶましだが、しかし味覚の狂った若造と交際しているのではないかと信利はまた心配になるのだった。そして、そんなふうにのめりこんで、またふられるのではないか、とも。

 珠代はふられなかった。三カ月前の日曜、茶髪の、ひょろりとした若造を連れてきて、「この人と結婚したい」と言った。「お嬢さんをください、しあわせにします」と、せりふを棒読みするようにスーツ姿の若造は言った。夜に寿司を取ると、案の定、若造は鉄火巻きやイカの握りにマヨネーズをかけた。「おいしいよねー」「ウニにも合うかな?」「お、けっこう合う合う、やってみ」「あ、ほんとだ、おいしーい」マヨネーズは酔っぱらって赤い顔の二人のあいだを行き来した。特上の握りなんだぞと怒鳴りたいのを、信利はじっと堪えていた。

 そして今日、珠代はマヨ男に嫁いだのだった。マヨ男にふさわしい軽薄な式だった。色とりどりの頭髪の男たちが楽器を演奏し、やかましく歌った。珠代の女友だちは酔っぱらって黄色い声をあげ続けていた。競輪よりはまだいいが、しかしマヨネーズだぞ。毎日どんな料理を作ってもマヨネーズまみれにされるんだぞ。味なんか、なんにも知らない男だぞ。式のあいだ、信利はずっとそんなことを考えて、珠代の白無垢もドレスもちゃんと見なかった。

 静まり返った食卓に着き、信利はツナ缶を開ける。てらてらと光る魚の身に、マヨネーズをたっぷりとかける。こんなものがおいしいのか。箸でつまんで、おそるおそる口に運んでみる。なんだ、けっこういけるじゃないか。信利は立ち上がり、ウイスキーを持ってきてグラスに注ぐ。うん、酒にも合うぞ。見たくなかったわけじゃない、本当は顔を上げられなかったのだ。他人のものになる娘を、これから自分たちとはまったく関わりのない、新しい生活をはじめていく娘を、正視することができなかったのだ。なんだよ珠代、おいしいじゃないか。今日ずっと堪えていた涙が、食卓にぽつりと落ちる。

「まあ、おとうさん、何食べてるの」背後から声をかけられ、信利はあわてて目をこする。
「あら、ツナマヨ。けっこうおいしいのよね、これ。私も飲もうかな」湯上がりのほてった顔で、寿子は信利の向かいに座る。なんだ、あんなに嫌がってたのに、試したことあるのか。口のなかでもそもそ言いながら、信利は泣き顔を見られないよう、そっぽをむいてウイスキーを口に含む。

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2008年 06月 06日 ゆうべの食卓 |



2008年5月 2日 (金)

第7話 さやの外



角田光代

 ひとりだ。こんなのはじめてだ。

 大学の裏門から地下鉄の駅まで約十分。そこから電車で十五分。電車を降りてアパートまで七分。たったそれだけ。私は十八歳で、三つや四つの子どもじゃな い。しかも今は夕方五時で、深夜というわけでもない。なのに、なんの予定もなくひとりで帰るのだと思ったら、猛烈に心細くなった。私は裏門近くのベンチに 座って、往生際悪く、だれかクラスメイトが通らないかきょろきょろしたり、携帯を出して友だちの名前をひととおり眺めてみたりする。

 東京にきたのは三週間前。母親と一緒だったからそんなに不安でもなかったけれど、それでもやっぱり東京駅の人の多さや、町を歩く人のテンポの速さにはびっくりし、こわくもなった。二週間前にはじまった大学には、同じ高校から進学した友だちが幾人かいたし、新しい友だちもすぐできた。毎日だれかしらといっしょにいた。授業が終わると何人かで夕飯を食べにいき、方向が同じ子たちといっしょに電車に乗って帰った。みんな、地方から上京したての子ばかりで、きっと私みたいに不安だったのだと思う。レストランやカフェで、食事を終えてもどうでもいい話をして、ずるずると長居した。

 それが、今日にかぎってみんな用があると言う。夕奈は鉄道サークルに入ったのだとうれしそうに言った。岡本さんは語学クラスの飲み会。ヒトシくんは他大学に通う恋人とデート、麻里ちゃんと武藤くんはサークルの新歓コンパ。

 知った顔も通らず、携帯に出てくるのは故郷の友だちの名前ばかり。しかたなく私は立ち上がり、ほとんど散りかけた桜の下を通って門を出て、駅へと向かう。

 べつに、どうってことないのに。そう思いながら歩く。十八年、べったりだれかといたわけじゃない。高校なんて片道一時間もかけてひとりで通っていたのだ。東京はまだ慣れないけれど、人が多くて店が多くて規模の大きいただの町だ。ひとりで帰るのがこわいなんて、そんなガラでもないくせに。そんなことを思いながら駅まで歩く。途中、古本屋やCD屋をのぞいてみたりもする。そうそう、友だちといっしょじゃゆっくり眺められないもんね。

 駅に着くころには、けっこういい気分になっていた。ひとりで歩くのも、なんだかいいじゃないか。東京の大学生って感じがするし。けれど電車に乗り、夕飯、とはたと思いついて気分が一気に暗くなる。今日の夕飯、ひとりだ。ひとりではこわくてお店になんて入れない。弁当を買うというテもあるが、あのアパートで弁当なんてひとりで食べたらよけいに落ち込みそうだ。

 しかたない、何か作るか。

 最寄り駅からアパートに向かう途中まで、商店街になっている。大きなスーパーが近所にないからか、商店街はいつもにぎわっている。献立を考えながら歩くものの、私に作れる料理といえば、炒飯とカレーしかない。カレーでいいか、と肉屋のショーケースの前に立ち、どうせだったら作ったことのない料理をしてみるか、と思い立つ。カレー用牛肉のかわりに、豚ロースを買う。八百屋に寄り、ショウガとキャベツとじゃが芋をかごに入れると、「おねえさん、そら豆も持ってかない、今日のはとくべつおいしいんだ」と、威勢のいい声を掛けられ、そんなことが驚くほどうれしくて、そら豆もかごに入れた。漬物屋で手作りらしい味噌を買い、両手にビニール袋をぶら下げて、まだ明るい町を歩く。

 アパートに着いたのが六時半。ちんまりとした台所で、私は早速料理に取りかかる。ショウガ焼きっていうんだから、きっとショウガと醤油に肉を漬けこんで焼けばいいんだろう。キャベツは千切りにし、じゃが芋の味噌汁を作る。そういえばそら豆がある。そら豆なんて茹でたことない。さやごと茹でるのか、剥いてから茹でるのか。おそるおそるさやを剥いて、さやの内側の手触りに驚く。こんなにふかふかしているのか、そら豆の内側って。まるでクッションじゃないか。そのふかふかのクッションに、さわやかな緑の豆が、眠るみたいに並んでいる。豆の側面についた黒い筋が、なんだか笑っているみたいだ。

 私は慎重に、ふかふかのさやから豆を一粒ずつ取りだしていく。そうしてふと、思う。私が今までいたところは、さやのなかの世界みたいだったのではないか。やわらかく、あたたかく、安全で、いつもだれかがともにいて、うとうととまどろんでいるような世界。もちろん今までだって、つらいこともかなしいこともたくさんあったけれど、それでもやっぱり、何かに守られていたように思うのだ。決してひとりではなかったように思うのだ。

 そして今、さやのなかでぬくぬくと過ごした時間は、終わろうとしている。そんな気がする。東京でひとり暮らしをはじめたせいじゃない。いっしょに帰る友だちが見つからなかったせいじゃない。これから、家族の愛情とは異なる種類の愛を私は知ることになるだろう。ひとりの帰り道よりもずっと深い孤独を私は知ることになるだろう。今まで拭いてきた涙より、もっと塩っ辛い涙を流すようになるだろう。そういうことすべて、この私自身でぜんぶ受け止めていくのだ。守ってくれるさやも、ふかふかのクッションも、もうないのだから。

 そんなことを考えていると、不思議と、帰り道に不安を感じていた自分を笑い飛ばしたいような、剛胆な気分になった。よっしゃ。気合いを入れるように言い、湯の沸騰した鍋にそら豆を入れていく。薄黄緑の豆はくるくると笑うように鍋を泳ぐ。

 ちいさなちゃぶ台に料理を並べ、いただきますと手を合わせる。だしを取らなかった味噌汁は間抜けな味がしたし、キャベツの千切りは無様に太く、ショウガと醤油につけただけの豚肉はただしょっぱくて、ごはんはなんだか水っぽかった。茹でたそら豆がいちばんおいしかった。薄い皮を剥くと、はっとするほど鮮やかな緑の豆があらわれる。ちょっと塩をつけて食べる。カーテンの開いた窓の向こうは夜で、そこに、ひとり食事をする私が映っている。はじめてのひとりの食事だというのに、案外しあわせそうな顔をしている。

 そら豆と、しょっぱいショウガ焼きと、間抜けな味噌汁と、水っぽいごはん。成功とは言いがたい今日の献立を、でもきっと、私はずっとずっと覚えているんだろうなと思った。何かの勲章みたいに。

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2008年 05月 02日 ゆうべの食卓 |



2008年4月 4日 (金)

第6話 白馬の王子、ホルモンの姫



角田光代

 七輪の上に並べたホルモンに見入る。脂がしたたり落ち、じゅっという音とともに煙が勢いよくあがる。義恒は唾を飲みこみつつ、真ん中の肉からひっ くり返していく。つややかに白い肉片にちょうどよく焦げ目がついている。たいていの焼き肉屋はホルモンの白い脂を切り落としてしまうが、ここはたっぷり脂 がついたままのホルモンを出す。

 隣の席ではまだ二十代に見えるカップルが、七輪を挟んで向かい合っている。彼らのテーブルには肉ののった皿とビール、ごはんまである。ビールとごはんをいっしょに飲み食いできるなんて本当に若いんだなと、義恒は感心する。えーこれおいしーい、なんていうお肉? と女の子が高い声をあげる。それ、ミノ。こっちがツラミ。男の子が得意げに説明している。義恒はカップルから七輪へと目を移し、煙をあげ続ける肉片を箸でつまみ、口に入れる。くにゃんとした肉を噛んでいると、脂が溶けるようにつぶれ、深い甘みが口じゅうに広がる。思わずにやける。隣の女の子と目が合い、義恒はあわてて顔を引き締め、通りかかった店員に焼酎を追加注文する。

 ホルモンやミノ、シビレやハツ、ハチノスやレバーといった内臓肉しかメニュウにない店は、今でこそ増えたが、十数年前の東京では貴重な存在だった。関東出身で、内臓肉にあまり縁のなかった義恒だが、学生時代に関西出身の先輩にこの店に連れてこられ、こんなにうまいものは食ったことがないと心から感動した。以来、一カ月に数度はこの店に通うことになった。狭い上、壁は煙と脂で黒ずみ、二時間ほど店内にいるだけで下着までが肉くさくなるこの店に、恋人を連れてくるのはためらわれたが、夕子をここに誘ったのは、結婚が決まっていたからだった。

 夕子は店の汚さにも煙攻撃にもまったく動じず、「雰囲気があってすてき」と言っていたが、メニュウを広げ、「カルビもロースもない」とぽつりと言った。そんなものより絶対うまいから、と、義恒ははりきって内臓肉を注文し、すすんで焼いて、頃合いよく焼けたものを夕子の皿に入れてやった。夕子はホルモンを口に入れ、噛み、噛み、噛み、そして眉間にしわを寄せて義恒を見、「これ、いつ飲みこんだらいいの」と訊いた。そんなことを考えたこともなかった義恒は、何を訊かれているのかわからなかった。だって、噛んでも噛んでもなくならないじゃないと、口元をおさえて夕子は言った。その日、義恒がはりきって頼んだミノもホルモンもハチノスも、夕子はほとんど手をつけなかった。ハラミを三切れ食べただけだった。最初は苦手かもしれないけど、食べているうちにおいしく思うようになるよ、と、義恒はまだ浮かれた気分で言ったのだが、べつにおいしく思うようにならなくたっていいわと夕子はつぶやくように言った。以来、この店に夕子を連れてくるのはやめた。

 思えば、あのとき、ちらりと予感はしたのだった。義恒はひとり、網の上の肉を食べながら思い返す。自分たちはもしかしてうまくいかないのではないかと、ほんのかすかだが、思ったのだった。でも義恒はそんな予感を馬鹿馬鹿しいとすぐに思いなおし、無視した。なぜなら内臓肉が食べられるか食べられないかが、結婚にとって重大なことだとは思いもしなかった。だって、もっと大事なことはたくさんある。相性とか。経済観念の一致とか。価値観とか。未来への展望とか。夕子がホルモンを嫌いだというのならば、この店に連れてこなければいいだけのことだ。今まで通り、男友だちかひとりでくればいいだけのことだ。

 三十歳で結婚して、四年後にはなんだかうまくいかなくなっていた。はっきりした理由はない。共働きの義恒と夕子は、新婚当時は待ち合わせて食事をしたり、どちらかが料理をして相手の帰りを待っていたりしていたが、そんなこともしなくなっていた。ともに過ごせる週末、映画を見たりドライブにいったりする習慣もだんだんとなくなった。気がつけば夕子は、自分の部屋にしていた洋間のソファで寝るようになり、義恒の眠る寝室は男くさいにおいで満ちた。なんだか最近やけに若返ったな、と夕子に対して思いはじめた五年目、離婚したいと夕子から切り出された。あなたとの生活はもっとたのしいと思っていたけど、これじゃなんだかルームメイトと部屋をシェアしているのと変わらない、こんな地味で退屈な生活はもううんざり、と言うのである。じゃあもう一度、きみの思う「たのしい生活」とやらをはじめてみようではないか、と義恒は前向きに提案したのだが、却下された。ほかに男がいたのかもしれないが、訊きも調べもしなかった。もしいたとしたらこっぴどく傷つくだろうと思った。離婚届に必要事項を記入しながら、義恒は、焼き肉屋での予感を思い出していた。結局そういうことだよなと、「そういうこと」が何かよくわからないまま、けれど義恒は五年目の別れに妙に納得したのだった。

 それから二年がたつ。あと数年で四十歳になる。この二年、恋人らしき人はできなかった。友人に女性を紹介され、幾度か食事をしたことはある。彼女は食べることが大好きらしく、いつも率先して店を予約してくれた。一カ月先まで予約が埋まっているような、イタリア料理やフランス料理ばかりだった。たしかに味は素晴らしかったが、しかし彼女と向き合いナイフとフォークを操っていると、この人と交際してもこんなふうな肩肘張った毎日が待っているのではないかと不安になった。すごくうまいホルモンがあるんだけどと、かつてのように言い出せなかった。

 おれ、このまま孤独なのかなあ。さらに追加したセンマイとギアラが運ばれてきて、義恒は網にそれらを並べながら思う。四十代になっても、定年間近になっても、こうしてひとりで内臓焼いて食ってんのかなあ。七輪からあがる煙に目をしょぼしょぼさせ、焼酎に口をつけ、色の変わっていく肉をじっと見つめる。いつかこのホルモンをおいしいといっしょに笑ってくれる女性があらわれるかも、なんて思うのは、十代の女の子が白馬の王子を待つようなものなのか。それにホルモンをおいしいと言ってくれたって、相性が合うとはかぎらないし……いや、味覚の相性ってもけっこう重要なんじゃないか……。しかし、焼き上がったギアラを口に入れたとたん、義恒の顔はにやけ、思考は中断される。ま、いっか。今べつに幸せだし。

 隣の席のカップルが席を立つ。あーおいしかったー。女の子が言う。はじめてのものいっぱい食べたー。またこような。うん、またこようね。レジに向かう二人を義恒は目で追う。二人は財布を取りだし、お金を出し合って会計を済ませる。店を出ていく二人を盗み見ながら、やけに満たされた気分になっていることに気づく。二人がこの先も今日の幸福に包まれているようにと祈るほどに。

 ま、いっか、今日しあわせだし。義恒は心のなかでくりかえし、手を挙げ、焼酎のおかわりと、最後にもう一皿、ホルモンを追加注文する。

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2008年 04月 04日 ゆうべの食卓 |



2008年3月 7日 (金)

第5話 私たちの帰るところ



角田光代

 一日かけて戻した椎茸とかんぴょうを煮る。蓮根は花のかたちに包丁を入れ、こちらは砂糖と塩と酢で煮る。それから人参。花のかたちのくりぬき器を使う。海老は煮て皮をむく。台所いっぱいに醤油と酢と砂糖の、甘からく、ほんのり酸っぱいにおいが立ちこめる。

 深夜の台所。娘も夫も寝ている。えみ子はひとり黙々と、明日のためのちらし寿司を作る。

 翌日の日曜、四歳になる娘の世話を夫に頼み、ちらし寿司の詰まったお重を風呂敷に包み、えみ子は家を出、電車を乗り継ぐ。えみ子が生まれ育った家は、今暮らしている家から電車を乗り継いで一時間のところにある。電車を降り、閑散とした商店街を抜け、住宅街の坂道を歩く。民家の庭に梅が咲いている。晴れていて、時間が止まったように静かだ。

 呼び鈴は押さずに玄関を開ける。甘いようなしょっぱいような、洗剤のような埃のようなにおいが広がり、えみ子はドキッとする。私のうち、こんなにおいだったんだと家に帰るたび驚いてしまう。住んでいるときはまったく気づかなかったにおい。台所から女たちのにぎやかな声が聞こえている。

「あら、えみ子。愛ちゃんはどうしたの」と、すし飯を作っているところだろう、しゃもじでごはんをかきまわしながら長女の紀子が訊く。
「ダンナに預けてきた」コートを脱ぎ、台所のテーブルにお重をのせる。
「連れてくればよかったのに。会いたかった、愛ちゃん」うちわですし飯を扇ぎながら三女の夕子。
「お正月に会ったばっかりじゃない」
「これ、お寿司でしょ、あっち持ってっちゃうわね。あっ、それからね、えみちゃん、お雛さまも飾ったのよ」四女のまり子がえみ子のお重を抱え、手招きする。廊下を挟んだ台所の向かいに食堂がある。古びた座卓には、取り皿やグラスがすでに用意されている。押入をふさぐようにして、雛壇が飾られている。「私と紀ちゃんで、昨日泊まって作ったの」

「なつかしいわねえ」えみ子は雛飾りの前に座りこみ、三人官女や従者、あられののった膳や菱餅を見ていく。この家で暮らしていたころは、雛人形は二階の和室に飾られていた。高校生になってもえみ子は雛人形が何やらおそろしく思え、夜中、トイレにいくのにも勇気がいった。襖の開かれた和室の前を通らなければならなかったからだ。雛人形が飾られていたのは四女のまり子が高校を卒業するまでだった。

「さあ、できたわよ。えみちゃん、手を洗っていらっしゃい。いただきましょう」今年四十歳になる紀子がすし桶を手に食卓に入ってくる。

 四人で座卓につき、白酒で乾杯する。座卓には、四人がそれぞれ持ち寄ったちらし寿司が並んでいる。それぞれ食べ合い、だれのがいちばん母のちらし寿司に近いか判定するのだ。五年前に母親が亡くなってから、なんとなくはじまった姉妹のちいさな雛祭りだった。去年はえみ子が優勝した。その前は二度続けて紀子の圧勝だった。

「あれっ、紀ちゃんのちらし寿司、いつもと違う」えみ子は驚いて言う。
「そうなの。今年は鰻と海老のお寿司にしてみたの。色合いがきれいでしょ」
「でもそれじゃ、勝負にならないじゃない」
「いいのいいの、今年は勝負なし」子どものころから勝手にルールを作ったり変更したりする紀子は、相変わらず独り決めをしてしまい、「まずまり子のから食べようかな」と、しゃもじでまり子の寿司をよそう。「じゃあ私は紀ちゃんのを食べよう」「私はえみちゃんの。えみちゃん、主婦だけあってやっぱりきれいに作るわね」「まり子、去年よりはましだけど、ちょっとすし飯が甘いわね」「恋人にふられるよ」「夕ちゃんは自分の心配だけしてなさい」陽のあたる和室は、勝手にしゃべる四人の声で一気ににぎやかになる。

 この家で暮らしていたときは、そんなに仲のいい姉妹ではなかった。長女紀子と末のまり子は十も年が離れているが、平気でとっくみあいの喧嘩をしていた。夕子は、父と母がまり子を贔屓し、自分を愛していないと何年も言い続け、高校二年のときには家出までした。紀子が日記をこっそり読んだことに腹をたて、えみ子は中学時代いっさい姉と口をきかなかった。そのたび母がたしなめたが、即座に仲なおりできるほど素直な娘たちではなかった。父親が亡くなった十年前ですら、葬儀の出し方や引き出物について四姉妹で揉め、母に泣かれた。こうして集まるようになったのは、母が亡くなってからだ。もうだれも、他の姉妹の欠点をあげつらわない。傷つけられた過去を持ち出さない。それぞれの人生に難癖をつけない。そうしたところでだれも止めに入ってくれないことを、それぞれが知った。

「この家、売ろうと思うんだけど」会話がとぎれたところで、紀子がぽつりと言った。

 また勝手に決めて――思わず言いそうになるが、えみ子は言葉をのみこむ。たしかに、紀子は自分の家族とともに都心で暮らし、夕子はここから二時間かかる町で教員をしており、まり子も東京で仕事を得ている。えみ子も夫と娘とともにここに引っ越すつもりはない。雛祭りの日や、法事のときだけ開かれる家なのだ。

「でもそうしたら、私たち帰るところがなくなるわ」まり子がぽつりと言う。
「だけど無人で置いておいても、ねえ?」夕子は紀子の肩を持つように言う。

 まり子の作るちらし寿司は、いつも何かしら失敗がある。今年はすし飯がへんに甘い。夕子は面倒くさがりで、椎茸も人参も蓮根もいっぺんに煮てしまうから、色が茶色っぽく、椎茸の味がほかの具に移っている。紀子はそつなく作るが、どこか味にまろやかさがない。私のは、とえみ子は思う、私のは色を生かそうとしすぎていつも薄味。みんな母のちらし寿司にはかなわない。たぶん一生かなわない。だからきっと、紀子は今年、新種のちらし寿司を作ったのだろう。もうそろそろ、母の味の再現ではなく、私たちの味で生きていったらいいんじゃないかしら。そう言いたかったのかもしれない。えみ子は口を開く。

「帰るところなんてどこだってあるわ。来年はうち。再来年は東京見物を兼ねて紀ちゃんち。私たちが集合するところがおうちってことでいいじゃないの」
「ちらし寿司が私たちの帰るところ」夕子が真顔で言う。
「でも来年は、みんな新作ちらし寿司で勝負しましょう」紀子がまたしても勝手に決める。
「かなわないからね、おかあさんには」まり子が言い、
「そうよ、勝負しようなんて早いのよ」夕子は紀子の寿司をほおばって答えた。

 四人で食器を洗い、雛飾りを片づけ終わるともう外は夕暮れだった。今度この家に集まるときは、いよいよ家を手放すときだろうとえみ子は思う。

「この雛飾り、私もらっていいかしら」取り合いになるのではないかと思いつつえみ子が言うと、
「そうしてちょうだい。愛ちゃんもいるし」紀子が即答する。
「来年の雛祭りに私たちがいくときは、えみちゃん、ちゃんと飾りつけをしておいてね」まり子が、子どものころを思い出させるどこか切実な声で言った。

 家に鍵をかけ、四人で駅までの坂を下る。空はぶどう色に染まっている。

「今年は一番を決めなかったわね」ふと思い出したように夕子が言う。

 だれも何も言わない。みなわかっているのだ。この五年、ずっと母のひとり勝ちだったことを。

 駅に着く。それぞれ切符を買い、ホームに向かう。明日の月曜日が雛祭りである。明日またちらし寿司を作ろうとえみ子は思う。娘の愛が、いつか一番だったと思い返してくれるようなちらし寿司を作ろうと。上り電車がホームに走りこんできて、紀子とまり子がのりこむ。窓越しに四人はいつまでも手をふりあう。

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2008年 03月 07日 ゆうべの食卓 |



2008年2月 1日 (金)

第4話 鍋のあと



角田光代

 今度の週末、節分をやるよ、と民子から連絡があった。その週末、手土産を買うためにデパートの地下食料品売場をうろつき、いきのいい有頭エビを売っていたのでそれと、芋焼酎を一本買って民子のマンションに向かった。

 節分とか、海の日とか、敬老の日とか、大義名分はなんでもよくて、とにかく私たちは不定期に集まっては酒を飲んでいる。最初のころは評判のレストランを 予約したりもしていたのだけれど、なんというか、女五人の飲む量がすさまじく、会計が信じがたいほど跳ね上がる。ならば、というので最近は、それぞれ飲み たい酒・食べたいものを持参して、比較的広い民子のマンションに集まるようにしている。

 千駄木にある民子のマンションに着いたのは四時。鍵のかかっていない玄関のドアを開け、「きたよー」と廊下に向かって叫ぶ。突き当たりのリビングにいるのは、早苗と麻里の二人で、キッチンから民子が顔を出し「何買ってきてくれたの」と私の手にした紙袋を見る。ダイニングテーブルには和洋取り混ぜた酒瓶とグラスが並んでいる。自分のぶんは勝手に作って飲むのが私たちの決まりである。グラスにビールを注ぎ、すでに飲んでいる三人と乾杯をしたところで由香がやってきた。これでメンバーは全員。

 私たちは聖光女子学園の元同級生である。中学一年のとき同じクラスで、そののち高校卒業まで同じクラスとは限らなかったが、それでもしょっちゅう顔をつきあわせてはおしゃべりしていた。けれど卒業後、時間の経過とともに連絡も途絶えがちになり、女の友情なんてもろいもんだと思っていたが、気がつけばこうして集まっている。縁というのは不思議なものだとつくづく思う。

「今日は寄せ鍋にするわ」キッチンの民子が大声で宣言する。
「また鍋? あんた鍋しかレパートリーないの?」
「だってあんたたちが好き勝手なもの買ってくるからじゃないの。早苗は豚肉。美奈はエビ。麻里っぺはホタテときんめ。由香はおでんの具。なんでこうもバラバラなのかねえ」
「だから言ってるでしょう。民子が指定すればいいの。あれとこれを買ってきてって」
「でも民ちゃん、私の買ってきた豚はイベリコ豚なの。滅多にないのに今日は売ってたから買ったのよ。すごく高いの。寄せ鍋にするようなものじゃないの」
「私はさあ、どうせ民子は鍋しか作れないからと思って、鍋の具になるようなものをあえて買ったんだよ」
「ああうるさい、麻里っぺ、カセットコンロ出して。和室のちゃぶ台の上片づけて。鍋の用意するから。えーとたしか白菜と椎茸はうちにあったし、お豆腐も……」

 十五分後には、私たちは鍋を囲んで輪になっている。イベリコ豚も有頭エビも、おでんの具もいっしょになって鍋のなかでぐつぐつと煮えている。麻里っぺがせっせと灰汁をすくい、その隙を縫うようにして各方向から箸がのびる。グラスが空になれば各自立ち上がって、ダイニングテーブルで好きなものをついでくる。私はビールから日本酒に切り替えていた。

「そういえば、私、最初の結婚がだめになったきっかけって、寄せ鍋だったわ」遠い目をして早苗が言う。「私、寄せ鍋ってのは、具をたくさん入れれば入れるだけ出汁が出ておいしくなるものだって教わって育ったのよ。だから私はイカもホタテも鶏も鰯のつみれも入れるの。それが最初の夫ときたら、その鍋を汚いと言ったのよ。あれもこれも入れすぎて、これじゃごった煮だって」
「そんな話、はじめて聞いた。でもそれで離婚なんて、ばっかみたいじゃないの」
「違うの、それだけならまだよかった。こともあろうにその男、自分の母親は寄せ鍋なんて手抜き料理は作らなかったと言うわけよ。鍋といえばふぐで、ポン酢だって市販品じゃなく手作りだったとぬかすわけよ」
「ああ、そりゃだめ。離婚して正解。そういうね、自分の母親が世界の中心だと思ってる男はだめ」
「でも二度目はうまくいったんだからよかったじゃない。終わりよければすべてよしよ」
「結婚なんて寄せ鍋よね」
「そうよ、違うもん入れてぐつぐつ煮るのよ。たいがいうまくいくけど、まあ、失敗のときもあるわねえ」
「灰汁ばっかりになったりね」
「私、鮭入れるのあんまり好きじゃない」
「あら、鮭いいじゃない。私は好きよ」
「それぞれよね、味覚も具も」
「味覚の合う男の人って、今からでも見つかるかしら」
「それはどうかなあ。難しいかもね」
「顔より格好より、味覚だと思うね」
「まあ、食べることっていうのはついてまわるからねえ」

 私たちの言葉数に反比例するように、鍋の中身はどんどん減っていく。最後の締めはうどんにするか、ごはんにするかで揉め、ごはんと決まってからも、おじやにするか雑炊にするかで揉める。多数決の結果、雑炊に決まる。民子がごはんと卵、浅葱を用意して雑炊を作りはじめる。

「六十歳を過ぎてこうしてまた集まるなんて、思わなかったわ」鍋のなかをのぞきこんで、早苗が独り言のようにつぶやき、それで私は自分の年齢を思い出す。そうだった、私は十七歳でも二十五歳でもない、六十三歳だったと。今は昭和ではなく、ここはあんみつ屋でも埃くさかった教室でもないのだと。

 結婚したり、出産したり、引っ越したり、二十代の半ばからそれぞれの人生にはそれぞれのささやかな事件があり、そちらにかかりっきりで思い出すこともほとんどなかった元級友だった。同窓会で久しぶりに顔を合わせてもあわただしく近況報告をするだけで、以前のように額を寄せ合って、恋について未来について、幸福について人生について話すことはなかった。きっともうあんな時間はないんだろうと思っていた。それがこうしてあのころと同じに寄り集まって、鍋の中身をつつき合っている。早苗は二度目の結婚で二人の息子を得た。息子たちはそれぞれ家庭を持っている。子どものいない民子の夫は、定年後、海外シニア協力隊員となってボランティアにいそしみ、今はアフリカの聞き慣れない名前の国で、農業開発を手伝っているそうだ。十年も前に離婚している麻里は、今は未婚の娘と二人暮らし。性格の合わなかった姑を二年前に看取った由香は、この二年、温泉だ外国旅行だと、夫を置いて惚けたように遊びまくっている。昨年夫を亡くした私がこうして笑えるようになったのも、彼女たちのおかげだった。

「鍋もおいしいけどさあ、やっぱり最後の雑炊が格別よねえ」

 みんなのぶんの雑炊を小皿に取り分けながら、麻里が言う。しばしおしゃべりはやみ、雑炊をすする静かな音だけが部屋に響く。

 恋について未来について、幸福について人生について、私たちは以前のようには話さなくなった。もう知っているからだ。それらをぜんぶ、私たちはすでに手にしていることを。それでも話すことはたくさんある。笑うべきことはたくさんある。

「雑炊みたいなものだよね」私は思いついたことをそのまま言う。みんな顔を上げる。私たちの今過ごしている時間は、なんだか鍋のあとの雑炊みたい。滋味深く、あたたかくやさしく、長い時間のあとにしか手に入らないもの。
「あいかわらずあんたの言うことは意味がわからない」由香が言い、「あー、おいしい」と目を細める。
「食べ終えたら、鬼は外、福は内、やろうね」早苗が言い、
「あっ、お豆、買い忘れた」民子が叫ぶ。
「いいわよ、もう、鬼を追い出さなくとも」私は言って、小皿の雑炊をゆっくりとすする。
「でも豆は食べよう」と麻里。
「年の数だけね。一袋で足りるかしら」民子が言い、私たちは笑い合う。

 鍋からひっきりなしに上がるやわらかい湯気のせいで、女たちの顔は十代のころとまったくおんなじに、つややかに光り輝いて見える。

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2008年 02月 01日 ゆうべの食卓 |



2008年1月 4日 (金)

第3話 おしるこ編



角田光代

 妻のみわ子が正月の三が日を過ぎて発熱した。たぶん風邪だろう。寝室のドアを開けると空気がすでに熱っぽい。寝ているみわ子に体温計を渡す。三十七度五分。それでも朝よりだいぶ下がった。
「なんか食いたいもの、あるか。朝からなんにも食べてないだろ?」と訊くと、発熱時特有のうるんだ目でぼくを見上げて「おしるこ」と言った。

 おしるこ。なぜよりによっておしるこ。

「おしるこかあ」ぼくは一瞬感慨にふける。

「かんたんよ、豆を煮るところから作れとは言わない。流しの棚に茹で小豆の缶があるから、それと水と砂糖と塩を入れて汁を作って、焼いたお餅を浮かべればいいの」みわ子は言うと、そのまま目を閉じてしまう。

 台所にいく。流しの下の棚を開けると、茹で小豆の缶はたしかにある。小豆もある。豆から作ってみるか。たしか一回茹でこぼして、一時間くらい煮るのだ。袋から小豆を出してボウルのなかで洗い、鍋に移して煮はじめる。茹でこぼしてからふたたび煮る。静かに煮る。ひたすら煮る。

「私の人生転落、おしるこ編を聞きたい?」

 背後から声をかけられ、驚いてふりむくと毛布を肩からかぶったみわ子が立っている。

「なんだよ、脅かすなよ。寝てなくてだいじょうぶ? ちょっと時間かかるけど……」

「聞きたい?」みわ子にはなぜか異様な迫力がある。う、うん、とぼくはうなずく。

「私が習っていたバレエ教室のそばに、鳩屋という甘味屋があって」ぼくの隣にぴったりと立って、据わった目で鍋をのぞきこみみわ子は話し出す。鳩屋なんて旅館みたいだね……と茶々を入れるとぎろりと睨まれた。みわ子は続ける。「ひなびた店だったから女の子たちはその店の存在に気づきもしなかったんだけど、中二のとき、私、鳩屋に入っておしるこ食べたの。寒い冬の日で、その前の週に私は初潮を迎えて、レッスンにどうしても出たくなかった。鳩屋なら先生にも生徒にも見つからないと思ったのね」豆はふつふつと煮えている。鍋のなかを浮いたり沈んだりをくり返している。「そしておしるこ中毒になったの。バレエのレッスンがある日は、こっそりレッスンのあとで鳩屋にいくの。レッスンのない日はわざわざ鳩屋まで電車を乗り継ぐの。レッスンを幾度かさぼりもした」

 窓の外がゆっくりと暮れていく。正月の町は静かで、一番星がいつもよりくっきりと見える。

「ものすごい勢いで太った。三カ月で十キロ以上。春の発表会で私に割り振られていた役はほかの子になった。母は食餌療法をはじめたし、先生は真剣にダイエットを勧めた。このままではまずいと私もわかってた。だって私もまわりも、中学を出たら本気でバレエ留学するものと考えていたからね。有望株だったの。お稽古ごとじゃなくて本気だったのね。このままじゃだめだ、だめだと思えば思うほど、でも、焦がれるくらいおしるこが食べたくなる。夢遊病者のように鳩屋を目指して、気がつくとおしるこ食べてるの。店内のちっこいテレビ見ながら」

 みわ子は口を閉ざし、冷蔵庫からミネラルウォーターを出してペットボトルからラッパ飲みした。「半年後、バレエはやめたわ。母も先生も泣いた。私も泣いた。そのころの私、マトリョーシカみたいな体型だったの」

「想像できないな」なんと言えばいいのかわからず、ぼくは言った。

「だってそのころの写真は全部焼き捨てたもの」みわ子はふたたび鍋にはりついて、なかをのぞきこむ。

「でも一概に転落とは言えないんじゃないの。だって今、不幸なわけじゃないんだろ?」不幸だと断じられたらどうしようかと思いつつ、ぼくは言った。

「でもまあ、転落は転落よ。その後もいろいろ思い通りにいかないことはあったけど、あれが人生初の転落といえるわね。おしるこにはまらなかったら、私、今ごろ世界的に有名なバレリーナだったかもと、未だに思うことがある」
「バレエやめて、おしるこ中毒はどうなった?」
「きれいさっぱりなおった。体型は二十歳過ぎまでそのままだったけど」

 もしそのときおしるこ中毒にならず、バレエ留学していたとしたって、パンケーキ中毒とかスコーン中毒とかになって、結局みわ子今とおんなじところ――つまりぼくとの平凡な暮らしのなか――にいたのではないかと思ったが、それを口に出すかわり、ぼくも告白することにした。

「ぼくの人生大後悔 おしるこ編、聞きたい?」うん、とみわ子はうなずく。友人にも、みわ子にも言えなかったことをぼくは話しはじめる。浮き沈みする豆を眺めながら。「一昨年、うちのおふくろが亡くなっただろう。最後に、おしるこが食べたいって言っていたんだ」もう平気だと思っていたが、口にすればやはり胸がふさがれるような気持ちになる。「缶入りのおしるこあるだろう? あれ、持っていったんだけど、そうじゃない、豆から煮たのを食べたいって言うんだ。作るなんて考えもしなくて、どこで買えるのか調べようと思うものの、病院を出ると忘れちゃうんだ。ぼくが見舞いにいくたび、おしるこ食べたいなあ、おしるこ食べたいなあって子どもに戻ったみたいに言うから、しまいに気味が悪くなってきて、医者が食うなって言ってたぞって嘘までついて。そっか、だめかあ、ってさみしそうに笑ってた次の日、意識なくなってそのまま死んじゃったんだよな。おれ、頭を掻きむしるくらい後悔してさ。兄貴の嫁さんとか、おばさんに頼んで、作ってきてもらうこともできたんだ。なのに嘘なんかついちゃってさ」

 口を閉ざすと、ふつふつと豆の煮える音が響きわたった。箸で一粒つまみ出して、指先でつぶしてみる。もう砂糖を入れても平気だ。それに塩。作り方は、母親が亡くなってから調べた。馬鹿みたいにかんたんで、そのかんたんさにも涙が出た。

 おしるこの椀をテーブルに並べ、ぼくらはそれを食べはじめる。転落と後悔のみなもとであるおしるこ。静かな新年四日目の夕暮れ。
「塩が決め手なんだ」ぼくは言う。「しょっぱい味を入れるからおいしくなるんだ」

 うん、とみわ子はうなずき、「甘みのなかに転落の味がする」と言った。

 ぼくのすするおしるこには、ぼくの後悔だけではなく、みわ子の転落の味もした。みわ子のおしるこは、きっと転落とともに苦い後悔の味もしているだろう。静かな正月、ぼくらは分け合った転落と後悔を一心に食べる。甘くてほのかにしょっぱい。ぼくらの人生そのもののように。

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2008年 01月 04日 ゆうべの食卓 |



2007年12月 7日 (金)

第2話 12月24日の宮本製菓店



角田光代

 十二月二十四日の午後八時、店の冷蔵庫にはまだ四つケーキが残っていた。ふだんケーキと焼き菓子の販売をしている宮本製菓店では、クリスマスイブの日、前 日までに予約されたぶんのケーキしか作らない。やってくる客はだから、ケーキを受け取りにくる人ばかりだ。それでもその日、店主の宮本昌恒、妻の緑、アル バイトの女の子二人は、ケーキを受け取りにくる客の応対で開店の十時からせわしなく立ち働いていた。昔ながらのパン屋といった地味な風情だが、手作りの ケーキには定評があり、毎年クリスマスにはてんてこ舞いの忙しさだ。

 午後六時にはほとんどの客がケーキを受け取りにきて、アルバイトの女の子二人は帰っていった。午後八時、残った四つのケーキを前に、緑と昌恒は顔を見合わせちいさく笑う。
毎年のことだった。毎年、なんらかの理由でケーキをとりにこない客がいる。宮本製菓店にとっては損なのだが、しかしケーキをとりにこなかった理由を想像すると、その客たちを責める気にはなれない。クリスマスイブにケーキがいらなくなったとしたら、それは間違いなく何かかなしいできごとなのだ。「ま、九時まで待ってみようか」昌恒は言う。「九時半まで」緑が言う。「うん、九時半まで」昌恒はうなずいた。

 蒔田さかえが宮本製菓店にクリスマスケーキの予約をしたのは、十一月の半ばだった。一カ月も前に早々と予約をしたのは、浮かれていたからだ。その夏に恋人ができたときから、すでにクリスマスが待ち遠しかった。

 けれどなんということだろう、交際をはじめてまだ半年しかたっていないというのに、ふられたのである。昔の恋人から電話がかかってきて、会いたいと言われて、会っているうち気持ちが戻ってしまったと、馬鹿正直に恋人は言ったのだ。つい二日前。クリスマスイブ直前にふるなんて、あんまりだ。あんまりすぎて、泣くに泣けなかった。 

 午後八時、さかえはアパートにいて、今日恋人を迎えるはずだったごちそうの材料を前に、膝を抱えていた。今ごろ、恋人は昔の彼女といっしょにクリスマスケーキを前にしていることだろう。さかえは立ち上がる。負けるもんか。拳を握りしめる。コートのポケットに財布だけ入れ、玄関を出る。冷たくはりつめた暗い道を走り出す。負けるもんか負けるもんか。ひとりで食べてやる。ケーキ、ひとりで食べてやる。宮本製菓店をまっすぐに目指す。二十四歳のとき私はひとりでクリスマスケーキを平らげたのよと、いつか、きっと近いいつか、昔の恋人とよりを戻したりしない男の子に打ち明けて、笑い合うのだ。その日のために私はケーキを食べるのだ。白い息を弾ませて、さかえは走る。

 松村正治はだれもいないオフィスのフロアで、じいっとファクス機をにらみつけていた。振替休日のその日、雑誌編集部で働く正治は、とある大物作家の原稿を待っているのだった。高齢の大物作家はパソコン操作ができず、携帯電話も持っておらず、しかも自宅を出てどこかに雲隠れしているから、原稿がファクスで送られてくるのをひたすら待つしかない。締め切りは五日も前で、今日送らなければその号の原稿は落ちると大物作家も知っているはずだった。

 午後七時三十五分。たしか、ケーキを予約した店の閉店は八時だった。八時半までは待っていてくれるかもしれない。九時までは無理だろう。店の電話番号をメモしていなかったことを正治は後悔する。この店のケーキを、妻も五歳になる娘も、毎年たのしみにしていた。 

 嫌がらせだ、と正治は思う。大物作家は先だって離婚したのだ。だから一介の編集者をクリスマスイブに出社させ、夜更けまで原稿を送ってこないつもりだろう。ちくしょう。なんて陰湿な……そこまで考えたとき、ファクス機がちかりと光り、じじじじじ、とのたくった手書き文字の原稿が送られてくる。誇張ではなく、それはサンタクロースからの贈りもののように、正治には思えた。

 電車のなかで目を通し、読みにくい字を解読し朱で書き入れ、印刷所に走る。宮本製菓店は、印刷所の最寄り駅から二駅先にある。印刷所を出ると正治はダッシュし、地下鉄に乗る。開いててくれ、開いててくれ、開いててくれと心のなかで叫ぶ。嫌がらせなんて思ってごめんなさい、陰湿だなんて思ってごめんなさい。だからケーキに間に合わせてください。気がつけば、白髭の大物作家を思い浮かべて祈っている。腕時計を見ると、九時十五分。電車を降り、正治は転げるように走り出す。

 山野辺町子は病室の窓からおもてを見ている。子宮に筋腫に見つかったのが一カ月前、病院のベッドが空いて入院できたのが三日前だった。おなかを切らずとも筋腫を除去できると聞いて一安心したものの、クリスマス、お正月とまたいで入院とは、なんともついていない、と町子は思っていた。とはいえ、町子になんの予定があるわけでもなかった。恋人はもうずいぶん長いこといないし、帰省するつもりもなかった。帰省したって、嫁にもいかずに四十歳になっちまうと嘆かれるだけなのだ。今回の入院も、知らせていない。あーあ。暗い窓の外を見てため息をついたとき、枕元に置いていた携帯電話が振動した。

 病棟待合室の携帯電話コーナーに移動し、履歴を見ると間宮祐子からである。大学のときからの友人で、来年結婚することになっている。かけなおすと、「町子さ、あんたケーキ今年は予約していないの?」いきなり祐子が訊く。あ、と町子はちいさく叫ぶ。ケーキを予約していたことを、入院騒動ですっかり忘れていた。「急に思い出して。三年前、私がふられた年のクリスマス、いっしょにケーキを食べてくれたじゃない。毎年ここで買ってるんだって言ってたじゃない。キャンセルしたの?してないなら、とりにいってあげようか?」

「いいよ、どうせ祐子、婚約者とケーキ食べてて思い出したんでしょ」町子が言うと、なはは、と聞こえる声で祐子は笑い、言う。「そうよ、町子、病院でどうしてるだろうって彼と話してて、急にあのおいしいケーキのことを思い出したのよ。ねえ、今からとりにいって届けてあげるわ」
「いいって。面会時間、過ぎちゃうし」
「過ぎちゃってたら忍びこむわよ。三人で、おいしいケーキを食べようよ。あんたんちのそばの、宮本製菓店だったわね?」
 いいって、いいってば、と言い続ける町子を無視して電話は切れた。町子は携帯電話をガウンのポケットに入れ、こみ上げる笑いを抑えながら病室に戻ろうとし、待合室に巨大なクリスマスツリーが飾られていることに気づく。わあ、きれい。明かりの落とされた待合室に点滅する豆電球に、町子は子どものような声をあげる。

 午後九時半、宮本夫婦はいつもより一時間遅く、店を閉める。疲れてはいるが、昌恒も緑も笑顔である。業務用冷蔵庫に未だ残るひとつのケーキを緑はそっと取り出す。今夜二人で食べるケーキである。これで今年のケーキは、すべてしかるべき場所に届いたことになる。昌恒が店の電気を落とすと、暗闇のなか、上質なクリームの甘いかおりがふっと広がる。

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2007年 12月 07日 ゆうべの食卓 |



2007年11月 2日 (金)

第1話 秋の午後のナポリタン



角田光代

 ねえ潤ちゃん、ナポリにはナポリタンなんて料理はないって知っていた? と、玄関をあがるなり比佐子は言う。何言ってんの、そんなのは常識でしょうが。私 はスリッパを揃え、比佐子に先立って廊下を歩く。ええっ、そうなの、常識なの? だってさあ、明石焼きっていったら明石の食べものでしょ、深川丼っていっ たら深川の食べものでしょ、佐賀牛っていえば佐賀の牛だし……両手に紙袋を抱えた比佐子は、まじめな顔で言い募りながら私のあとをついてきて、リビングに 入ってようやく、あ、これ、おみやげ、と言って紙袋を差しだした。

 紙袋の中身をダイニングテーブルに並べていく。赤と白のワインがあり、さまざまな色とかたちのチーズがあり、保冷材とともにビニール袋に入った生ハムとオリーブがあった。
「生ハムなんて持ち帰っていいの」と訊くと、「密輸したのよ、バスタオルにくるんでスーツケースに入れて」けろりとして比佐子は言う。

 勤続十五年だとかで十日間の休みをもらったから、ひとりでイタリアにいってくる、というのは比佐子から聞いていた。「ひとりで」と発音された言葉を聞いたとき、ちらりと胸が痛んだ。十数年前、はじめて会った学生の時分から、ひとり、という言葉は比佐子には似合わなかった。比佐子はひとりで喫茶店にも入れなかったのだ。つい先だってまで。

「じゃあお昼にナポリタンを作ってあげようか」私は急に思いついて言う。お昼を食べようという約束だったものの、メインは料理ではなく比佐子の土産話だったから、酒類は豊富に買っておいたが、中華か寿司の出前を頼むつもりで、食材はなんの用意もしていない。でも、ナポリタンなら冷蔵庫の残り物でさっと作ることができる。

「作って作って!」子どものように比佐子ははしゃぎ、私ははりきって台所に立った。

 スパゲティを茹で野菜を刻んでいる私のそばにぴったりとはりついて、比佐子はイタリア旅行の話をする。フィレンツェの馬鹿でかい美術館、ローマの有名な広場とアイスクリーム、シチリア島で食べた異様においしいリゾット、そしてナポリに存在しなかったナポリタン。私はそれらに感嘆したり、うらやましがったり、ときに聞き流したりしながら、ナポリタンを作っていく。しかし、いざ作ろうとすると、正確な作り方がわからない。トマトケチャップとトマトピューレの割合は?ウスターソースを使うのだったか?白ワインは?しかし考えるうち、「正確な」作り方なんてどうでもよくなる。なんとなく作ってしまえば、そこそこおいしい料理になる、それがナポリタンなのだ。 

 日曜の午後の食卓に、比佐子のおみやげのチーズと生ハム、オリーブ、そして二皿のスパゲティを並べると、なかなか立派な昼食になった。冷蔵庫で冷やしておいたビールをグラスに注ぎ、盛大な乾杯をする。

 都内に実家がある比佐子は、結婚するまで実家に住んでいた。ひとりで喫茶店にも入れない比佐子は、大学生のころからだれかしらといっしょにいた。恋人や女友だちや、サークルの先輩後輩たちと。就職してからもそれは同じだった。旅行にいくといえば恋人といっしょかグループ連れだったし、年末年始には律義に家族旅行までしていた。比佐子は本当に、いつも自分を愛してくれるだれかとともにいっしょにいた。ごくたまにひとりでいるところを見かけると、こちらまで心細い気持ちになって、思わず駆け寄らずにはいられない頼りなさが、比佐子にはある。「きみは強いからひとりで平気だろ」と連続四人の恋人に、まったく同じせりふ付きでふられた体験を持つ私は、そんな比佐子をうらやましく思っていた。 

 その比佐子が、半年前、離婚したのだった。子どものいなかった比佐子ははじめてのひとり暮らしをすることになった。そして今回ははじめてのひとり旅である。

「このナポリタンすっごくおいしいね、ナポリで食べようって私が夢見ていた味だわ」
「お世辞でもうれしいよ」
「お世辞なんかじゃないよ、潤ちゃんさあ、いつかナポリでナポリタン専門店を開けるかもしれないよ。ナポリタンを求めてナポリにやってくる日本人観光客に大受けするんじゃないかな」大まじめに比佐子が言うので、私は笑いだす。比佐子もいっしょに笑っていたが、ふと黙り、フォークに突き刺したケチャップまみれのウィンナを眺め、しみじみと言う。「そこにいけばあると信じていたものがないってのは、そうめずらしいものでもないのかもしれないね」

「何それ。急に。禅問答?」私は茶化した。比佐子の言っていることがよくわかったから。そこにいきさえすれば幸せがあるはずだと、私たちは無意識に思いこんでいる。あの学校にいけば。あの会社に就職できれば。あの人と交際できれば。もしくは、結婚すれば。家族を作れば。ほしいものを手に入れれば。もちろん、そこで幸せがきちんと待っている場合もある。でも、そうではない場合もある。そのことを、このごろになって比佐子も私も知りつつある。

「ナポリにナポリタンはありません。アメリカにアメリカンコーヒーはありません。フランスにフレンチフライはありません」歌うように比佐子は言った。
「え、そうなの?」訊くと、
「さあ?」比佐子は肩をすくめてウィンナを口に運んだ。

「なければ、作ればいいのよ」私は食べかけのナポリタンを指す。余り物のピーマン、冷凍庫に眠るパセリ、常備品の玉葱とウィンナでできあがった一品を。そう、なければ作ればいい。正確な作り方を知らなくたって、豪華な食材がなくたって、ちゃんとこうしてできあがる。私たちはそれを、おいしい、と感じることができる。

「作ればいい」ケチャップで口のまわりを赤くした比佐子がくり返す。その顔はやけに子どもじみていて、そうして私はその子どもっぽさのなかに悟る、ひとりでいるのがあんなにも似合わなかった女の子が、今、ひとりということでしか得られない何かを――幸せとか、ゆたかさとか、そういったものを――作り上げようとしているのだということを。

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2007年 11月 02日 ゆうべの食卓 |