2009年6月26日 (金)
もっと、フロンティア
6月7日の南極観測隊の料理人・篠原洋一さんの放送で、エメラルド色に輝くオーロラを篠原さんが見上げる感動的なシーンを覚えていますか。日本ではまず経験できないような雄大な情景は、これまでの『情熱大陸』の中でも最も美しいシーンの一つでした。
ところで、あの場面は、いったい誰が撮影したのでしょう。
篠原さんたちがオーストラリアからいよいよ南極に向かい、取材カメラに向かって別れを惜しむシーンがありました。なのに、南極ではカメラが回っている。
「なんだ、結局、スタッフも南極に行ったのか」。いえいえ、違うんです。実は、その後の映像は観測隊員の皆さんによって撮影されたものなんです。
中でもお世話になったのが、森澤文衛(もりさわふみえい)さんと村上祐資(むらかみゆうすけ)さんのお二人。今回、森澤さんが現地から更新しているブログから番組ホームページにいただいたトラックバックをきっかけに、お二人とお話をすることができました。
東京都立川市にある国立極地研究所の一室。部屋の真ん中に大きなテレビモニターが置かれています。番組の最後で南極の篠原さんが映っていたテレビ会議システム。その画面の中には二人の男性が映っています。向かって左側に、鮮やかに髪を金色に染めあげた村上さんがちょっとやんちゃなムードを漂わせて座り、その右側にはがっしりした体格に黒ひげをたたえた森澤さんがリラックスした雰囲気で腰掛けています。お二人に共通しているのは、目元に浮かんだ何ともいえない優しい微笑。通信衛星経由で届く音声のズレが会話のテンポを和ませ、のんびりムードの中でインタビューが始まりました。
「地球に残された数少ないフロンティアで、責任ある仕事をのびのびとやれることが幸せ」という38歳の森澤さんは、基地内のLANや衛星通信回線の構築・運用を担当するエンジニア。かつて船舶用電話を使ってやり取りをするしかなかった人類最果ての地も、今やインターネットに常時接続され、観測データのやりとりなども24時間体制に。それでも転送速度には限りがあり、番組用の映像素材はなんと一週間を掛けて少しずつ日本に届いたのだとか。冒頭にお話ししたオーロラのシーンは、そんな風にしてようやく皆さんのテレビにたどり着いたというわけです。
その現地映像の撮影にメイン・カメラマンとして活躍していただいたのが30歳の村上さん。わずかな重力の違いや地震波の様子、年に数センチというほど緩やかな南極大陸や氷床の動きなどを観測して『地球の中がどうなっているか』を研究する地学観測を担当。観測隊に参加するまでは東京大学の博士課程に在籍し、南極や宇宙など『極地』と呼ばれる環境での建築を研究する『極地建築』が本来の専門分野だったといいます。
そんな村上さんに「南極から帰ったら、次は何を目指しますか」と訊き、間髪を入れずに返ってきた答えは「月」。仲間には普段から語っているのでしょう、隣の森澤さんは当たり前のような顔をして見守っています。最終目標はあくまでも『月』。その通過点として南極で貴重な経験を積んでいる――何ともスケールの大きな夢を、屈託のない笑顔で語る村上さんの目には力強い輝きが溢れていました。
そういえば――。番組の中で、料理人の篠原さんも「次は宇宙で料理を作る」って言っていましたよね。となると『宇宙で海鮮丼』のシーンも是非とも見たい。もちろん、カメラマンは村上さんで。もっとも今度の主役は、村上さんご本人かもしれませんが。
▼南極観測隊 料理人・篠原洋一篇(2009年6月7日放送)
MP3ファイルをダウンロード
2009年 06月 26日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2009年5月29日 (金)
それでいいんだよ
『情熱大陸』の熱心な視聴者は日本の国内だけでなく、海外にもいらっしゃいます。
人に頼んで番組を録画してもらったDVDを、数ヶ月ごとに日本から送ってもらって楽しんでいるというのは、フランス・パリ在住の男性・藤川泉さん(仮名)、34歳。日本にいた頃に取得した整体師の資格を生かしてマッサージ師として働きながら、現在は、エステティシャンの国家資格を取得するための勉強も
なさっています。
フランスに住むきっかけは、十年前にロンドンに旅行をした際にパリまで足を伸ばしたこと。ふと訪れた街並みの優雅さや、そこで生活するフランスの人たちの気質に魅力を感じた藤川さんは、翌年もパリを再訪。さらには留学そして就労まですることに。
それほどまでにパリに惹きつけられた理由はいったいどこにあるのでしょう。
「フランス人の気風が好きなんです。彼らは感情を殺さない。すごく人間的なんですね。自分が悲しかったら泣いてるし、可笑しかったら笑ってるし、イヤだったら怒ってるし(笑)。でも、どこかカラッとしていて。すごく本能に近いところで生きている。それを社会全体が『それでいいんだよ』って認めている雰囲気があるので」。
留学した当初はアルバイトとして旅行ガイドも務めたという藤川さん。パリを訪れる観光客にはリピーターやマニアの人が多く、フランスの歴史や芸術、スポーツなどについてもそれ相応に勉強したとか。だからでしょうか、よく響く、高く透き通った声の説明にはなかなかの説得力があります。もちろん、自身がフランス人の魅力に心底惹かれている、というのもあるのでしょう。
幼い頃は両親が共働きで忙しく、なかなか一家揃って時間を過ごすことのない家庭に育ちました。そのせいか、現在、フランスで良きパートナーと巡り会ってからは、二人で過ごす時間を大切にすることを生活の中心に置くようにしていると言います。
ただ、そのパートナーは男性なのです。
パリでは市民権を得ているゲイ・カップルも、日本に帰ればまだまだ一般的に認知されている関係とは言いがたく、訝しい目で見られることも少なくありません。そのため、泉さんは故郷の両親に、まだその事実を告げることができないでいます。一方で、市民連帯協約と呼ばれる届けを現地に提出し、社会的にも認められたカップルとしての生活を始めてから早5年が経ちました。「何とかして両親に報告するのが、今後の課題」と、この時ばかりは声が少し小さくなったようでした。
「『情熱大陸』では、いろんな人にいろんなゴールがある。何か一つの道を決めて、そこに到達しようとしている人たちを見ると励まされます。『じゃあ、自分のゴールは何なんだろう』っていう風に。今の僕のテーマは、パートナーといつも一緒に居て、ありふれた生活を送ること。それは、何かを成し遂げた人たちと比べると、小さなことかもしれないですけど…。でも、僕にはそれがすごく必要なことなんです」。
さて、番組スタッフの皆さん。
放送から何ヶ月も遅れて届く録画DVDを楽しみにしている番組ファンがいるなんて、ご存知でしたか。そんな人たちの「小さなゴール」「ありふれたゴール」だって立派な人生です。素晴らしいゴールです。ここは一つ、番組作りを通じて、日本からも『あなたの人生、それでいいんだよ』ってエールを送ってみませんか。
MP3ファイルをダウンロード
2009年 05月 29日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2009年5月15日 (金)
心待ち
たとえばクリスマス――、
たとえば春の桜――。
季節にまつわる会話が、街のあちこちで囁かれるようになると、「そういえば、もうそんな季節なんだなあ」とそわそわし始める自分にふと気づく、ということはありませんか。
芝生の薫り、アジサイの色、
意地悪な紫外線に、若い入道雲――。
いまの季節なら、五感を通じてそういった要素をからだの中に取り込むことによって、わたしたちは夏の到来を予感することが出来るでしょう。秋冬の気配が
どことなく「もう、おうちに帰ろっか」という夕暮れ時のムードを思い起こさせるのとは対照的に、春夏のそれは「さあ、これから出かけるぞ!」という雰囲気
でいっぱいです。
それは、翌日の遠足が楽しみでしかたがなかった子供の頃の感覚と通じるものがあるかも知れません。前の夜はなかなか寝付けないくせに、翌朝は普段よりも早く目を覚まし、何度も何度もバックパックの中身を点検したあの感覚。誰にだって覚えがあるでしょう。
期待しているんです、きっと。
漫然と、何かに。
私たちの心と体は、生まれながらにしてその中に埋め込まれている自然のリズムに加えて、これまでの人生の楽しかった思い出や、切ない記憶を、全部いっしょくたにして未来を楽しみに待つというスペシャル・プログラムを、きっと用意しているに違いありません。
ただ、大人になれば、気持ちの動きはもう少し複雑ですから、大切な人たちと過ごす時間に思いを馳せてワクワクとして待つ人がいる一方では、かつて同じ季節、同じ日にちに一緒に時を過ごした人と離れてしまったり、自分が傷ついてしまったりして、ひりひりとした心の疼きを抱えて、同じ季節に備える人だっているかもしれません。
ひとの気持ちの中で回る時計は、機械仕掛けのそれとは違って、落ち着いた一定のリズムで「ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぽーん」と時を刻むほど単純ではありません。冷静すぎる正確さや、個性のない一様なスピードは持ち合わせていないのです。
心待ち、という言葉があります。単に手帳やカレンダーの上で、日付や時間の数字を一つずつ減らしてゆくということではありません。時間の進みに応じて、気持ちの振幅が大きくなったり小さくなったりしながら、日一日と何かを期待しながら(あるときは、ほんのちょっと苦い気持ちも含みながら)その時が来るのを待つことです。その気持ちは、何かに挑戦するときのはやる気持ちとも、あるいは共通するものがあるかもしれませんね。そんな『心待ち』にする一日を、私たちの人生の中に見つけることができたら、それはちょっと幸せなことといえるでしょう。
さて、ここでお知らせです。
『情熱大陸』にも、年に一度楽しい季節がやってきます。今年で8回目になる『情熱大陸スペシャルライブ・サマータイム・ボナンザ』です。おかげさまで、イベントまでまだ3ヶ月もあろうかというのに、既に何千ものお客様に先行予約をいただきました。ご予約してくださった皆さん、ありがとうございます。
ビール片手に音楽フェスを楽しんでもらう夏の一日を、『心待ち』にしてくださった方がこんなに増えてくださったことに、スタッフ一同たいへん感激しています。
まだ、お越しになったことのない方も、今年の夏はぜひ一度ご来場を。私たちスタッフも心を込めてお待ちしております。
MP3ファイルをダウンロード
2009年 05月 15日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2009年4月24日 (金)
輝け、ゴールデン・ウィーク
わたしたちの仕事には「まあ、いっか」がない――そんな風に彼女は言います。
大阪・伊丹空港でグランドスタッフとして働くミカさん、32歳。携帯電話向けに毎日配信される小さなメールマガジン『情熱大陸タイムズ』の読者として、感想を送ってくださいました。綺麗な歯並びと引き締まった口元が作る笑顔がとてもチャーミングな女性です。
空港に着いてから飛行機に搭乗するまで、あるいは、到着してから空港を後にするまでの間、お客様にありとあらゆる案内をするのがそのお仕事。皆さんもきっと空港で、そういったスタッフの方たちに、助けてもらったことがあるんじゃないでしょうか。ときに優しく、ときに手際よく。空港で見かける彼女たちのしぐさには優雅な気品さえ感じるのですが、中には声を荒げて詰め寄るお客様もいらっしゃいます。ですから、実はこれ、精神的なタフネスぶりを要求される難しいお仕事でもあります。
そして、何よりも優先されるのが『安全な空の旅』。些細なミスが事故に繋がる恐れもありますから、機内持ち込み品などのルールはとても細かいところまで決められていて、たとえお客様に多少の無理を強いることになっても、一切の妥協を許しません。グランドスタッフの皆さんはそれを、自戒を込めて(そして、おそらく少しは、誇らしい気持ちも込めて)『「まあ、いっか」のない仕事』と言うのだそうです。
そんな厳しい航空業界を目指すきっかけになったのは、まだ小さかった頃に見たテレビドラマ『スチュワーデス物語』だったというミカさん。「自分が人の役に立っている時の、優しい感じの気持ちが好き」なのはその頃からずっと変わっていないそうなのですが、仕事に就いてちょうど十年、最近ようやく「こういう風になりたいと思っていた理想像に近づいてきたかな」とおっしゃいます。
そんなミカさんの楽しみは、お弁当。中学生の頃からずっとお母様に作ってもらっているとのこと。自身は、たくさんの人の世話をするプロフェッショナルでありながら、意外にも、自分のお昼ご飯はずっとお母様のお世話になりっぱなし。そこだけは「まあ、いっか」ってことなのでしょうか。
『情熱大陸』の中では「スポーツ選手のときが好き」とおっしゃいます。なるほど、自身もバレーボールやラクロスの経験があるからでしょうか。「じゃあ、印象に残っている人は?」と問えば、「サッカーの宮本選手、柔道の野村選手。外務省を辞めてアフリカ・スーダンで治療に当たる医師・川原尚行さん。それから、体内時計を研究している上田泰己さん…」。あれあれ。スポーツマン・タイプというよりは、むしろ単に男前に弱いのかもしれません。こちらも、まあ…いっか。
この春、ミカさんは70-80人ものスタッフを束ねる『グループチーフ』に昇格しました。
「後輩たちがふと垣間見せるやる気を見逃さないで、そっと背中を押してあげたい。今までなら『そうか、そうか』って共感してさえいればよかったけど、これからは『でもね…』って切り返して、何かアドバイスを添えてあげられるように。そうやって、みんなが輝く瞬間を作っていきたいんです」。
一つ一つ言葉を選んでそう語る笑顔からは、真っ直ぐな目線が伸びてきました。
ゴールデンウィークに飛行機で関西を訪れる皆さんは、空港で働く女性たちの輝きにもぜひ注目してみてください。そして、そんな彼女たちを温かく見守るミカさんの存在もお忘れなく。
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2009年 04月 24日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2009年3月27日 (金)
味の武者修行
料理人が取り上げられた時は、なるべく観ないようにしている――『情熱大陸』のファンの中にはそんな方もいらっしゃいます。
柏原卓仁(かしはらたくじん)さん。35歳。職業は他でもない、料理人。大阪府和泉市にあるイタリアン『タヴェルナ・アービー・レオーネ』のオーナー・
シェフです。少しエラの張った意志の強そうな顔立ちに人懐っこく笑う優しい目が印象的。「どうしても自分と比べてしまって、その度に悔しい思いをするの
で」料理人を取り上げた回の放送はほとんど観ないのだそうです。
大阪・なんばから電車で30分あまり。泉北ニュータウンの中核・光明池駅からほど近い住宅街の一角に、一軒家を改造した柏原さんのお店はあります。日本最大級のニュータウンでありながら、付近には古いどっしりとした門構えの旧家が残る町は、昔から近郊農業の盛んな地域でもあります。その地の利を生かして地元の新鮮な野菜を使った料理がこのお店のご自慢。ハムやパンもシェフの手作りというのですから、そのこだわり方は『情熱大陸』に登場する料理人たちにだって負けてはいません。そう考えると、テレビに登場した料理人を自分と重ねてしまって「悔しい」と思う、若いオーナー・シェフの頑なな気持ちも判らないでもありません。
高校を出て、まずは和食の世界に入った柏原さんは、その後、イタリア料理に転向。23歳のときにローマを旅したことがきっかけで、日本を出て料理の勉強をしようと思い立ちます。その後、南仏モンペリエでの一年間の料理研修生の留学コースに応募して海外での武者修行をスタート。そして、南ヨーロッパの料理に共通する地場の新鮮な魚介類と野菜を使ったシンプルなのに味わい料理の奥深さに目覚めます。一時帰国したものの、働いてまた料理留学の資金を貯め、今度は修行の舞台をイタリアに移して、幾つもの都市でその街々の料理を一つずつ学んでいきました。
就労ビザで苦労したこと、キノコ料理を求めて北イタリアを食べ歩いたこと、世界中から腕を磨くために集まった若い料理人たちとの交流――そんなエピソードの数々を熱っぽく語る柏原さん。ボローニャ地方ではパスタを、ナポリの近くでは新鮮な魚介類を。いつ、どこで、どんな人から、どんな料理を学んだのか。修行先を転々としていながら、それぞれの職場での様子をほんとうに克明に覚えていて話を聞いているだけで目の前を南イタリアの潮風が吹きぬけてゆくようです。一人の若き料理人の青春が、それだけ鮮やかで強い経験だった証拠、と言えるのかもしれません。
店を開いて二年と少し、ようやく地元の人にもお店の味が定着し始めたようで、お昼ともなれば近所の奥様たちが気軽にランチとおしゃべりを楽しみにお店にやってきます。この日のメインディッシュはヘダイのオーブン焼き。そこに赤くて可愛い金時ニンジンが添えられています。ニンジンの濃厚な甘みに思わず「美味しい…」と漏らすと、細い目をゆっくりとさらに細めて「ありがとうございます!」と嬉しそうな笑顔が返ってきました。
別れ際に、今までで一番印象に残った放送を問うと、「実は…」と照れくさそうに、山形のアルケッチャーノさんと青森のダ・サスィーノさん、番組で紹介した二つのレストランの名前を挙げてくれました。自分と同じように地方や郊外でお店を開いている方たちは、どうしても気になって観てしまったんだそうです。そんな柏原さんには、ヨーロッパに続いて、今後は、私たちの大陸での料理武者修行も楽しんでもらえれば嬉しいです。
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2009年 03月 27日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2009年2月27日 (金)
厳しさの向こう側
かつて『イチローの恋人』と呼ばれたその人は、いまは『マー君の育ての親』として再び注目を集めています。
パーソナルトレーナー・奥村幸治さん。36歳。2月15日放送の『プロ野球選手・田中将大篇』で、田中選手のエピソードを懐かしそうに話していた少年野球・宝塚ボーイズの監督さんです。かつてはオリックス在籍時代のイチロー選手を相手に毎日バッティング投手を務めながらプロ野球選手を目指し、その後、少
年野球指導者に転じて田中将大選手を育てたという経歴の持ち主です。さっそく番組の感想を伺ってみると――。
「出来る選手は自分の考えだけで済ませがちなところを、良いものは良いと認めて自分に入れようとすることが出来るのが将大のいいところ。番組を観ていて改めてそれを感じました。今後も伸び続けていけそうですね」。
さすがに『育ての親』ともなると、番組を通して田中選手を見る目も一味違います。聞けば、今でも直接本人に遠慮なく苦言を呈することもあるのだとか。そんなときも田中選手は奥村さんのアドバイスを素直に『自分の中に入れる』のだそうです。
その指導はご自身も厳しいと認めるところですが、「のびのび自由に楽しく」が幅を利かせる昨今の風潮にあって敬遠されたりすることはないのでしょうか。
「最初は辛くても、やがてその厳しさに慣れてくると、不思議と子供たちは自発的に練習に取り組むようになります。自分がやっていることはきっかけ作りに過ぎないです」。
粉雪すら舞う真冬の練習場では、上級生たちが練習の要点を手短に指示し、お互いに声を掛け合って練習を進めていきます。良く手入れされたバットやグローブ、スパイクといった道具たちは、練習中も乱れることなく必ず決まった位置に戻され、練習の見学者に対しては必ず立ち止まって挨拶をしてくれます。厳しさに慣れた少年たちの凛々しさに頼もしい風情すら漂うのは、監督から与えられただけではない、選手たち自身の意識の高さから生まれた厳しさがあるからなのでしょう。
指導の原点は自分自身がプロ野球選手の夢を断念した時の経験にある、と奥村さんは言います。「本気で目指すんだったら、本気でやれよ」。チームの立ち上げに参加してくれた9人の少年たちを前に、奥村さんは何度もそう伝えたのだそうです。夢に破れたときに悔いが残らないように――その言葉はおそらくぐっと胸の奥にしまいこみながら。
そして、奥村さんは昨年からまたひとつ新しい挑戦を始めました。野球を通じて地域貢献を行うNPO活動『ベースボール・スピリッツ』。宝塚ボーイズの選手たちと一緒に地方の小学生のチームを訪ねて野球教室を開いたり、神戸で招待試合の大会を開いたり。ちびっ子たちに教える側に回った選手たちの中からは「楽しく教えるだけじゃ不満。本当の野球ゴコロを伝えなきゃ」なんて言葉も飛び出したようで、その活動の思わぬ成果には手ごたえも感じているご様子です。「今年は幼稚園の子供たちにも教える予定があるんです」。最後に嬉しそうに笑った笑顔は、厳しさの向こうにあるほんとうの楽しさに溢れていました。
まもなく3月。ボーイズリーグでは春の全国大会に向けた戦いが始まり、プロ野球ではWBCワールドベースボールクラシックが開幕します。あちこちのグラウンドで目一杯本気になっている選手たちを応援するときには、その陰に「厳しさ」を伝える数多くの指導者の存在があることもお忘れなく。
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2009年 02月 27日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2009年1月30日 (金)
ライブラリアンに喝采を
ライブラリアンという職業をご存知ですか。
一般的には図書館員あるいは司書のことを指す場合が多い言葉ですが、音楽の世界ではオーケストラに所属して譜面を管理する人のことを指します。指揮者の意向に沿って楽譜を入手し、楽団員に指揮者の狙いや考えを伝え、リハーサルを実りあるものにして演奏会に備えるのがその役目。時には楽譜の間違いを訂正するなど、高度な音楽的知識や判断も要求される、オーケストラにとってはなくてはならない『頭脳』ともいえる存在です。
昨年11月2日に放送した『指揮者・大野和士篇』にトラックバックをいただいたのは、そのライブラリアンの一人、中村大志さん。北海道の札幌交響楽団で
ライブラリアンを務める37歳。大野さんとは、以前に何度もお仕事でご一緒されたそうです。その一方で、普段から『情熱大陸』はよくご覧いただいていると
のこと。こつこつと自分の仕事に打ち込む職人気質の人物が好き、だとか。
最近のお気に入りは小学校音楽教諭の桜井睦子さん。「エリートでも何でもないふつうの子供たちが、教え方一つで上手くなっていく過程が面白かった。あそこまで持っていくのは、情熱がないとできないですから」。
とはいえ、ライブラリアンという職業も、音楽に対する情熱なしには語れないお仕事です。作品によっては、楽譜に間違いが多かったり、解釈がいろいろ別れ
たり、多いときには一つの楽譜に数百箇所も書き込みを入れることもあります。そうやって仕上げた楽譜の出来不出来は、限られた時間の中で行うリハーサルの
出来不出来にも大きく影響します。細やかな神経に加えて、責任感の強さも要求される重要なポジションなのですが、残念ながら日本ではまだあまり知られてい
ない存在といえるでしょう。
一方、クラシック音楽の盛んな国々では、ライブラリアンは音楽ファンならずとも尊敬される存在。活躍の場も豊富です。これまで、東京フィルにも籍を置
き、あの『世界のオザワ』とも一緒に仕事をこなすなど、確実にキャリアを積んできた中村さんなら、「次は海外へ」という夢を描いてもよさそうなところです
が、昨年秋、中村さんが新天地に選んだのは、ご自身のふるさとでもある北海道でした。
「いま、北海道って、経済的にも暗い話題が多いじゃないですか…。だから、ふるさとの人たちに良い音楽を届けることで、少しでも元気を出してもらえれば、と」
それまでよく響く明るい声で話していた中村さんの口調が、その一瞬、僅かに翳りを帯びたように感じました。けれど、それだけに、新天地に掛ける思いの強さというのもまた、ひしひしと伝わってきます。
これからの抱負について話を向けると「自分からあんな風にしたい、こんな風にしたいということは特にありません。ライブラリアンは指揮者も楽曲も選べま
せんから」と謙遜されていた中村さん。ですが、その言葉には、「どんな指揮者でも、どんな楽曲でも、ライブラリアンとしての仕事をきっちりこなして、北海
道のお客さんに良い演奏を聴いてもらうんだ」というプロ意識もしっかりと含まれているのに違いありません。
現在、北海道のオーケストラに在籍するライブラリアンは中村さんただ一人。北の大地に響く音楽の音色には、中村さんの音楽に対する情熱も込められている
はずです。演奏の中に、厳しい寒さの中に灯る、優しい温かさを感じとることができたなら、どうか、ライブラリアンへの拍手と喝采もお忘れなく。
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2009年 01月 30日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2009年1月 9日 (金)
シリウスが輝く季節に
『情熱大陸』をご覧の皆さん、明けましておめでとうございます。
昨年は、放送五〇〇回の節目を迎えた『情熱大陸』にとっては、制作スタッフに世代交代が進む一方で、DVDやCDをリリースするなどいろいろな変化があった一年でした。
そんな中、番組ホームページのコンテンツにも少し変化が生まれました。直接、視聴者の皆さんにお話をうかがう機会がこの一年でぐんと増えたことです。
きっかけは冬の星空でした。
昨年1月20日の理論天文学者・小久保英一郎さんの放送をきっかけに、東京都調布市にある国立天文台で行われる「星空観測会」への参加を、番組ホームページの片隅で呼びかけたところ、遠く大阪、名古屋、静岡からの参加者も含めて男女数名の皆さんが集まってくださいました。
2月下旬の寒空の下、あいにくの曇り空。おまけに星空を観測するために天文台の敷地にはほとんど明かりがありません。そんな中、できることといえば、おしゃべりだけ。いろいろ話して判ったことは、毎週、熱心に『情熱大陸』を見てくれる人たちがいて、それぞれ個性的で楽しい人たちなんだ、ということ。
やがて、雲の切れ間から冬の夜空に輝くシリウスの光が見えて、参加者一同で「よかったね」と言いながら、皆で代わる代わる天体望遠鏡を覗き込んだ嬉しさの中には、旧知の友人同士のような連帯感もありました。
それ以降、ポッドキャスティングのコラム「みんなの情熱大陸」では、努めて視聴者の方には実際にお会いするか、電話でお話を伺ってから記事を書くスタイルに改めました。そうやって直接コミュニケーションをとることで、それまでメールやブログを通じてぼんやりと想像するだけだった皆さんの輪郭が、その人のこれまでの人生だとか、今のお仕事だとかのいろんな状況も併せて、くっきりと浮かび上がってくるようになりました。
その結果、たとえそれが何百万人もいるたくさんの視聴者の中のたった一人にしか過ぎないとしても、「どんな人が、この番組を観ているのか」ということを、今まで以上にリアルにお伝えできるようになったような気がします。また、そうすることで、番組制作に関わるスタッフたちが「自分たちが作っている番組は、こんな人たちが観ているんだ」というメッセージを感じてくれればいいな、とも思っています。
そういう意味では、皆さんからの電子メールのお便りのひとつひとつは、番組スタッフに視聴者の皆さんの個性を伝える、小さなドキュメンタリーのようなものです。いわば「小さな情熱大陸」です。今後も「私はこんな人間です。こんな人生を送ってきました。だから、今回の放送を観てこんな風に感じました」といったメッセージをどんどんお寄せいただければ嬉しいです。
今年も夜空にシリウスが輝く季節になりました。今年も「星空観測会」に参加するかどうかは未定ですが、できればまた皆さんとお会いする機会をどこかで持ちたいと考えています。
今年も一年よろしくお願いします。
MP3ファイルをダウンロード
2009年 01月 09日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年12月26日 (金)
Yさん、故郷に帰る
今年の春、Yさんという男性からお叱りのメールをいただきました。
とあるライブ会場で『情熱大陸』の取材現場に居合わせたのだが、その時の携帯電話の使い方はマナー違反ではなかったか、と。穏やかな言い回しではあるものの、ご立腹の様子は十分に伝わってきます。
スタッフにもやむをえない事情があったのかもしれませんが、取材時にマナー違反があったのならお叱りを受けて当然です。いただいたメールには、お叱りに対してのお詫びとご連絡いただいたお礼を返しました。
普通ならここまででメールのやり取りはおしまいとなるのが常なのですが、やり取りはここからもしばらく続くことになりました。Yさんの怒りが静まらなかったから、ではありません。いただいたメールの文面がとても丁寧だったことに感謝の意を伝えたところ、今度は逆にお礼のメールが返ってきたのです。そしてその後もやりとりは続き、いよいよ電話でお話しすることにまでなりました。
電話では、改めてお詫びもしたのですが、いつの間にやら不思議と打ち解けてしまって、Yさんの趣味であるジャズ鑑賞についての 経験談をお聞きしたりもしてしまいました。
最初にクレームをいただいた相手とついには音楽談義に花まで咲かせてしまったとは、まことに不謹慎な話ですが、実際、大変楽しい時間となりました。このとき、はたと気がついたのです。それもこれも、Yさんに最初にいただいた言葉に丁寧さや穏やかさがあったことから始まっているのだ、と。あの時、怒りに任せた激しい攻撃調のメールをいただいていたなら、もっと違う関係になってしまっていたかもしれないなあ、と。
そして半年余りが経って――。
先日、Yさんからお誘いがありました。来年の春には定年退職を迎え、単身赴任先の神戸を引き払って、郷里(くに)の愛媛県に帰られるとのこと。日々、ライブハウスを渡り歩くジャズ三昧の生活から身を引くのを前に、一度お会いすることにしたのです。
初めて会うYさんは、ジャズの似合う素敵な初老の紳士でした。話題もやっぱりジャズのこと。仕事としてジャズの世界を志したこともあったが断念したこと。それだけに若いミュージシャンたちを見るとどうしても応援したくもなること、等々。やや高めの、張りのある声を通していろんな話を伺いました。
その中にこんなエピソードがありました。悩んだ末にジャズの世界には入らないと決めたYさんが「つまらないことで心配を掛けてすまない」と仲間に頭を下げたときのこと。ある有名なトランペッターは、こんな風にYさんのことを温かくたしなめたそうです。
「つまらないことじゃない。ジャズをやるか、やらないか悩んでいることの、どこがつまらないんだ?本気、じゃないか」。
たとえそれが世間から見て目立たないような決断であったとしても『つまらない』ものなんてない。本気で取り組んでいることに『つまらない』ものなんてないはずだ。私たちの番組にいただいた優しく厳しい言葉の原点は、ひょっとするとこの言葉の中にあるのかもしれません。
意外にも「お酒は強くない」というYさんは、ブラック・コーヒーを飲み終えると、年末のあわただしさの漂う雑踏の中に消えてゆきました。来年は、ふるさとのお家で観ることになるテレビで、私たちの番組に『本気』を感じてもらえるといいなあ。そんな想いでYさんの背中を見送ったのでした。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 12月 26日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年11月28日 (金)
宝物を磨く
木登りも、磯遊びも、お昼ご飯の食べ方も、子供たちが自分自身で決めて、大人はそれを見守りほんのちょっと手助けをするだけ―。10月5日の放送は、そんな自然学校を開いた小倉宏樹(おぐらひろき)さんの放送でした。
自主性を重んじながら自然の中でのびのびと子供たちを育てる。そんな教育方針への共感が寄せられる一方で、「何から何まで子供たちに任せてしまうのは、ひとつの理想ではあっても現実的でないのでは」そんなご意見もありました。
そんな中に、ひとりの大学生からのお便りがありました。
安高昌輝(やすたかまさき)さん。20歳。草加市子ども会会長を務めています。
子ども会といえば、参加する子供の親の世代が中心となって運営するのが一般的ですが、この子ども会は中学、高校、大学に通う学生たちが運営の中心なのだそうです。
「僕たちは叱り方や注意の仕方を日々研究しながら試行錯誤してやっています。その辺は(けして叱らない小倉さんとは)異なるところですが、子供たちが自分達でやるというところには通じるものがあり、その姿はとても素晴らしいと思いました」。
ほんの数年前までは子供だった若者たちが、子供たちの自主性を重んじた子ども会を運営しているというのですから、ある意味では小倉さんの自然学校をさらに発展させたスタイルといえるかもしれません。
少子化が進む中で何とか充実した子ども会活動をと、地域活動の中から自分たちで子ども会を立ち上げたのが今から二年前。親をはじめとする大人たちとのコミュニケーションが重要でした。ところが、子供を相手に遊ぶのには慣れていても、親を相手に話をするのはまったくの専門外。子ども会の立ち上げ当初は、それが一番の苦労だったといいます。今では、親たちと子供たちの間を上手に取り持ち、毎月のように行事予定を組み、48人の子供たちを一つにまとめています。
彼が「『情熱大陸』では、華やかそうに見えるタレントさんが、意外に頑張っているのを見るのが好き」と語る姿は、ちょっとミーハーなところもあるいたってフツーの大学生。けれど、そんな彼が子ども会での経験を一つ一つゆっくりと、たとえ苦労話でも楽しそうに話し始めると、何とも言えず頼もしく映ります。子ども会役員や親たちの中で意見が対立するときには「一方の味方にはつかずに、両方の話を聞いて、なだめながら、まとめていくのがコツなんですよ」なんて言われると、日々、人間関係に悩むオトナの皆さんも素直に感心してしまうのではないでしょうか。
「苦労して準備した行事が終わった後に、帰っていく子供たちの無邪気な笑顔を見るのが一番の楽しみ」という安高さん。その子供たちを見る表情には、沖縄の自然と一緒に子供たちを見守る小倉さんの温かい視線とも通じるものがありそうです。子供たちへの想いがよく表されているのは、安高さんからのメールにあったこんな言葉です。
「子供はたくさんの可能性をもった宝物。その宝物を磨くのが大人になっていく僕たちの仕事だと思います」。
子供を磨くことで、人は大人になる――。
そしてまた、子供たちを率いている若きリーダーたちも、私たちの社会にとってはやはり宝物。近い将来、彼らが社会に向かってはばたいたときに、誰かが彼らを大切に磨いてあげなくてはいけないことを、オトナの皆さんは忘れないようにしましょうね。
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2008年 11月 28日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年10月31日 (金)
情熱を見る、夢を見る
『情熱大陸』のDVDを100本も持っている人がいます。
先日、やっと3タイトルが発表になったばかりなのに?いえいえ、毎回、放送を録画したものをダビングした自作の『DVDセット』です。番組ホームページ
から取り込んだ番組ロゴを使って作った自家製ラベルを印刷して大切に保存している――そんな記事をトラックバックの中に見つけました。
松田京吾さん。29歳。沖縄でテレビの制作会社に勤めるディレクターです。
かつては地元の人を紹介する小さなドキュメンタリー枠を担当していた時期もあり、その時は「まるで小さな『情熱大陸』を作っていたようで、すごく楽しかった」らしいのですが、現在は人気のお店などを紹介する情報番組を担当しているそうです。そんな経歴を聞くと、私家版『情熱大陸』DVDセットへの執着心も何となくナットク、でしょうか。
福井県のご出身。故郷を離れていったんは大学に進んだものの、映画の世界を志そうと一念発起。神奈川県の映画専門学校に入りなおして演出を学びました。その後、テレビの仕事について一年余りが経った時、ふと訪れた沖縄のドミトリーで何となく長期滞在生活を送るうちに、同じように旅行に来ていた奥さんと出会います。そして、一緒に暮らしていこうと探し出したのが現在のお仕事。もちろん、その後はめでたくご結婚され、やがて二児の父に。現在は、企画から取材、編集までテレビ制作に関する仕事なら一人何役でもこなす忙しい日々を送っていらっしゃいます。
「『情熱大陸』の中でもクリエーターが登場する回が好き」という松田さん。秋元康、箭内道彦、リリー・フランキー、大竹伸朗……個性的な「モノづくりの人」に惹かれるのは、自身も映像の作り手だからでしょうか。
「仕事で何日も編集室に詰めたり、徹夜だったりすると、他にも頑張っている人がいるんだなあと思うと自分も頑張れるんですよね」。
一方では「『燃える回』も好きですよ」とも。柔道家・野村忠宏、棋士・佐藤康光といった勝負に生きる人たちの放送を見ると、いち視聴者としてアツくなるんだそうです。ある時はテレビを作る人として、またある時は単にテレビを観る人として。どうやら松田さんは『情熱大陸』の楽しみ方を二通りお持ちのようです。
「30歳までには映画を撮る」という数年前に描いていた夢は、現在のところ「ちょっと延期かな」と松田さんは笑います。けれど、テレビの仕事が忙しい中で、今も映画の専門誌を定期購読し、DVDも含めて年に100本程度の映画鑑賞は欠かしません。話を聞いていても「いつかは撮りたい」「自分で行動を起こさないと無理かも」と、映画に向かう素直な情熱が言葉の端々に表れてきます。先日の映画監督・木村大作さんの放送に対しても「撮影がうまくいかないところが映っていると応援したくなった」と、気持ちははや映画のスタッフといった話しぶりです。
「常に映画を想っていたいけれど、仕事にかまけてどうしても疎かになっちゃう。それを奮い立たせるのに撮り貯めた『情熱大陸』のDVDを繰り返し見て、お世話になっています」
映画への情熱を奮い立たせるためのカンフル剤としてお役に立つなら、何度でも番組を使ってやってください。
「映画と同じように『情熱大陸』も撮ってみたいなあって気持ちではいるんです」とも言ってくださった松田さん。いつか、私たちの編集室でお会いできれば嬉しいです。
▼ご紹介したトラックバック元
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2008年 10月 31日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年10月17日 (金)
二人の味
この味は、なぜ美味いのか――。
美味しいと評判のラーメンでもその味の受け止め方は人それぞれです。たとえそれが、蕎麦やお酒になったところで同じ。「素材の良さだろ」「いや作り手の
腕だろ」。まったく同じ味を経験しているにもかかわらず、味わう人の味覚、価値観の違いによってその解釈にはことほどさように違いが出ます。
『情熱大陸』で紹介する人たちにも同じようなことが言えるのかもしれません。その人のどこが優れているのか。何が面白いのか。なぜ良いのか。一人の人物に対する解釈の仕方、視点というのは、番組を見た人が百人いれば、百通りの見方があるようです。
8月24日放送の『アーティスト・佐藤玲篇』にトラックバックをいただいた女性のブログにも、そんな見解の相違についての経験が書かれていました。
その日はご夫婦そろって番組を見ていただいていたそうです。番組を見ながら会話をしていると、佐藤玲さんのアーティストとしての素晴らしさについてはお互い認めるものの、「じゃ、いったいどこが素晴らしいのだろう」という点で二人の意見は分かれてしまいます。
ご主人は「写真の上に絵を描くという佐藤さん独特の方法を見つけたことが、世の中の人たちに新しい表現方法、新しいメッセージとして受け入れられた」という意見。一方の奥さんは「素晴らしいのは佐藤さん自身の中にあるメッセージで、その良さをもっともよく表現できる方法がたまたま写真の上に絵を描くという方法であっただけ」というもの。一本のドキュメンタリー番組をきっかけにご夫婦の芸術談義を誘ったとあれば、番組を制作したスタッフもさぞ喜ぶことでしょう。
ところが、ブログを拝見していると、この意見の相違がその後の会話の雰囲気まで曇らせてしまったような様子もうかがえます。番組としては、その後も仲良く毎週『情熱大陸』を観ていただいていると嬉しいのですが、ちょっと心配です。
けれど、このブログの記事はこんな言葉で締めくくられてもいます。
「自分の中から出てきた表現であるということに皆惹きつけられる」。
大切なのはアイデンティティ、という結論に気分もちょっと明るさを取り戻して、改めてブログの文章を読み返してみると、それが単なる『夫と意見が食い違った妻の言い分』なんかではないことがわかってきます。お互い意見の相違はあるものの旦那さんの考え方もとても上手に書き示されていて、それぞれの価値観やものごとに対する考え方に対して普段から十分に理解されていることが伺えます。それだけではなくって、設計のお仕事をされているという旦那さんに対しても「自分の良さを適切に発揮できる手法を見つければ、それが新しいものでなくとも、やっぱり皆に良さが伝わって売れるようになる」とメッセージを送ったりもしています。きっと、ほんとうは仲の良いご夫婦なんだろうと思い直して、ひと安心。
毎週、アクの強い人物が登場する『情熱大陸』のことですから、見る人それぞれによって解釈の仕方も随分と違うでしょう。時には、一人の人物に対する解釈を、自分以外の人に確認するのも、この番組の楽しみ方の一つかもしれません。その相手が人生のパートナーであればなおのことです。たった一人で味わうのと、良き理解者と一緒に味わうのとでは、その味に大きな違いが出るのもまた、美味しいお酒や食べ物と同じ、ですね。
▼ご紹介したトラックバック元
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2008年 10月 17日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年9月26日 (金)
文化でしょ?
「ね、文化でしょ?」
一通り説明を終えると、念を押すように彼女はそう問いかけました。声の主は、神奈川県小田原市在住のカリグラフィー・インストラクター・井上代峰子さん。もちろん、『情熱大陸』の熱心な視聴者の一人です。
「カリグラフィー」とは、先の平たい特殊なペンを用いてアルファベット文字を美しく見せる技術のことで、その起源は二千年以上も前にさかのぼります。現在の印刷書体はカリグラフィーによる筆跡がベースになっていて、文字の美しさにこだわるワシントンポストなどは有名なカリグラファーが書いた字体を元に活字の版を起こしているといいます。
「長い歴史があって欧米ではとても知られた文化なのに、日本ではまだまだマイナー。カルチャーセンターの職員ですら知らない人がいる現実が残念で、もどかしい」。
ひとつの文化として日本にもカリグラフィーを普及させたい――その意気込みを語り始めると、井上さんの口調は自然と熱くなってしまうようです。
しかし、そんな井上さんも、実際にペンをとって文字を描く時には言葉が少なくなります。平らになったペン先を文字を書き進める方向に対して一定の角度に保ちながら描いていくと、太さと細さのバランスがまるで強弱のリズムを持ったように、文字が次々と姿を現します。息を呑むようにして、一文字、また一文字。ペン先が紙を擦るさらさらという音が、見ている側の緊張を誘います。
「そういう書体ならパソコンから出るよって言われるのが悔しくって。パソコンの時代だけれど、それに相反して『手を動かす』ことに注目が集まっているのも確か。手を動かすことは人間にしかできないことですからね」。
文字の大きさ、間隔、そして配置を、自由に変化させることが出来るのが手書きの魅力、と井上さんは言います。そのためにはテクニックだけではなく「最後は心で」とも。なるほど、文字や言葉は「ただ、伝わりさえすればいい」というものではありません。紙の上でそれらを伝えるには、何らかの『情熱』が必要――。その情熱があってこそ、やっとそれを『文化』と呼べるんだ、ということでしょうか。『情熱大陸』もその名に恥じぬように、映像や音を「ただ、伝えているだけ」にならないように気をつけないといけませんね。
そんな井上さんが『情熱大陸』を見るときには、日頃、女性の生徒さんに対して接することが多いので、むしろ逆の立場から男性らしいアプローチの仕方を番組の中に探すことが多い、とか。これまで見た『情熱大陸』の中でもっとも印象的だったと語るのは『保育士・菊地政隆篇』(2004年6月20放送)。子供に対する視点が男性特有の大らかさに溢れていたから、とのこと。男性的なアプローチを知りたいという井上さんが、かつて一般的には「保母さん」と呼ばれた女性中心の職種で活躍される男性の放送に感動したというのも、何だかちょっと面白いですね。
本屋でたまたま手に取った一冊の本をきっかけに、井上さんがカリグラフィーの世界に飛び込んで十年余り。来年、定年を迎えられるご主人には「ゆっくり家事をしてもらって、私はいっそう…(笑)」とますます意気盛んのご様子。取材を終えて夕暮れの小田原駅に向かう途中、駅前のケーキ屋さんのウィンドウに彼女の手によるお店のロゴを見つけました。当たり前の風景として生活の中にあることもまた『文化』なのかもしれません。
どうか、これからもご活躍を。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 09月 26日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年8月29日 (金)
きのうの化石、あすの風
探そう、見つけようと思わないと化石は目に入ってこない――。そう彼女はいいます。しかし探せば必ず見つかるものでもない。だからこそ、叡智を尽くして仮説を立てた末に果たして化石を見つけたときの喜びは何ものにも替えがたい、と。
京都大学で魚の化石をテーマに研究している大学院生、入江美沙さん、24歳。ピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐに相手の目を見て話す姿が印象的です。
「高校生の時分から、いつも番組を楽しく拝見させていただいております。情熱大陸を見ていると、(化石などを研究する)地質学者にもこういった情熱と気概に溢れた人は多いなあと思うのです」。
そんなメールをいただいて調べてみると、どうやらまだ『情熱大陸』には化石の研究者は登場していないようです。化石という言葉に好奇心をくすぐられ、その研究の魅力についてお話を伺ってみることにしました。
香川県観音寺市の出身。中学の頃から自然科学に興味を持ち、地元の高校では理数科に進みます。その後、京都の大学に進み、卒論のテーマに選んだのが魚の化石でした。
以来、化石の魅力にとり憑かれ、「さらに研究を」と京都大学大学院に進学。研究熱心のあまり、魚を食べるときにも思わず骨格などが気になり、友人には「そんなにじろじろ見ながら食べると美味しくないよ」と窘められる始末だとか。いやはや、入江さんご自身の化石に対する『情熱と気概』も相当のものです。
「化石を掘り起こした瞬間には、その化石を見たことがあるのは世界に自分ひとりだけなんだ。そう思うとワクワクする」
何十万年から何千万年、ものによっては1億年以上もの間眠っていた地球の記憶を、ひとつひとつ自分の手で見つける興奮。現れた化石を目の前にしたとき、どんな人類も知らなかった歴史の一部分が自分の手の中にあるように思えるところ。それが化石発掘の醍醐味なのでしょう。
そんな入江さんは、高校生のときからの熱心な『情熱大陸』ウォッチャーでもあります。なかでもセンター試験受験を翌週に控えたときに見た『SMAP・草彅剛篇』の放送は忘れられないものだとか。緊張感が一番高まっていた時期に、一流タレントと呼ばれる人でも地道に頑張っていたり、悩んだりする姿を見て感銘を受け、励まされたような気持ちになって受験に臨んだのだそうです。
ほかには『左官・久住有生篇』、『漫画家・西原理恵子篇』など、意外にもヒューマンで個性派な人物がお好きなようです。「ああ、こんな職業があるんだとか、こんな人がいるんだとか思うような回も好きですね」と話す入江さん。番組を通じて未知なものを探し当てた喜びは、化石を見つける楽しさにも通じる何かがあるのかもしれません。
目下、卒業研究に忙しい入江さんですが、来年には石油会社への就職が決まっています。環境に優しい新しいエネルギーの開発などにも力を入れている業界のこと、大学で培った知識を活用した研究に進むのかと思えば
「実は風力発電の研究がしてみたいっていう野望があるんです(笑)」。
自然科学を学んだ経験を今の社会に還元するためには、未来に役立つ分野の研究がしたい、とのこと。過去の軌跡を追うのはあくまでも輝く未来を探すため、といったところでしょうか。若き研究者のスケールの大きな『情熱と気概』からは、『情熱大陸』も学ぶことがたくさんありそうです。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 08月 29日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年8月15日 (金)
花嫁を飾る
障害に負けてブライダルの仕事を辞めようかと思っていましたが、吉岡順子さんのドレスを見て迷いを捨てることが出来ました。こんな素敵なドレスのブーケをいつか作れるなら、花嫁の幸せな顔を見るためにも、障害に負けず頑張りたいと思いました。
『ウエディングドレスデザイナー・吉岡順子篇』に電子メールでこんなお便りを送ってくださったのは、熊本でフラワーデザイナーのお仕事をされている有元共美さん(46歳)。ご自宅でたくさんの生徒さんを集めるフラワーアレンジメントの教室を開きながら、月に何度かは結婚式場で花嫁のブーケなどの演出を担当するなど、忙しい毎日を送る『花のエキスパート』です。
15年前、有元さんは大きな事故に遭い、その後遺症として物が二重に見えてしまう『複視』などの症状が残ってしまいました。毎朝早くに起きて花を仕入れ、目で見て、手先でアレンジをする仕事にとって、こういう症状はなかなかに厄介です。持ち前の明るさでこれまで何とか仕事を続けてきたものの、さすがに最近では疲れを感じることも多く、有元さんは「結婚式の仕事はそろそろ潮時かな」とも考えていました。そんなときに見たのが、7月6日放送の『情熱大陸』でした。
「この人の作るドレスには、どんなブーケが似合うだろう。自分が飾るとすれば、どんなブーケで飾るだろう」そんな想像をしながら番組を見ていた有元さんですが、トップデザイナーとして活躍する吉岡さんの出発点が足の障害に対するコンプレックスにあったことを番組から知ります。そして、吉岡さんと同じように障害の克服の辛さ、難しさを知る一人として、画面の中で輝いて見える吉岡さんの陰の努力を想像しているうちに、「私も頑張らなきゃ」と思い、ふたたび仕事への意欲が沸いてきたのだそうです。
有元さんは『情熱大陸』を毎週欠かさずにご覧いただいているそうで、さすがに美しさを大事にするお仕事に携わっている方らしく、グラフィックデザイナーの佐藤卓さんや展示デザイナー・木下史青さんの回など、『デザイナー』と名がつく方たちの放送がやはり印象に残っているといいます。
そんな番組が、こんどは逆にお仕事への意欲を取り戻すきっかけになったのですから、番組としても少しは恩返しが出来たということになるでしょうか。「ブライダルの仕事を続けようと思い直した途端、さっそく来年の予約が入ったんですよ」とよく響く声で明るく笑う有元さん。「人のために教えてあげたり、飾ってあげたりするのが好き。『ありがとう』という笑顔を返してもらえると本当に嬉しいですから」とも。花嫁さんから自分が作ったブーケを手に新婚旅行先で撮った写真を贈られたりすると、日ごろの苦労も吹き飛ぶのだそうです。
海の向こうのウエディングドレスデザイナーの活躍を伝えたことで一人のフラワーデザイナーが仕事を続け、たくさんの花嫁の笑顔を創りだすことが出来れば、担当したスタッフの苦労もまた吹き飛ぶことでしょう。
結婚式の仕事は日曜日に入ることが多く、『情熱大陸』を観てからゆっくりとお風呂に入るとどうしても寝るのが遅くなってしまうのが悩みの種という有元さん。「もう少し放送時間が早かったら、次の日、楽なんですけどねえ」。大変、恐縮です。ですが…あなたのブーケを待っている花嫁さんたちのためにも、『情熱大陸』ウォッチングも、お体のケアも、ながぁく続けていただければ幸いです。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 08月 15日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年7月25日 (金)
真夏のピクニック~情熱大陸スペシャルライブへのお誘い2008
2002年から始まった夏の音楽イベント『情熱大陸スペシャルライブ~サマータイムボナンザ』。そのライブに、過去6回、毎年欠かさず参加してくれているご夫婦がいます。
昨年の横浜会場。灼熱の太陽が照りつけるライブ会場の隅っこで、涼しげにシャンパングラスで乾杯をし、生ハムやオリーブをつまむカップルの姿が、ライブの取材をしていた私たちホームページスタッフの目に留まりました。
うだるような暑さとはあまりにも対照的なその優雅な様子に引き込まれ、思わず声を掛けたお二人は、真っ白なシャツを爽やかに着こなすスレンダー美人の奥様ヨコさんと、柔らかな笑顔でその場を和ませてくれる一級建築士のご主人タケさん。恋人時代に3回、夫婦になってからも3回、これまで毎年スペシャルライブに参加しているご夫婦でした。
あれから一年――。
素敵なご夫婦が今年はどんな楽しみ方をするのかを確かめたくって、今年のスペシャルライブを前に、改めてお二人にいろいろとお話を伺ってみました。
最初にこのライブに足を運んだきっかけは『ピクニック』。当時、二人の間では、お弁当を作って、お酒を持って、山や海へ出かける『ピクニック』がブーム。そんな時に、美味しい料理とお酒を楽しみながら、葉加瀬太郎さんや佐藤竹善さんら大好きなアーティストの音楽が楽しめる音楽ライブがあると聞き、初めて『夏フェス』と呼ばれるイベントに参加してみることにしたのだそうです。
初めてこのライブに参加したとき感じたのは、その開放感の気持ちよさ。芝生に寝転び、草の匂いを嗅ぎながら、自然の風を感じる。ライブを子守唄代わりにしてうたた寝をする赤ちゃんもいれば、飛び跳ねて遊ぶ元気な子供たちもいる。お酒が入って気持ちよくなった大人たちはゴロリと横になったまま音楽を聴く。観客が思い思いの時間を過ごすことのできる、まさに『ピクニック』のようなこの雰囲気を、二人は一瞬にして気に入りました。
「来年もまた来ようね」。初めて足を運んで以来、ライブの帰り道でそんな約束を繰り返すこと6回。その間、お二人はめでたく結婚もされています。
ところが――。
当然、今年も二人で参加するつもりでいたところ、奥さんのヨコさんに仕事の予定が入ってしまい、残念ながら参加できなくなってしまいました。
「じゃあ、タケさんはどうするんですか」
そう訊くと、答えはあっさり「NO」。今年は参加しないのだそうです
「どんなに素敵な音楽が流れて、どんなに楽しくお酒が飲めるライブだったとしても、綺麗な夕焼けが会場を包んでいいムードになったときに、隣にパートナーが居ないことにはライブに参加する意味がないから」。
一番大事なことは二人一緒に参加すること、なんですね。ひょっとすると、お二人にとってこのライブは今も昔も『ピクニック』なのかもしれません。だって、たった一人で『ピクニック』に出かける人はあまり見かけませんからね。今年、お二人に来ていただけないのは甚だ残念ですが、ぜひまた来年、会場でお会いしたいと思います。
というわけで――。
今年の『情熱大陸スペシャルライブ』は、8月2日大阪・万博記念公園、9日東京・夢の島公園の日程で行います。大切な人を誘って、ぜひ皆さんも夏の『ピクニック』に参加していただけると嬉しいです。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 07月 25日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年7月11日 (金)
それぞれの十年
あれから十年。ようやく一人前になりました。ありがとうございます――。
放送十年を迎えた番組からの挨拶?いえいえ、違います。先月にいただいた視聴者の方から頂いたメッセージです。
前田暁彦さん、31歳。職業はだんじり彫刻職人。勇壮な曳行で知られる岸和田だんじり祭。その祭で使われる『だんじり』と呼ばれる西日本特有の山車の彫刻を、一つ一つ丁寧に彫り上げてゆくのが前田さんの仕事です。
大学卒業を目前に控えたちょうど10年前の1998年2月に21歳で弟子入り。中卒、高卒が当たり前の職人の世界ではかなり遅いスタートでした。以来十年、木彫り一筋に打ち込んできた努力が実り、ようやく独立して工房を開くことになったのだそうです。
「辛い日もありましたが、いつも心の支えとなり励ましとなったのが、毎週日曜日に放送される『情熱大陸』でした。番組に登場される人を見て 『皆、頑張っているのだから、自分も頑張らな』って思い、頑張ってきました。本当に感謝してます」。
『情熱大陸』のスタートとほぼ同じ時期に職人の世界に入り、番組が放送十年の節目を迎えた時に独立。その間の修行の励みとなったのが『情熱大陸』だったというのですから、この十年を『情熱大陸』と一緒に歩んできた人、と言ってもいいでしょう。
これはぜひ直接お会いしてお話を訊きたいと、大阪府岸和田市にオープンしたての工房を訪ねました。まだ表札も上がっていませんし、お祝いの白い胡蝶蘭は誇らしげに花を咲かせたままです。ただ、手元に並んだ何十種類ものノミや彫刻刀の取っ手だけが、しっかりと経験の色を浮かべています。そんな中、前田さんは終始優しい笑顔でこちらのインタビューに答えてくださいました。
聞けば、高校卒業の時にも一度弟子入りを希望したことがあったらしいのですが、父親の反対で一度は断念。その後大学に進み、ごく平凡な人生を歩むはず…でしたが、転機が訪れます。大学四年の時、内定が決まっていた就職先の研修会場で鏡に映った自分の背広姿を見た途端、聞こえてきた心の声でした。
「俺、自分にウソついてるわ」。
やはり、だんじりに関わる仕事に就こう―。そう決心すると、以前、地元のだんじりを新調する際にお世話になった親方にすぐに弟子入りを志願。気がつけば翌日には弟子として仕事場に入っていました。以来、だんじり一筋。単に彫り物の勉強だけではなく、立体的なイメージをつかんで下絵を描くために、仕事の合間を見て絵の先生のところにも通いました。
修行、修行の毎日にもようやく慣れた頃、週に一度の休日=日曜日に見つけた楽しみが『情熱大陸』でした。「自分と同じように夢に向かって頑張っている人がいる」。そんな人たちが葉加瀬太郎さんのテーマ曲に乗って現れる瞬間は、「凹んだ時にも、テンションを上げさせてくれる」待ち遠しい時間となりました。
前田さんの彫刻の持ち味は、源平や戦国時代の戦記をモチーフにしたオーソドックスな味わい。しかし一方では、書道家とのコラボレーションでマンハッタンの風景を作品化するなど、『だんじり』以外にも活動の幅を広げています。
「50歳になったらニューヨークで個展を開くのが夢。だんじり彫刻を日本中、世界中にもっと広めていきたい」と語ってくれた前田さん。ひょっとすると、20年後の『情熱大陸』に登場、なんてこともあるかもしれませんね。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 07月 11日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年6月13日 (金)
惚れてしまってわかんない
夢中なとき、集中しているとき、心の中に「なぜ?」「どうして?」は生まれない――。
4月27日放送の『獣医・滝田明日香篇』にいただいたトラックバックの中に、そんな言葉を見つけました。「マサイマラのどういうところが好きですか」と問われ、滝田さんが返した「惚れてるからわかんない」という答えについての感想です。
何が面白いのか、何が自分を突き動かすのか自分でも分からない精神状態、それが滝田さんのいう「惚れている」という事じゃないのか。
そんな風にも書かれています。見事な解説に、思わず膝を打ちました。
先日、『情熱大陸』は放送500回を迎えましたが、今回ご紹介した方は長く番組を見てくださっている、いわば、ベテランの『情熱大陸』ファンです。それだけに、番組を見る目も肥えていらっしゃるのでしょう。感想の文章にもなかなか鋭い視点が感じられます。たった30分という短い時間で一人の人物を紹介する番組のスタイルについても、「不思議な物で、100%を綺麗にまとめて見せられると面白くなくなる。せいぜい半分くらい、残りの半分を想像しながら見終える方が、もっと深く感じ取れるような気がしてしまう」とのご意見。「物足りない」「せめて一時間」というご要望が多い中で、一味違う好意的なコメントをいただきました。ありがとうございます。
トラックバックを通じて番組へのメッセージをいただくようになってから、番組の中で投げかけられた「いったい、なぜ?」という『問い』に対して、ピタリと的を射た『名解説』をいただいて、はっとすることが増えたように思います。今回の例で言えば、ひとつのことに夢中なときには何かの理由付けをしようなんて気持ちは生まれない――なんてことは、番組の中ではひと言も語られてはいません。30分の番組を見終わった後に、番組を見た方が、頭の中で『残り半分を創造しながら』『もっと深く感じ』とっていただいた部分ということになるのではないでしょうか。
そして、ブログの記事は、こんな風に続いています。
番組の後半にスタッフが滝田さんの結婚観についてストレートな質問をぶつけていた。
ちょっと失礼じゃない? と思うくらい 不躾な質問。でも皆が聞きたい事。
答える滝田さんの表情が等身大で、 思わず微笑んでしまった。
マサイマラに「惚れてしまってわかんない」滝田さんも、もしかしたらアフリカの月を眺めながら色々なことを考えることがあるのかもしれない。
でも「惚れてしまってわかんない」まま前に進めるということは、素敵な事だ。
今もアフリカの大地で獣医としてタフな毎日を送る滝田さんに、さて、この言葉たちは届いているのでしょうか。ここニッポンには、番組を通じて滝田さんの生きる姿を見て元気をもらった人がたくさんいました。その中には、滝田さんにもらった元気の理由をきちんと言葉にして伝えてくれる人もいました。その言葉がまた、どこかの誰かを励ますようなこともあるかもしれませんし、ひょっとすると、地球をぐるっと回って滝田さん自身を励ますことだってないとは言えません。
夢中なとき、集中しているとき、心の中に「なぜ?」「どうして?」は生まれない――。
アフリカの空に輝く月を見上げながらこの言葉を呟く彼女の声が、夜のサバンナに静かに響く――。そんな風景を想像してみるのも、また、楽しいかもしれません。
▼ご紹介したトラックバック元
▼過去の放送
MP3ファイルをダウンロード
2008年 06月 13日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年5月16日 (金)
手紙のひと、その後
『情熱大陸』のプロデューサーが交代して1ヶ月が経ちました。前職の中野伸二が担当を離れることをお伝えしたポッドキャスティング『プロデューサーからの
手紙』の最終回には、皆さんからもたくさんの反響をいただきました。その中から一つ、ペンネーム・yuuriさんからいただいたコメントをご紹介します。
『情熱大陸』のファンは私を含め本当にたくさんいると思います。放送を見る事ももちろん楽しみでしたが、毎月、中野プロデューサーの手紙を読む事もとても楽しみでした。私はこのコラムのファンでもあった!と声を大にしてお伝えしたいです。
メディアに対する疑心は常に持っているひねくれ者ですが、コラムを読む度に、「ああ、よかった、まだ信じられる気がする」と感じました。本物を求めている人が作っている番組なのだと。「番組を作る上で『感動を与える』という表現は変ではないか」と書いていらっしゃいましたが、インスピレーションだったり、自分自身への問いかけの機会だったり。まさに、情熱や真摯なものを毎回受け取っていました。
2年と3ヶ月のコラムの執筆、そして10年間(のプロデューサー業)、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。これからも本物を強く欲し続けていて下さい。
温かいメッセージをいただいたyuuriさん、ありがとうございました。
そもそも、このコーナーのきっかけは、2002年に『情熱大陸・葉加瀬太郎セレクション』というCDを出した時にありました。そのアルバムにプロデューサーが寄せたコメントに、何とも温かみがあったのです。以来、ある時は社内報の記事として、またある時はライブイベントの挨拶文として、機会があるごとにプロデューサーが『情熱大陸』について書いているのを見て、2年前に番組でポッドキャスティングを始める際に、思い切って連載を依頼したのでした。
その時には「好きなことを書きたいので、テーマは縛らないでね」なんてぶっきらぼうに話していましたが、いざ蓋を開けてみると、その話は、いつも、どこかで番組作りの真髄とつながっていました。番組の作り手が、テレビとは違うチャンネルを通じて直接話しかけるのを、毎回、楽しみにしていただいた方も多かったようです。
中野自身、いまも元気で仕事をしています。昨日も、オフィスの片隅で隠れるようにして本を読んでいました。その前に見かけた時には、後輩が『情熱大陸』の編集に頭を悩ませている隣で、イベント用のビデオを自ら編集していました。ん?それって、果たして仕事なのかな。まあ、テレビ局員の仕事なんて、普通の人から見ればあまり仕事っぽくは見えないものですけれど。
そして実は、『情熱大陸』のスタッフロールには『編成』の肩書きで、現在も中野伸二の名前がクレジットされています。DVDの発売や、ライブイベントの展開など、テレビの放送だけにとどまらない番組全体を大きな動きにまとめ上げていく。それが中野の現在の仕事、のようです。
これまで『情熱大陸』のサイト以外にも、番組についてのインタビューや他局のテレビマンとの対談に応じることも何度かあったようですから、今後もどこかで中野の話が皆さんに届く機会もあるしれません。もちろん、編成マンとして面白い番組を皆さんにお届けするのが今の彼の仕事ですから、彼の担当する番組をご覧いただくことも、忘れないでやってくださいね。
▼中野伸二インタビュー記事
制作者と視聴者の架け橋テレビコから引用
MP3ファイルをダウンロード
2008年 05月 16日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年4月25日 (金)
あきらめなければ、逃げない
4月12日放送の『サッカー監督・羽中田昌篇』をご覧になったペンネーム「カールまつげ」さんからメールを一通いただきました。
「(羽中田さんにとっては、)交通事故で自分が夢をかなえられず、好きな事から目を背けて生きるというのは辛かったと思います。でも、やっぱり好きな物や
事は何年経っても自分の中から消えないものです。私は昨年出産をし、子育てに奮闘中で子供の為に趣味を断念中ですが、頑張ってみようと思いました」。
カールまつげさんは、大阪府八尾市に住む33歳の女性です。生後9ヶ月の赤ちゃんを抱えて日々奮闘する新米ママさんでもあります。連絡を取って、「断念中の趣味って何ですか?」と訊いてみると、朗らかで良く通る柔らかい声で、独学で勉強していた英語の勉強のことだ、と教えてくれました。
京都府舞鶴市生まれのカールさんは、中学生の頃、映画好きだった両親が借りてきた映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のビデオが気に入り、その後、何度も何度も繰り返し見るうちに、劇中の英語をそっくりそのまま真似をして覚える、という独特のスタイルで英語の勉強を始めたのだそうです。
その後、進学を機に大阪に出て、就職。それでも機会を見つけては、大好きな洋楽や映画などの世界と接していたくて、ひたすらセリフや歌詞を繰り返し『物まね』をすることで英語の勉強を続けました。その甲斐あって時には留学経験者に間違われたりもしたそうです。一方で、きちんとした語学教育を受けなかった自分に自信がもてなかった、とも。
やがて、仕事を辞め、派遣で転々とするうちに、「自分の好きなことよりも、自分の人生を生きるのに必死だった」20代が終わります。そして、結婚、出産。落ち着いた生活は手に入れたものの、気がつけば英語は少し遠い存在になっていました。
ところで、カールさんの旦那さんは無類のサッカー好き。37歳の現在も、現役でフットサルを続けています。「いい歳をして、フットサルばっかり!」と、半ば呆れていたカールさんですが、ある日、一緒に観戦している時に「やっぱり、好きなことがあるって、熱中できることが一つあるって、素晴らしいことなんだな」と気づきます。以来、旦那さんのサッカー熱にも理解を示し、フットサルにも「どんどん行っておいで」と言えるようになりました。羽中田さんの放送を見たのは、ちょうどそんなタイミングでした。
「早くに芽が出て有名になって、引退して監督になるっていう、そういうレールが敷かれた、何の挫折もない人生じゃなくって、一度夢をあきらめたけれど、もう一回、20代後半からチャレンジをするなんて、羽中田さんにはどれだけの気持ちが必要だったんだろう」
そんな風に思うと、自分が若い頃に情熱を燃やした英語への意欲が、気持ちの中にまた沸いてきた、とカールさんは言います。
放送後、さっそくカールさんは、週に一度、地元の英会話教室に通い始めました。「勉強ってこんなに楽しいものか」と感じながら、いつも会社帰りの旦那さんに車で送ってもらって教室に通っているそうです。
「あきらめなければ、目標は逃げないから」
そう奥さんに励まされて、ついにサッカー監督になった羽中田さんの姿を見て、今度は、カールさんが英語という目標に向かって再びチャレンジを始めました。ひょっとして、皆さんにも『逃げないで待っていてくれる、あきらめきれない目標』が、一つぐらいあるんじゃないですか。ぜひ、チャレンジを。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 04月 25日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年4月11日 (金)
夢見て歩む
恋がしたい。恋がしたい。恋がしたい。
でも、いったい誰を好きになればいいんだろう――。
皆さんの中にもそんな風に思った経験のある方、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
3月16日放送の『バッグデザイナー・山口絵里子篇』にトラックバックをいただいた女性も、あるいはそんな一人だったのかもしれません。ブログの文章を拝見していて、ふとそんな風に思いました。
学生といっても通用するぐらい華奢で可愛らしい容姿ながら、発展途上国の中でも最も厳しい貧困にあえぐバングラデシュで事業を立ち上げ奮闘する山口さんのタフネスぶり。その『しなやかな強さ』に、この女性は「観終わった後もしばらく頭がボーっとしていた。ガツンと後ろから殴られたようだった」と言います。そして、さらに記事はこんな風に続いています。
日々のささいなこと、それも自分に対することばかりに意識がいきがちだったことに気づかされた。もっと、もっとすべきことはあるし、考えるべきことも知るべきこともある。
いや、「べき」というのも少し違うかもしれない。
私ももっとやりたい、・・・・けど何を??
職場で、帰り道の表参道の交差点で、立ち止まってはみたけれど、そう簡単に答えは出ないかもしれない。山口さんのように熱意と行動力、そして何より倒れてもまた立ち上がって歩み続ける強さを私は持てるのかもわからない。
でもこれだけは言える。少なくともこの番組を観て山口絵里子さんを知ることが出来たことは私にとって影響が大きかったということ。今すぐではなくても目に見えなくても、きっと私だけでなく多くの人に影響を与えているのだということ。
実際、『山口絵里子篇』の放送終了後、番組にはたくさんの感想が寄せられました。中でも、山口さんと同じ女性あるいは同じ世代の方からは、今回ご紹介したブログの女性と同じように「何かにチャレンジしたい。でも、いったい何をすればいいんだろう」――そんなメッセージがほんとうに多かったのです。
その気持ちは、恋愛に喩えるなら『恋はしたいが、意中の人がいない』という気持ちに通じるものがあります。そして『意中の人がいない』からといって恋を語らずにはいられないところも似ています。さらに言えば、お相手がいないときほどアツく語りたくなるところまで似ているかもしれません。
ならば、いま、大切なことは、慌てて何かを始めたり、むりやり何かを好きになることではなくって、何かしたいと思う気持ちをずっと持ち続けること。何かしたい、何かしなくちゃ、とずっと意識し続けること。じゃないでしょうか。
彼女のような哲学を持って、世界の人とつながることが出来たら。それは夢のようなことで果てしないこと、でも夢見て歩む価値があると思う。
先のブログの記事はこんな風に締めくくられています。夢を見て歩み、夢を見て立ち止まった交差点の景色を、どうかずっと忘れないでくださいね。
そうそう、実は表参道の交差点の目と鼻の先にも山口さんのバッグが売られているお店があるんです。ひょっとすると、自分のやりたいこと、打ち込めるものに出会うチャンスは、意外と身近なところに潜んでいるのかもしれません。恋のチャンスと同じように、ね。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
木曜組曲 : 山口絵里子さんのこと。(TV「情熱大陸」を観て)
▼過去の放送
バッグデザイナー・山口絵理子
2008年 04月 11日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年3月14日 (金)
乞はんに従う
「乞はんに従う」という言葉がある。この言葉良く分かりませんでした――という書き出しで始まるブログの記事からトラックバックをいただきました。
確かに少し難しい言葉ですが、毎週、情熱大陸をご覧いただいている熱心な視聴者の皆さんなら聞き覚えがある人も多いでしょう。この聞きなれない言葉は『庭師・平岡佳道』篇の放送の中で紹介した、平安時代末期に書かれた日本最古の庭園書『作庭記』にある言葉です。
『乞う』というのは『何かをしてくれるようにお願いする』という意味ですから、文字通りに解釈すれば、この言葉は「お願いされたとおりに従う」ということになります。もう少し今風の言葉で言えば「リクエストに応える」といった感じでしょうか。
つまりは『庭造りの極意は、石の望んでいる通りに石を立てること』といったような意味らしいのですが、それでもまだわかったような、わからないような。どこか騙されたような感じのする言葉です。だって、ほんとうなら生き物でもない庭石が何かを望んだりするなんてこと起こるはずありませんからね。
一方で、当の平岡さんは番組の中でこんなことをおっしゃっていました。
「自分の仕事でその場の空気が変わる」
鰻屋の入り口に竹を五本飾っただけで、その場所の雰囲気をがらりと変えてしまったのを目の当たりにした私たちは、この言葉にうなずく外ありませんでしたよね。けれど、さらりと言ってのけてはいるものの、『その場の空気を一変させる』なんていうのは、誰にだって出来る芸当という訳ではありません。
それはやはり、いにしえの極意「乞はんに従う」が教えてくれるように
「ここにこういう風においてほしいなあ。そうするとイイ雰囲気のメッセージを自然と送ることが出来ると思うんだけどなあ」
そんなリクエストを5本の竹から聞き取って、素直にそれに従うことができたからこそ――ということ、になるのでしょうね。
その場の雰囲気を一瞬にしてがらりと変えてしまうのが超一流の仕事人――そんな風に考えると、サッカー選手にしても、俳優にしても『なるほど』と頷ける部分があります。そういえば、わたしたちはそんなスーパースターたちのことを『華のある選手』『花形役者』なんて『花』という言葉を付けて呼びますよね。このあたりもどこか庭師の極意と通じているのかもしれません。
ご紹介したブログには
「この『自分の仕事でその場の空気が変わる』という言葉が一番。KY(空気が読めない)なんていってる場合じゃない」
なんて感想も書かれてありました。
確かに、ちょっとばかり仲間内の空気が読めなかったからといって人間同士で皮肉ったりからかったりして騒いでいると、野山の立派な石や草木からも
「俺たちの心の声を聞くココロの耳も持っていないくせに、解ってないねえ」
なんて哂われてしまうかもしれません。
まもなく春。
人間同士の空気ばかり読んでいないで、雪解けの水の流れる音や、嬉しそうに空に戻る鳥の鳴き声など、自然の声に耳を傾けてみるのもいいかもしれません。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 03月 14日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年2月15日 (金)
情熱の瞬間!
「おいしい!」
料理をふるまって、そう褒められて嬉しくない人などいないでしょう。だから、行く先々の言葉で『おいしい』は何と言うのかを覚えておくだけで旅はぐんと楽しくなります。
村の小さなパン屋さんが焼きたての香りがするパンに濃厚な味わいのチーズを添えて出してくれた時、騒々しい中華飯店で湯気の立ち上るホクホクの飲茶が何種
類も出てきた時。そんなとき、店の人に覚えたての「トレボン!」や「ハオチー!」という言葉を伝えてみると、たいていはにっこり笑って「ありがとう」とい
う言葉を返してくれます。この一瞬のやり取りを経験できただけでも「旅っていいよなぁ」と感じるのではないでしょうか。
ところが、この『おいしい気持ち』を実感を込めて伝えるのは、言葉だけでは意外と難しいものです。そんな時、私たちはたいてい少しジェスチャーを添えますよね。おいしかった料理のお皿をお店の人が下げに来たときに、身振りでスタッフの目を引き、相手と目が合ったときを見計らって、皿を指差したあとに親指を立てる。それからありったけの笑顔とキラキラした眼差しを精一杯作って、「グーッ!」と元気よく言う。そうすれば、たいていの人には「美味しくて気に入ったんだ」という気持ちは伝わります。
『情熱大陸』を見ているときにも、そんな風にして何かのちょっとしたジェスチャーで「おもしろい!」とお伝えいただくと、番組の作り手にも励みになるんじゃないかな――そんなふうに考えて作った小さな仕掛けが番組の携帯サイトに設けてあります。
『情熱の瞬間!』というのがそのコーナーの名前なのですが、仕組みはいたって簡単明瞭。番組を見ていて「ああ、今、良いシーンだなあ」と思ったらクリックしていただく、というだけのものです。そうやってクリックされた回数を集計すると、皆さんが番組のどのあたりで「いいなあ」と感じていただいたのが判りますよね。美味しい料理を食べて親指を立てて合図を送るのと同じように、番組を見て面白いなあと思ったら携帯電話を親指でクリックしてもらおう――というわけです。
実はこのコーナー、昨年の四月から開設しているのですが、まさかドキュメンタリー番組の最中に「携帯サイトにアクセスしてください」と紹介するわけにもいかず、自発的にアクセスしていただいた方を頼りにするほかありませんでした。ですから、正直、そんなに多くの反応を期待してはいなかったのですが、回を追うごとに参加者が増えて、現在では千を越える投票をいただくようになりました。いつも参加していただく皆さん、ありがとうございます。
番組がエンディングを迎える頃にクリックが増えることが多いのですが、緊張の中、待ちに待った結果が出るような場面――棋士・佐藤康光さんが勝利をおさめた瞬間や、猟師・村公一さんが釣り上げた魚をすし職人・小野二郎さんに認めてもらった瞬間など――には、さすがに皆さんからたくさんの投票をいただきました。そんな時には、きちんと番組を味わいながら見ていただいている皆さんの様子が感じられて嬉しくなります。
投票の結果は、毎週日曜日に配信しているメールマガジン『情熱大陸タイムズ』の中で報告しているので、ぜひ皆さんも参加してみてくださいね。
もっとも、番組の中に「おもしろい」と感じる場面を作ることができるかどうかが一番肝心なところなんですけどね。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 02月 15日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年2月 8日 (金)
ディレクターからのメッセージ
イヤ、見ちゃダメ。
反射的にそう言いたくなってしまいました。でもね、ホントは見てもらって嬉しかったんですよ、「できれば・・・」と思ってもいたし。でも、それが、何の前触れもなく覗き見られているような形になってしまって、やっぱりどこか恥ずかしかったんでしょうね。
・・・えっと、それ・・・これ、あくまでも『情熱大陸』の番組ホームページの話ですからね。
『情熱大陸』に限らず放送局が番組のホームページを開設する目的は、放送した内容やこれからの放送の予定をお伝えするためです。もうちょっと積極的に考えてホームページならではの独自コンテンツを作成する場合もありますけど、基本的に番組ホームページというのは視聴者サービスとして行うものです。
だからこそ、ちょっと意外だったのです――一般の視聴者の方からではなくって、番組を担当したディレクターからホームページに直接書き込みがあった時には。
ホームページの制作スタッフは、ディレクターに限らず番組を作ってくれている編集マンや選曲担当といったスタッフを実のところほとんど知りません。取材であちらこちらを飛び回っていたかと思うと、編集や録音となるとスタジオにこもりっきりになりますから、顔を合わせることすらなかなかないというのが実情です。おまけに『情熱大陸』では常時十チーム程度の取材が同時に進行していますから、放送によってスタッフの入れ替わりが激しいのです。制作スタッフのメンバーを正確に把握しているのはプロデューサーとデスク担当ぐらいのものかもしれません。
そんな訳ですから、普段は制作ディレクターと話す機会なんてほとんどないのですが、昨年の末、番組のホームページに書き込みをしてくれたディレクターがいたのです。
「ディレクターの者です。1年間、御苦労さまでした――」
匿名の書き込みだったので、いつの放送を担当してくれたディレクターかはわかりませんが、どうやらホームページはいつもチェックしていただいているようです。「身内で何を盛り上がってるんだ」とお叱りを受けるかもしれませんが、日ごろ、番組を一生懸命作っている人から、直接、「御苦労さま」の一言をいただけたのは嬉しい出来事でした。
「――やはり、ホームページが充実しているかしていないかで、番組に対する印象はずい
ぶん変わると思います。
今後も充実したサイトづくりをお願いします。僕の方は、良い番組をつくれるようがんばります」
そうなんですよね。
制作スタッフにせっかく良い番組を作ってもらっても、ホームページの内容いかんでは番組の印象が悪くなっちゃうこともありえるんですものね。何とか『充実したサイト』だと言ってもらえるように努力しないといけませんね。いろいろなアイデアを出し合って ――なんて思ったところで、ふと気が付いたのですが。
ホームページ・スタッフですらあまり知らないのですから、視聴者の皆さんはどんな人が番組を作っているのかまったくと言っていいほどご存じありませんよね。折に触れて制作スタッフの横顔を紹介するようなコンテンツにもチャレンジしてみてもいいかもしれませんね。
その時には、取材を受けていただけますか、書き込んでくれたディレクターさん。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 02月 08日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2008年1月11日 (金)
ふたりの情熱大陸
『情熱大陸』はひとりの人物に焦点をあてて取材するのが基本パターンですが、時々、複数の人物を対象にすることがあります。二人組で活躍するミュージシャンからお菓子職人のドリームチームまで、これまでにもたくさんの人たちを紹介してきました。
そんなときに番組に寄せられるメッセージには特有のパターンがふたつあります。
ひとつは「一方の人物にばかり時間を割いていて、もう一方の人物がかわいそう」という『判官びいき』タイプ。いま一方は「普段、脚光を浴びることの多い人物だけでなく、そのパートナーにも迫っていて良かった」という『通好み』タイプ。
たとえば、昨年、12月9日に放送された『漫才師・チュートリアル篇』ではこんな感じでメッセージが寄せられました。
「正直、がっかりです。今回は『徳井義美』ではなく、『チュートリアル』のはずですよね?このような放送をするならカメラ1台でよかったのではないでしょうか。」
「一番印象に残ったのはラストカット。相方の良さを表現するのに、最高の演出だったと思います。脇役が視聴者から愛されるつくり・・・とても大切ですね。」
「チュートリアルの芯に触れるようなかんじで良かったです。ですが福田サンをもっと生かした取り上げ方をしてほしかったと思います。」
「福田さんのシーンが徳井さんより少なかったけど、その事に対して全然嫉妬してない福田さんの優しさに胸が熱くなりました。」
(いずれも携帯サイトへの書き込みから)
叱られながらも、褒められる――何だか子供のしつけのようですが、いつも、こんな感じなのです。批判の嵐だけが吹き荒れることもありませんし、賞賛の拍手だけが聞こえてくるということもありません。
言うまでもなく、それぞれの『出番』をどう割りふる分けるかは、ディレクターが最も頭を悩ますことのひとつでしょう。取材しながら考えて、考えながら編集して、放送の後でさえ「本当にあれでよかったのか?」と不安が残ります。それは、たとえ、それぞれに半分ずつの時間を割く演出をしたとしても同じでしょう。
そんなディレクターにとっては、皆さんからのコメントの分かれ方―『判官びいき』と『通好み』のバランス―が、自分の演出への指標のひとつになるかもしれません。また、短い時間しか紹介できなかった人物についても視聴者の皆さんに何かが伝わったんだなあ、と感じることができれば、きっと嬉しいだろうと思います。
あるブログにはこんな感想がありました。
「自分の立場を分かっているって言うのはすごく好感を持てました。売れてしまうと傲慢になるひとが多い中、福田充徳という男は売れる前と同じ生活を続けているようです。ゲームとか漫画に熱中したり、夜は一人で酒を飲んだり。現在僕と同年代の32歳。独身で自由に生きている彼に嫉妬を覚えました。そんな福田がとても羨ましかった情熱大陸でした。」
(ブログ『カブシキ!』のエントリー『情熱大陸。チュートリアルでした。』より)
今後も『情熱大陸』でふたり(あるいはそれ以上)の人物を取り上げたときには、どんどんご意見をお寄せください。褒めて叱って、叱って褒めて。漫才じゃないですけど、作り手が「どっちやねん!」って悲鳴を上げるぐらいのいろいろなご意見をお待ちしています。
と、ここまで書いて気が付いたのですが。
徳井くんのこと、あまり書けませんでしたね。徳井くんのファンの方、ごめんなさい。
MP3ファイルをダウンロード
2008年 01月 11日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年12月14日 (金)
シンデレラたちの延長戦
『役者・小栗旬篇』は情熱大陸が始まって以来初めて二週連続の放送になりました。番組ではそれを『延長戦』と呼んだのですが、この延長戦に誰よりもアツくお付き合いいただいたのは他でもない小栗旬さんと同世代の女性の皆さんだったようです。
放送のあった日の深夜には彼女たちからのメッセージが番組の携帯サイトにたくさん届きました。シンデレラのタイムリミットを越えてもなお、一生懸命に感想を打ち込んでくれた皆さん、ありがとうございました。今日はそんな中から幾つかのメッセージを紹介したいと思います。
まずは第一週の感想の中から。
「私自身、年も近くて、大好きな職にも就けて有意義なはずなのに、正直忙しさにおわれて苛々が募り、大好きだった仕事を嫌いになりそうになっていた今、この番組で旬さんの姿、仕事に対する姿勢、この状況でも「頑張ろ」と言った一言を聞いて、負けてられないなって思いました。今の自分に刺激になりました。来週も楽しみにしています。」(2007/11/12 01:01)
「二十歳の自分は介護の仕事に就いてまだ半年ですが、高校入学したけどすぐ辞めて、それからは仕事しかしてないので、何か『仕事』について考えさせられるものがありました。芸能の世界はわかりませんが、どんな仕事も大変なんです!いろんな仕事がある中でも、私は、人の為になる仕事を一生していこうと、今日の情熱大陸をみて、改めて決めました。とりあえず、次の情熱大陸も必ず見ます。」(11/12 01:24)
そして、第二週。
「あたしも23歳なので同世代なんだけど、今回の小栗さんを見て悪印象は全くありませんでした。毎日あんなに忙しくて、でもあんなに一つ②の仕事に一生懸命な小栗さんに感動してしまいました。自分も怖さの分強くなれるかなぁなんて思ってみたり、明日からの毎日をより一層頑張れそうな気になりました。また、来週からも楽しみに一週間を過ごしたいと思います☆」(11/19 00:06)
「初め、小栗旬という人物をフレッシュでアイドル的若手俳優という一つの枠のなかの一人だとみていた。だけど、この番組をみて、ちょっとというよりかなり違った感じがした。好きになった俳優はたくさんいたけど、今まではどこかで会えたらいいかなと思っていたのに、小栗旬だけは劇場で会いたいと思った。番組中にも彼が言ってたけど、本当にいい意味で裏切られた感じだった。」(11/19 00:19)
(引用部分にはそれぞれ省略あり)
テレビの前に陣取ったシンデレラたちの心を捉えてしまう小栗クンもすごいのですが、彼に負けないぐらい若くてエネルギッシュな女性がこんなにたくさんいることも素晴らしいことです。そんなニッポンのシンデレラたちを二週続けてテレビの前に釘付けに出来たのですから、番組スタッフの苦労もすこしは報われるというものでしょう。
シンデレラの皆さん、情熱大陸は今週も来週も皆さんのメッセージを受け付けています。もちろん、12時を越えても『延長戦』でお待ちしていますからね。
おっと、そうそう。
パートナーをテレビに取られて手持ち無沙汰の王子様の皆さんからのメッセージも同じようにお待ちしていますので、あしからず。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 12月 14日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年11月16日 (金)
『情熱大陸』コミュニティ管理人・佐藤永一さん(後編)
先週に引き続いて、今週はmixi(ミクシー)『情熱大陸』コミュニティ管理人・佐藤永一さんへのインタビューの続編です。
毎週、『トピック』と呼ばれる話題のきっかけとなる記事を書き込んだり、行き過ぎた発言がないかチェックしたり――。参加者の数が二万五千人を超えるコミュニティともなると管理人の負担もきっと大きなはず。「さぞや大変でしょう?」と尋ねると意外な答えが返ってきました。
「時には人物や演出について強い批判もあります。でも、それは自分の意見をはっきりと言っているだけでマナー自体はすごくいいんです。他のコミュニティでしばしば問題になる違法な映像の貼り付けや録画物の受け渡しなんかも皆無ですねぇ。特に強くルールを徹底するようなことはしていないんですけど、皆さんほんとに自制が利いていて。」
会話の中身はどんな感じなんですか、という質問には、
「番組に登場した人への感想がほとんどです。同じ意見も違う意見もいっぱいあって、いい意味で無責任なところがオフィシャルな番組ホームページにはない良いところでしょうね。同じ意見の人が居れば嬉しいし、違う意見の人が居れば発見がある。むしろ賛否両論についてそれぞれ楽しんでいるようなところがあって、そうやって会話をいろんな人と共有するのが楽しいんです。」とのこと。
これらのインタビューの中で佐藤さんが何度も「共通の感覚を」とか「みんなとシェアすることで」といった言葉を使うのは印象的でした。コミュニティの参加者同士がひとつの番組や、一人の人物を通じて何かを『共有』して交流を深めていくこと――それが実感できた時には管理人冥利に尽きる。そう言って、次のようなエピソードを話してくれました。
「いろいろなコミュニティが横にどんどんつながっていく感じ。例えばタテタカコさんの回では、タテさんのプロフィールが知りたい人はタテさんのコミュニティを訪れるし、タテさんのファンはどんな番組だったのかを逆に見に来てくれたんです。そうやって情熱大陸のコミュニティを通じて、違うカテゴリーのコアなファン同士が会話をしてくれて、人の輪がどんどん大きくなっていく感じが嬉しかったんです」
毎週、放送が終わった後に、インターネット・コミュニティの中では、どうやらもうひとつの番組(のようなもの)が生まれているといった感じすらあります。もちろん放送がなければ感想の書き込みもないのですから、テレビとコミュニティはちょうど双子の兄弟のような関係になるのでしょうか。
インタビューの最後に、佐藤さんは今後、番組に望むこととして次のように語ってくださいました。
「番組の中で登場人物の日常や素顔に触れた時に『自分たちとあんまり変わらないんだな』って部分を見つけるとホッとします。僕たち視聴者にとってはまだまだテレビ番組って手の届かないところで作っているイメージなので、番組で紹介する人たちや、それを作っている人たちがもっと身近に感じられるようなコンテンツがホームページにあったら嬉しいです。こうやって実際に話ができる場を設けてもらうのもすごくイイです。『共通するもの』を見つけることが一番嬉しいですから。ホントに今日はありがとうございました」
いえいえ、こちらこそ本当にいい勉強になりました。これからも仲の良い双子の兄弟でいられるようお互いがんばりましょう。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 11月 16日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年11月 9日 (金)
『情熱大陸』コミュニティ管理人・佐藤永一さん(前編)
mixi(ミクシー)『情熱大陸』コミュニティ管理人・佐藤永一、二十八歳――。
今年の七月にお伝えしたソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の情熱大陸コミュニティを覚えてらっしゃいますか。あの時は二万人とお伝えした参加
者の数も、ここ数ヶ月の間にまた一段と増えていまや二万五千人。今回、私たちがインタビューしたのはそんな人気コミュニティを取り仕切る管理人――佐藤永
一さんでした。
IT企業の経営者という顔を持つ佐藤さんはこの日もたいへん忙しい様子で、約束の時刻に少し遅れてやってこられました。けれど、そんな時にも「ちょっと遅れそうなんです。すいません」ときっちりお詫びの連絡をいただいて・・・その辺、お若いといえども礼儀はしっかりわきまえられています。
手身近に挨拶を済ませて、さっそく食事をしながらお話を伺うことになったのですが、その間も、会話を途切れさせることなく地下街を移動しながらそつなく手ごろなお店を探すあたりは、人付き合いはお手のものといった感じでコミュニティを上手に運営するスキルの一端を垣間見たような気がしました。
お店に入り席に着いてビールで軽くのどを潤した後に、「『情熱大陸』コミュニティって、いったい、毎回、どんな感じで書き込みがあるんですか?」って聞いてみました。すると、一番書き込みが多いのは、まあだいたい番組終了直後から次の日の朝、午前中にかけてなんだそうです。何でもあまりテレビで紹介されたことがないような人が登場したときのほうが、むしろ書き込みは多いんだそうです。
「今までよく知らなかった人物のほうが、どういう人なんだろうっていう好奇心もそそられるし、魅力的な人を発見した嬉しさもありますよねぇ。こんなこと言っちゃ何ですけど、元々、期待するものがない分、余計、話に花が咲くんじゃないでしょうか」
そんな風に佐藤さんはおっしゃってました。
そう言えば―。
今をときめくタレントさんやスポーツ選手が番組に登場することがありますよね。とすると必ず、「人知れず努力してるような人にスポットライトを当てないで、なんで、そんな売れてるやつばっかり取り上げるんだ。」なんてお叱りの、お叱りなんて言っちゃいけませんけど、そういうメールを番組宛てにいただくことがままあるんです。これなんかは、知られていない人ほどコミュニティへの書き込みが多いっていうのと、どこか似た気持ち、メンタリティなのかも知れないですね。
その佐藤さんが情熱大陸にハマるきっかけとなったのはファンだった坂本龍一さんが登場した2000年12月の放送。「それからあと、21世紀になってからは全部見ています」「仕事の関係もあってmixiには早くから参加していましたから、コミュニティの開設も2004年7月とmixiの中でも早いほうですよ」とのこと。
以来、毎週、毎週、『トピック』と呼ばれる話題のきっかけとなる記事を書き込んだり、行き過ぎた発言がないかチェックしたり――。これだけ大きなコミュニティともなると管理人の負担もきっと大きいはずなのですが、それ以上に嬉しいのはコミュニティの参加者同士がひとつの番組や、一人の人物を通じて何かを共有して交流を深めていくこと――と、佐藤さんはおっしゃいます。
次週は、そのあたり―管理人としての喜び、楽しさについてのお話をご紹介します。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 11月 09日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年10月12日 (金)
遊び場、いま、むかし
『情熱大陸』のホームページにトラックバックをいただくブログの記事は、おおむね番組で紹介した人物の魅力について好意的に書かれていることが多いのですが、中には番組の背景に見え隠れする世の中の動きや時代の流れなどをうまく読み取って、ちょっとした時代批評の文章としてブログに載せていただいている、なんてことがあります。意外といっては失礼なのですけれど、本当によく書けているものも多いのです。今日はそんな記事を一本ご紹介します。
9月16日の『ランドスケープ・デザイナー・団塚栄喜(だんづかえいき)』篇に対してトラックバックを送ってくださった方がいました。番組を見て団塚さんの仕事ぶりに感銘を受ける一方で、現代の私たちの季節や自然との付き合い方に疑問を感じた、とのこと。
マンションに季節の移り変わりを感じさせる空間を作る団塚さんの試みについて、
「ほんの少し昔は、田舎の自然の中で、田に水を引く小川やポンプ小屋、杭や藁が積んであった長屋があった。こんな所も遊び場にして遊んだ記憶のある人もいるでしょう」
という風に共感を寄せた上で、
「少し怖い思いもしながら、自分が体感したから、『ここまでは平気』『これ以上は危ない』と、身を持って知り、友達との遊びの中で、心の伝え方も、楽しいという表現も養い、自然が、雨の恵み・風の涼しさ・土の温かさ・雪の明るさ・植物の逞しさを、四季を通じて教えてくれていた。」
と、『遊び場』の持つ効用も上手に書き表してくださっています。
けれど、この記事に感心させられるのは、単に団塚さんの作品を褒めることばかりに終始しているのではないところです。身の回りのゲンジツにふと目をやって、団塚さんの創り出した現代の『遊び場』の風景と、昔はニッポンのあちこちに見られた懐かしい『遊び場』の風景の違いを、次のようにズバリと指摘しているんです。
「しかし(季節の移り変わりは)本来は自分で感じ取るもの。だから、与えてあげなければいけない環境である事がおかしいのかもしれない。」
「沢山の仕掛けで四季を知り、遊びを考える『場』を持つ事は考えられていい。問題なのは、そこに住む人、使う人が、それにどっぷり依存してしまう事か、と考えてしまうのです。」
番組のスタッフは取材している人物の魅力を伝えようと一生懸命ですから、時にテレビはストーリーを都合のよいように美化してしまいがちです。その結果、現実に潜む『落とし穴』に気づかないままに番組は終わる、という可能性だってあります。そんな時に、今回ご紹介したような番組批評があるのはとてもありがたいことです。醒めた現実を突きつけるだけの意地悪な批評ではなくって、「こんなところには気をつけましょうね」という暖かいコメントが嬉しいなあと思うのです。
番組では「自分がデザインした空間を実際に楽しんでくれる様子をこっそりと確認するのが嬉しい」と語っていた団塚さん。案外、今回のトラックバックの記事もしっかりと読んでいらっしゃるかもしれません。そして、あの『遊び場』が実際に出来上がる時には、ブログにあった意見も、新しいアイデアとして加わっていたりする・・・なんてストーリーはちょっと都合がよすぎるでしょうか。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
風の行方: 面白い仕事をする人 「団塚 栄喜」さん
▼過去の放送
情熱大陸:団塚栄喜(ランドスケープ・デザイナー)
2007年 10月 12日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年9月14日 (金)
たいちゃんのこと
『情熱大陸』で一匹の犬が紹介される、なんてことはありえませんけれど、番組に登場する魅力的な人物と同じように、元気があって情熱的で、時にアグレッシブすぎてやんちゃな一面を持ったワンちゃんなら、あなたの近くにもきっといるんじゃありませんか。
今回、トラックバックをいただいたのはそんなワンちゃんから。
もちろん、実際には犬がパソコンを操作してブログを書くなんて無理ですから、飼い主の方が愛犬についての記事をブログに書いて番組ホームページにトラックバックをいただいたというのが正しいのですが、今日の主役はその愛犬、柴犬のたいちゃんこと『大陸』クンということにさせてもらいましょう。
そう、彼の名前は『大陸』というんです。
記事には『テレビ番組にちなんで名づけた』とまでは書かれていませんけれど、わざわざ番組のホームページにトラックバックしてくださったうえに、記事の中にも『情熱大陸』という文字は登場しますから、少なくとも番組には何かシンパシーを感じてくださっているようにお見受けします。
ところが、このたいちゃん、小さな頃からとても手のかかるワンちゃんだったようで、好き嫌いはあるし、トイレのしつけも大変、子供相手にもケンカを吹っかける・・・記事を読む限りこれは相当のやんちゃ振りです。時に異色と呼ばれるような人たちをわずか三十分のドキュメンタリー番組に仕上げるのに四苦八苦する『情熱大陸』も『手のかかる子供のような番組』と言えなくもありませんから、意外とたいちゃんと情熱大陸は似ているところがあったのかもしれません。
そんなたいちゃんですが、残念なことにこの8月23日に亡くなったんだそうです。今年の夏は本当に暑かったですから、そのあたりも彼の寿命を短くしてしまった一因になったのかもしれません。
ブログの記事はその弔いの記事でした。そこには、生まれつき後ろ足に障害をもって生まれてきたたいちゃんが、飼い主の家族やその周囲の人たちに温かく見守られながら、徐々にお行儀もよくなり、明るく楽しく暮らしていた様子がとてもいきいきと書かれています。
情熱大陸をご覧になった皆さんからは「番組を見てこの人物を知って元気をもらいました」なんてご意見をよくいただくのですが、今回のブログにあったこの記事は「たいちゃんに負けないようにしっかり生きなくっちゃな」と思わせるようなお話で、悲しいけれどもどこか気持ちが温まって元気がでるようなエピソードでもありました。長い時間を一緒に過ごしてきたたいちゃんを失ったご家族の皆さんには少し申し訳ない書き方かもしれませんが、たいちゃんのエピソードをお寄せいただいてありがとうございました。
ところでこのたいちゃんですが、ひょっとすると情熱大陸の放送でもちらりと紹介したかもしれません。というのも、梅佳代さんの写真集『うめめ』の中に、たいちゃんがモデルになっている写真が一枚あるそうなんです。ガードレールのかたわらで腰をかがめて、若干遠慮がちな表情で用を足すその格好は、お世辞にもお行儀のいいモデルさんとはいえないのですが、在りし日のたいちゃんを一目ご覧になりたい方はこの写真集を手にとってみてください。でもまあ・・・当のたいちゃんにしてみれば、あんまりじろじろ見られたくないかもしれませんが。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
P-nuts・ぴーなっつ:大陸(たいりく)
▼オススメ
2007年 09月 14日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年8月31日 (金)
ベテランは多くを語らず
その老夫婦は屋外のライブ会場で腰を落ち着ける場所を探していらっしゃいました。小さな折りたたみ椅子とレジャーシートを携えて寄り添って歩く様は、こういったイベントに馴れたご様子でした。
ホームページで『情熱大陸スペシャルライブ』の現地レポートをしようと大阪・万博記念公園のライブ会場に足を運んだときのことです。真夏の日射しが肌を焦がす会場で見かけたそのご夫婦の様子は、どこか涼しげでユーモラスな雰囲気がありました。
お二人が場所を定めて腰を下ろしたころあいを見計らって「お話を伺っても良いですか?」と問うと、にっこりと笑いながらも
「いま着いたところでまだ何にも聴いてませんねん。また、あとでお願いできますか」
との返事。たしかに、着いたばかりの聴衆に感想を聞くのもおかしな話なので、「じゃあ、もう少しプログラムが進んだところで改めて」と挨拶をしてその場を離れました。
一万人以上の観客を集めるイベントはインタビューの相手には事欠きません。音楽に合わせて元気に踊る人。のんびりと時間を過ごす家族連れ。もちろん、葉加瀬太郎さんたちのクオリティの高い演奏にじっくりと聴き入る人。皆それぞれにライブを楽しんでくださっているようで、取材をする側まで楽しくなります。
そうやって何組かの人にお話を伺い、演奏も熱を帯び始めた頃、会場を一巡してまたあのご夫婦の陣取っていた位置付近を通りかかりました。
そろそろ、いいんじゃないか。
そう思って再びインタビューを試みるべくお二人の姿を探すと――いました。
いや、いるにはいたのですが、なんとお二人とも寝ています。お母さんは椅子に腰掛けながら舟を漕ぎ、お父さんはシートの上にごろりと身を横たえて腕枕。なだらかな傾斜の木陰で、騒々しい周囲をまるで意に介さず、会場に流れる音楽を体全体で浴びるかのようにして、お二人はすやすやと午睡の楽しみに浸ってらっしゃいます。
せっかくお休みのところを邪魔してはいけないので、仕方なく、他の場所で取材を続けます。しばらくして少し離れたところから彼らのほうを伺うと、いつの間にか手拍子と笑顔でステージの演奏に応えながらほんとうに楽しそうに音楽に聴き入っています。「これなら、いいコメントが取れるかも」そう思っていたのですが・・・。
結局、このお二人にはインタビューをする機会を与えてもらえませんでした。最後の曲が終わって駆けつけたときにはお二人の姿はすでにそこにはなかったからです。
でも。
実際にお二人から言葉を引き出すことはできませんでしたが、彼らはとても魅力的でした。あれだけの人ごみの中、終始マイペースでご夫婦そろって音楽と時間を楽しんで、サッと引き上げる。一見あっさりとしているようでも実は贅沢なライブの楽しみ方を身をもって示してくれたのです。そう思えば、彼らは意外とおしゃべりなインタビュイーだったのかもしれません。
いつもはホームページを通じて皆さんとコミュニケーションしている私たちですが、年に一度はこのライブ会場で、皆さんと直接触れ合う機会を持っていきたいなと思いました。
そして、あのご夫婦にまたお会いすることがあれば、次回は何とかお話を伺ってみたいと思っています。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 08月 31日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年8月10日 (金)
メールをめぐる冒険
最近、情熱大陸ホームページの管理人はメールにハマっています。
ホームページには番組に対する感想やリクエスト、お叱り、お問合せなど、たくさんの電子メールをいただきます。このメールにお返事を書くことにハマっているんです。
「1年前の放送でかかっていたBGMは?」
「インタビューのときに誰々さんが身につけていた眼鏡のブランドは?」
まるでマニアックなクイズショーのようなこんな質問が毎週いくつかやってきます。
いただいたメールにはすべて目を通してはいたものの、正直に言えば、以前はそういう問合せを少し疎ましくも思っていたのです。「そんなのさすがに判らないよ」とか「自分で調べてくれればいいのに」とかいう風に―。
本当にごめんなさい。
それを改めて、きちんとリアクションを返そうと考えるようになったのは、やはり一通のメールがきっかけでした。
「この一通のメールから、なにか少しでも変われたら私はとてもうれしいです」
以前、番組にいただいたご要望に添えられていた一節です。残念ながらその方のご要望にはお応えできなかったのですが、せっかく期待してくれた気持ちに失礼のないようにと返信メールを書きました。
すると、驚いたことに「ありがとうございました」というメールが返ってきました。「できません。ごめんなさい」とお伝えしたにもかかわらず『お礼』が届いたことに一番ビックリしました。
ひょっとすると「できません」「ごめんなさい」「わかりません」とお伝えすることは失礼にはあたらないのかもしれない―。そう考えて、それ以来、出来る範囲でメールにもお返事を書いてみることにしたのです。
電子メールは基本的に一対一のメディアで、いわばテレビとは対極にあるメディアです。そういう意味では番組のホームページにとってはまだまだ『未知の世界』です。その知らない世界でたまたま出遭った人と少しずつ会話をしながら旅を続けているような感じで、毎日ほんの1、2通、コツコツとメールをお返ししています。
もちろん、いただいたすべてのご要望に応えられるわけでもなく、すべての問合せにきっちりとお答えできる充分な時間もありません。むしろお答えできない質問の方が多いです。メールでお返事ができていない方にはたいへん申し訳ありません。
そんなに細かいことまで何もかも知ってるわけではありませんから、知らないとき、判らないときは無理をして調べようとはせず、素直に「ごめんなさい」と言うようにしています。逆に、ほんの少し調べれば判ることや、偶然にも知っていることについては責任の持てる範囲でお答えしています。
この対応の仕方がはたして一番の方法なのかどうかは判りません。きっと、もっと良い方法があるんだろうとも思いますし、もっと上手にコミュニケーションできる方法もあるだろうと思います。でも、その方法もまた皆さんとメールのやり取りをする中で見つけていきたいなあと思っています。
何分、電波を使っての大雑把なコミュニケーションにしか慣れていない身ですので「もっともっと丁寧に対応するのが世の中ではアタリマエですよ」なんてこともあるかもしれません。そのときはまた、メールでこっそり優しく教えていただければ幸いです。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 08月 10日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年7月13日 (金)
情熱大陸コミュニティから
『ミクシー』『グリー』『マイスペース』に『セカンドライフ』――。
インターネットでは今、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)と呼ばれるコミュニティ・サービスが花盛りです。ネットの上で趣味を同じく
する人同士が知り合い、意見を交換するための同好会のようなスペースとでもいえばいいのでしょうか。もちろん『情熱大陸』に関するコミュニティもあちこち
のSNSの中に開設されているようです。
そんな中、先日、あるSNSの『情熱大陸』コミュニティの管理者の方からメールをいただきました。このコミュニティへの参加者はなんと2万人以上。ここで「最近の放送でどれが面白かったか」という投票をやってみた結果をお知らせしてくださったのです。
こんな企画は番組のホームページではまず無理です。もちろん番組は人間が作るものですから、スタッフが「うまく出来たな」と満足する日もあるでしょうし、「至らないところがあったな」と反省する日もあるはずです。いずれの放送も均一のクオリティで濃淡がない、というのも不自然な話です。しかし、だからといって毎回の放送にランクをつけてしまったりすると、せっかく取材を受けていただいた皆さんにまで順位付けをしているようで申し訳ありませんからね。番組サイドからホームページ上で投票を呼びかけるなんてことはまずないでしょう。
でも、視聴者の皆さんがあれやこれやと議論したい気持ちはすごくよく判るのです。「あの時のほうが面白かったよ」「その人のことはよく覚えてるなあ」そんな会話をすること自体が楽しいんですよね。
自分と同じ意見の人はどれほどいるのか、他人はどんな感想を持ったのか。そんな情報を持ち寄って交換しあう楽しみは、実は、お茶の間や教室から井戸端会議に至るまで、おそらくは世の中にテレビが登場したその日から、いたるところで繰り返されてきた「テレビの楽しみ方の基本」。それが時間と場所を越える楽しみにまで進化したのが、コミュニティ・サービスとも言えるかもしれませんね。
気になる投票結果のほうは皆さんご自分で確認していただきたいのですが(だって、ここでは言いにくいですから)、意外と票が割れて特定の人に人気が集中することはなかったようです。
『情熱大陸』は毎週さまざまな人が登場する番組であると同時に、テレビを見ている人たちの価値観もまた同じようにさまざまで、どんなジャンルの人であってもそれぞれ支持する人が存在しているのはとても面白い結果でした。貴重な投票結果をご連絡いただきありがとうございました。
いろんな人が『情熱大陸』に登場して、いろんな人が『情熱大陸』を見ている。そう考えると『情熱大陸』というのは、いちテレビ番組のタイトルではなくって、いま私たちが生きているこの社会そのものの呼び方のようにも聞こえますね。
さきほどの『どの放送が面白かったか』投票ですが、今後も2ヶ月に一度のペースで行われるようです。このコミュニティに入ってらっしゃる方は一度参加してみてはいかがですか。
できれば、『情熱大陸』の中で誰が一番なのかを決めるためにではなくって、自分はどんな人が好きで、みんなはどんな人がどんな風に好きなのかを考えながら、自分もまた同じ大陸の上に暮らしていることを確認するために――ね。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したSNSサービス内のコミュニティ
mixi:『情熱大陸』コミュニティ
※ご覧いただくにはコミュニティへの会員登録が必要です(招待制)
2007年 07月 13日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年6月15日 (金)
ジューン・ブライドに捧ぐ
グラビア・アイドルから大リーグに挑戦するプロ野球選手まで、『情熱大陸』にはいろいろな職業の方が登場します。中には紛争解決請負人やマタギといった、
私たちの生活では普段なかなかお目にかからないような職業の方もいらっしゃいます。皆さんからのメッセージを読む限りでは、こういった珍しい職業の方を紹
介したときにはお褒めの言葉をいただくことが多いようです。
番組ホームページからリンクを張っている『夢×挑戦ブログ』は『情熱大陸』に登場する人たちと同じように、夢に挑戦している方たちのブログを集めてみんなで応援するサイトなのですが、このサイトに参加しているブログの中にもちょっと珍しいお仕事をされている方を見つけました。
結婚披露宴の音響担当。
効果的なBGMなどで晴れやかな結婚式に彩りを添える、楽しそうではあるけれども責任重大なお仕事です。
選曲上の注意点からオススメのBGM、はては結婚披露宴の最新事情まで。彼女のブログには『知ってるようで知らない結婚式の基礎知識』が満載で、軽妙なタッチながらも仕事への愛情が込められた文章を読んでいると飽きることがありません。披露宴の演出についてフムフムと読み進んでいるうちに、彼女の仕事に対する思い入れの強さについつい引き込まれてしまいます。自分の知らない世界で情熱を持って活躍している人に興味をもって、ついついその魅力に引き込まれてしまう――このパターンは、『情熱大陸』で聞きなれない職業の方たちが登場したときに似ているのかも知れませんね。もっとも披露宴に一番『情熱』を燃やしているのは、やはり、新郎新婦のお二人ということになるんでしょうけれど。
結婚披露パーティにはいろいろな人が集まります。これからの人生を自分たちの手で切り拓いていこうという『情熱』に燃える主役の二人はもちろんのこと、家庭や職場あるいは学校などいろいろな場所でこれまで彼らと一緒に人生を歩んできて、これからの彼らの『情熱』を暖かく見守っていこうとする人たち、そして、パーティを盛り上げるためにプロ意識という『情熱』を燃やして精一杯の努力をしてくれる会場のスタッフ。三者三様ではあるもののそこに参加した人たちそれぞれが、胸に暖かい気持ちを持って臨むような機会は、普段の暮らしの中にはそうそうあるものではありません。
ん?
いや、待ってくださいよ。
主役の『情熱』に中てられて、観ている人やスタッフまで暖かい気持ちになってしまう――それって、どこかで、聞いたような話じゃありませんか。
そう、日曜のよるに30分。皆さん良くご存知のテレビ番組とどこか似ていますよね。
結婚を予定されている皆さん、あるいは「いつかは結婚かなあ」と恋愛中の皆さん、はたまた「理想の相手が早く現れないかなあ」と夢見ている皆さん。どうやら、結婚もまたひとつの『情熱大陸』といえそうです。費用やスケジュールなど目の前のゲンジツに悩む日々が続いたら、あのテーマ曲を心の中に思い浮かべてみてくださいね。披露宴でBGMに使ってみるのも楽しいかもしれませんよ。
もちろん、音楽を鳴らすタイミングは、プロ意識あふれる会場の音響スタッフの皆さんにご相談することをお忘れなく。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したブログ
結婚披露宴PAの憂鬱
2007年 06月 15日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年5月25日 (金)
明日へのパスポート
情熱大陸『ヘア&メーキャップ・アーティスト・田中宥久子篇』をご覧になった後に、さっそく田中流『造顔マッサージ』を試してみたり、本
屋さんの店先でその著作を手にとってみた、なんて女性は少なくなかったんじゃないでしょうか。あるいは最近なら『情熱大陸、マッサージ』なんてキーワード
でネットを検索してみて、初めて番組のホームページを訪れていただいた方もいるかもしれませんね。
このポッドキャストをお聞きになっている女性の皆さんはいかがですか。
さて、その『田中宥久子篇』にトラックバックをいただいたたくさんの女性ブロガーの皆さんの中にも、放送を見終わってからマッサージを始めた方がいらっしゃいました。
さっそくその効果があったのでしょうか、マッサージを始めて十日足らずで「自分でも顔の下半分が細くなったと思った」と喜び、田中さんの哲学にも共感を寄せる様子が彼女のブログには書かれています。
ところで、この彼女、実はお仕事が占い師なんだそうです。
ですから、番組の中で田中さんが語っていたこんなセリフ――
「たくさんの女性の悩みを
訴えられるし、聞いたし。
絶対、女性を
『老い』『歳をとる』ってことから
解放したいってほんとに思いますね。」
を、占い師という自分の立場から別の言葉に置き換えて、次のように書いています。
「老若男女たくさんの方の悩みを
訴えられるし、聞いたし・・・。
すべての方を、『今後の不安』や
『老けこむ程の悩み、苦しみ』などから
解放したいってほんとに思いますね。」
どうです?単純なパロディ、言葉遊びと言ってしまえばそれまでですが、これはこれで占い師のセリフとしてぴったりとくるメッセージになっているから不思議なものです。
美容と占い―。
女性にとっては気になってしようがない、この二つの人気コンテンツの間には、『今の悩みを理解した上で、将来を明るく照らしてくれるもの』という点で、どうやら意外と似通っている部分があるようです。
今日、明日といった近い将来に経験する自分の時間が、ささやかな自信で満たせること、あるいはイライラしたりくよくよしたりすることなく過ごせることへのある種パスポートのようなもの、とでも考えればいえばいいのでしょうか。
いや、昨今は男性といえども美容にも相当に気を遣う時代になってきましたから、このパスポートは何も女性に限って有効というものではないのかもしれませんけれどね。
あ、そうそう。
占いといえば、『情熱大陸』のホームページと携帯サイトにも占いのコーナーがあるのをご存知でしたか。性格診断テストによる4つの『情熱人間タイプ』別に占った一週間の運勢『情熱大陸占い』を毎週月曜日に更新しています。
明日の笑顔のために、毎日のお顔のマッサージと同様、こちらのチェックもお忘れなく。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
占い師のことわざ日記:大海の一滴
2007年 05月 25日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年5月11日 (金)
怯えのススメ
もうすぐ、春休みが終わろうかというある日のこと。薬学部に通うある女子大生の方からトラックバックを頂きました。
番組のホームページにいただくトラックバックは、その多くが終わったばかりの放送に対しての感想なのですが、今回いただいたのは半年ほど前、11月12日放送の左官・久住有生さんに対してのトラックバックでした。
「自分がこの仕事が好きで楽しんでいるっていうことを何回もおっしゃっていて…それがとてもうらやましかったんですね。」
久住さんに対する感想をこんな風に記していた彼女ですが、そのブログを読んでみた限りでは成績にも不安はないようですし、一見順調に学生生活を送っている方のようにお見受けします。いや、むしろ、優等生なんじゃないのかなと思うぐらい。
そんな彼女が久住さんのことを「うらやましい」と感じたのは、果たして自分も久住さんと同じように好きなことやりたいことに思いっきりチャレンジしてるんだろうかと考えてみた時に不安を感じた、ということのようです。
「逃げ道を作らずに何かに真っ正面から向かうのが怖くて。失敗したら、自分が向いてなかったらっていうことを考えて挑戦することが出来ないんです。」
自分のやりたいことはハッキリしているのに、それ相応の努力もして幾らかの自信だってあるはずなのに弱気の虫が頭をもたげてしまう。ともすれば失敗の言い訳のきく安易な選択肢を選んでしまったり―。自分の中にある希望に対して自分自身で怯えてしまうような、そんな弱さを彼女は以前から気に病んでいたようです。
でも――皆さんも、ありませんか、そんな風に考えたこと。
情熱大陸に登場する人たちだって、みんながみんな闇雲に自分の可能性を信じて突っ走っていって成功ばかりを重ねた人じゃないはずです。むしろ、人もうらやむ成功を収めた後に大きな試練にぶつかって、不安の中でより高いレベルに挑戦する、そんな姿勢の持ち主のほうが多いんじゃないでしょうか。そしてまたそういう人たちだからこそ、たとえ一敗地にまみれたとしても輝いて見えるでしょうしね。
一年ほど前の放送で、リリー・フランキーさんはこんなことを言ってました。
「凄い奴はいっぱいいますよ。そういう奴に怯えて生きていくっていうのはすごい幸せだと思う。」
だから、いいじゃないですか。
「出来なかったらどうしよう。
うまく行かなかったらどうしよう。」
それで、いいじゃないですか。
何も知らないまま安易な成功を与えられて過ごす人生よりも、不安に怯えながら成功を夢見たり失敗に涙したりして出来上がる人生のほうが、きっと味わい深いものになるんですよ。
「だけどね、このままじゃあたし絶対心からの満足ってできないと思う。テレビで見たあの左官職人さんみたいな輝いた笑顔はできないと思う。まずは行動を起こそう。そこからだよね。将来は自分で切り開くものだもん」
そんな言葉でブログを締めくくった彼女の将来が、どうか笑顔で輝きますように。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
至福のとき:やりたいことをやるということ
2007年 05月 11日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年4月13日 (金)
準備中の人たちへ
情熱大陸に登場する人たちは皆さんそれぞれの世界での第一人者の方々です。テレビを見ながら「とてもじゃないが自分には真似が出来ない」と思うことは誰に
だってあります。いわんや人生経験の浅い、人生においてまだ何の実績も持ち合わせていない若い世代の人たちならなおのこと。
「平凡な私とは歩んできた人生がまったく違う。考え方も何もかも180度違います」
バレエダンサーの加治屋百合子さんを見て、ブログにそんな感想を書いていたのは17歳の女子高校生。
17歳にしてニューヨークの名門バレエ団、アメリカン・バレエ・シアターに入団し、いまや着実にキャリアを積みつつある加治屋さんを前にしては、高校生ならずともたいていの人は自分が「平凡」に見えてしまうところでしょうが、その文章からは自分よりもはるかに大きな存在を目の当たりにした驚きやわずかな自己嫌悪のようなものが感じられます。
十代の若者といえば、何か根拠があるわけでもないのに妙に自分に自信を持っていたり、あるいは、何の打算も持ち合わさず理想の世界へと突き進む姿を夢見ていたりする――そんな世代でもあります。
でも――。
その同じ彼らは、一方でまた、ふとした拍子に自分の能力や可能性に対してどうしようもなく不安になったり。他者と自分の成長のペースが違うことに焦りを感じたりもします。勇猛果敢と優柔不断が不思議とひとりひとりの心の中に同居している、そんな感じでしょうか。
「俺もいつかは情熱大陸に出るぞ!」
そんな感想を書いてくださる人たちもたくさんいます。番組を見て彼らの「勇猛果敢」な気持ちが呼び起こされたのでしょう。けれど、その同じ彼らだって、ある時は、大きな壁にぶち当たって「優柔不断」になってしまうこともあるんじゃないでしょうか。今回、ご紹介している彼女と同じように。
ただ面白いのは、彼女の文章からは「どうせ自分なんて」という諦めや愚痴っぽさのような卑屈な感じはまったく受けないところです。むしろ「そんな私はどうしたらいいんだろう?」と誰とはなしに問いかけ、あるいは自問自答しているような雰囲気があります。「優柔不断」な気持ちが後ろに向かうことがなく、文章にはどこか明るいムードさえ漂っています。それは何故なんでしょう。
彼女に対してこんなコメントをしている人がいました。
「17歳のいま、夢を語れるだけで充分すごいと思うけどなあ。いまから『準備』できるわけだから、大丈夫ですよ」
いまから準備すれば間に合う―若い世代だけが持ちうるその余裕が、彼女の文章に明るさを与えている素なのかもしれません。
番組の中でバレエダンサーの加治屋百合子さんはしみじみとこう洩らしました。
「いただいたチャンスをどう受け止めるか。それが一番大切」
いつやってくるか判らないビッグ・チャンスを、有り余る時間をフルに使っていつも準備に余念がない。そんなスタイルは若い世代だけに許されるものなのかもしれません。
最後に、オトナの人たちにお願いです。
実は『情熱大陸』、テレビ局がそれぞれ指定する「青少年に見てもらいたい番組」の一つでもあるんです。お近くに『ただいま準備中』の青少年がいたら是非薦めてあげてくださいね。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 04月 13日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年3月16日 (金)
静かなるメリット
二月十八日放送のプロボディボーダー・甲地由美恵(こうちゆみえ)さんの回にトラックバックをいただきました。
そのタイトルは――「聞こえないメリット」。
番組でもご紹介したとおり甲地さんは耳が不自由です。けれど、その実力は世界でもトップクラス。ありがちな『健常者顔負けの』なんて言い方は却って失礼で
しょう。でも、彼女にとって難聴は大きなハンディキャップであることには違いありません。それがメリットになるなんて、そんなことがあるのでしょうか。
「聞こえないことでむしろ集中しやすいのかも」そんな風にごく軽い気持ちで書いた感想なのかもしれない――などと想像しながらリンクを辿ります。それが『音のない世界』に住む人たちの気持ちに障るような無神経なものでないことを祈りながら。
ところが。
そのブログの書き手のプロフィールを見てびっくりしました。彼も甲地さんと同じ聴覚障害を持ちながらも世界の舞台で活躍してきたアスリートだったからです。
聴覚障害者ラグビー(通称『デフラグビー』)選手・柴谷晋(しばたにすすむ)さん。2002年に行われた第1回デフラグビー世界大会7人制の部でウェールズ、ニュージーランドを破り、準優勝した時の日本代表チームのスクラムハーフです。
柴谷さんは、「体をぶつけ合うラグビーには言葉を越えたコミュニケーションがある」「言葉に頼るのではなく、体全身で何かを感じ取る」といったデフラグビー選手の声を紹介した上で、耳の聞こえない人はこうした体を使ったコミュニケーションに長けている。これは一つの『メリット』なのではないかと書いていらっしゃいました。
『情熱大陸』の中でボディボーダーの甲地さんは「海と対話する。海は言葉を返さないので、会話ではなく対話」とおっしゃっていました。柴谷さんはさらにこの『対話』という言葉に体(からだ、たい)という字を当てて『体話』と呼ぶのが相応しいのではないかと書かれています。耳の聞こえないスポーツ選手たちは、耳からではなく体全体を使って相手や試合状況を読み取ろうとするので、体で話す『体話』のほうがしっくり来る表現なのではないかと。
確かに、体を使ったコミュニケーションならむしろ耳が聞こえない人たちの方が上手くコミュニケーションすることができるかもしれませんね。
耳が聞こえない――その健常者との『違い』はスポーツはもとより生活を送る上でも大きな困難を引き起こすでしょう。けれど、今回のトラックバックを通じて、その違いをハンディキャップとばかり捉えないで、むしろ「耳が聞こえないのは個性のひとつ」として前向きに考えていこうとする多くのアスリートの皆さんの存在を知ることが出来ました。トラックバックをいただいた柴谷さん、どうもありがとうございました。
障害だって個性の一つ――。
こんな風にポジティブな考え方が出来ること自体がスポーツ選手にとって大切な資質の一つかもしれません。何も耳が聞こえる、聞こえないだけがスポーツの出来、不出来を左右するわけではないんですから。
体格やセンスのなさを嘆いてばかりいる選手たちに比べれば、耳は聞こえずとも前向きな精神を持った皆さんの方が活躍する可能性は意外と高いんじゃないでしょうか。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
それいけ!ホチョーカーズ:聞こえないメリット
2007年 03月 16日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年2月23日 (金)
がんばって、がんばって
メールマガジン『情熱大陸タイムズ』で梅佳代さんの写真展についてお知らせしたところ、「予定を急遽変更して大阪まで行って来ました。表情緩みましたね、ありがとう。」というメールをいただきました。
この方は、その時の感想をご自身のブログにも書かれたそうですから、ひょっとするとそれを読んだ別の方がまた梅佳代さんに興味を持って今度は写真集を買ってみたり、なんてこともあるのかもしれません。
ある時はメールで、またある時はトラックバックを辿って――ホームページを通じて皆さんから色々なメッセージを受け取っていると『情熱大陸』がきっかけになって番組で紹介した人たちの評判が広がっていく様子が実感できます。
その評判は一見地味な広がり方です。だいいち、ちょっと手間がかかるのです。でも、そのぶんその評判には値打ちがあります。電車に乗って展覧会にわざわざ足を運んだり、財布と相談して商品を買ったり――受身でテレビを見ているだけではなくって、興味とか好奇心に沿って自分自身で何かちょっとだけ「がんばった」ことで得られた感想、評判ということになりますから。
『情熱大陸』がきっかけで関心を持った人について、そうやってそれなりの時間やお金を掛けて、もっと知ろう、もっと味わってみよう、もっと近づいてみよう、と「がんばって」くれた人たちが生み出す評判はとても力強いような気がします。そこには、単に「テレビに出ていたからスゴい」のではなく、「テレビを見て気になったので、実際に見て、聴いて、読んでみると、これがとても良かった」という実感のこもった誇張のない感想があるからでしょう。
梅佳代さんの写真集に限らず、宮本哲也さんの算数パズルだって、蒼井優さんの出演映画「フラガール」のDVDだって、あるいは国連職員・忍足謙朗さんのお気に入り「ワッツ・ゴーイン・オン」のCDだって――番組で紹介された人について興味が沸いて、その人のパフォーマンスや関連する作品に実際に触れてみたいと思った方もまだまだたくさんいらっしゃることでしょう。
番組のホームページでは、これからも放送が終わった後にも折に触れて番組に登場した皆さんの作品や活動をフォローしてお伝えしていきたいと考えています。
ところで、番組には時に再放送を望む声をいただきます。終わってしまった放送を「何とかもう一度!」というご要望はまことにありがたく思いますが、番組で紹介した人たちへの関心をあと一歩進めていただいて、彼らの作品や活動を実際に経験してみるという『情熱大陸』のもう一つの楽しみ方のほうも是非一度「がんばって」ご検討いただければと思います。番組ではお伝えすることが出来なかった魅力も見つかるかもしれませんから。
ちなみに、番組スタッフは、毎週のように放送に間に合うぎりぎりのところまで取材・編集を続けています。そんなスタッフの労に報いるためにも、できるだけ日曜夜の放送時刻にはテレビの前に座っていただいて、出来たてほやほや、鮮度抜群の『情熱大陸』をお楽しみくださいね。
少しでも新しい情報を番組に盛り込んで、少しでも良い番組をお届けしようと、番組スタッフのほうも「がんばって」おりますので。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 02月 23日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年2月 9日 (金)
幾つになっても情熱大陸
『情熱大陸』では携帯電話向けに二種類のメールマガジンを発行しています。ひとつは毎週日曜日にその夜の放送予定をお届けするもので登録は無料。もうひとつは月額三百円の携帯サイト『MBSモバイル』の会員向けに毎日短いコラムを配信しているもの。
いずれも放送で大々的にお伝えしているわけではないので、その読者の数は人に自慢できるほど多くはないのですが、それでもごく控えめにこっそりと読者数を
伸ばしています。最近では読者の皆さんからメールも頂くようになり、中には何度となく熱心にご意見をいただく『常連さん』も現れ始めました。
そんな『常連さん』の中にOさんという64歳の女性がいらっしゃいます。携帯電話から送られてくるメールには時にニッコリと笑った絵文字が入っていたりしてその若々しさは女子高生も顔負けです。
普段、私たちがメッセージを頂戴する方たちはどちらかといえば三十代あたりが中心なので、人生で一番脂の乗った世代の人たちが『情熱大陸』を見て、登場する人たちに自分の姿を重ね合わせながら気持ちを少しばかりアツくさせている―そんな風景ばかりを思い浮かべていました。ですからOさんの年齢をお聞きしたときには思ってもみなかった世代の方からの反響に驚きました。
けれど考えてみれば、テレビ番組の発行するメールマガジンの読者にはいろんな世代の人がいらっしゃるのは当たり前です。老若男女誰もが楽しめるもっとも簡単なメディア、それがテレビなんですから。
高校生がいても不思議じゃないし、ひょっとすると100歳のおじいちゃんやおばあちゃんがいらっしゃるかもしれない。そんなことに気付かせてくれたのがOさんでした。
「私も情熱を燃やしていた頃が懐かしいです。」
ある日いただいたメッセージの中でそんな風に語ってくれたOさん。その昔、彼女が燃やした『情熱』って一体どんなものだったんでしょう。番組を見ているうちに懐かしい風景がパッと頭の中をよぎったりするんでしょうか。胸の辺りが熱くなって気がつくとぽっぺたがほんのりと紅みを帯びてたりするんでしょうか。
でもそれって・・・
若い人たちと同じじゃないですか!
毎週、今この時代で活躍する人たちの姿を見ていると自分の中にある『情熱』が反応する―それが嬉しくって、温かくって、ちょっと切なくって。そんな心の動き方は何も血気盛んな若い世代だけのものではないんですね。
思えば高度経済成長を果たして世界的な経済大国になるまで、エネルギッシュな時代のニッポンの空気を吸って生きてこられたのが今の熟年世代の方々です。情熱的な姿勢に人一倍敏感に反応してしまうのはひょっとするとこの世代の人たちなのかもしれません。
人生の大先輩からの味わい深いお便りを、これからもたくさんいただけると嬉しいです。携帯電話やパソコンから、是非一度。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 02月 09日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2007年1月12日 (金)
まもなく一周年
『情熱大陸』がこのポッドキャスティング番組を始めて間もなく一年になります。その間、ホームページで皆さんのブログからのトラックバックを受けつけ始めたり、携帯電話向けにメールマガジンを配信したりと色々なことを試みてきました。
トラックバックを募集し始めた頃は、正直なところ、どれぐらいの数のトラックバックが集まるものかとても不安だったのですが、毎週、たくさんのブログで放送を取り上げていただき、その一つ一つの感想にとても元気づけられました。
どんな人でもテレビ番組を見ると、面白かったとか、つまんなかったとか、何らかの感想を持つでしょう。でも、それをきちんとした言葉にまとめてパソコンに打ち込むというのは実はとても難しいことですし、すごく面倒くさい作業でもあります。
そんな中、たくさんのご意見・ご感想をこうやって寄せていただけるのですから本当にありがたいことです。この一年、ホームページを通じてご意見ご感想をお伝えくださった皆さん、本当にありがとうございました。
けれどその一方で、番組ホームページにはアクセスしなくても番組の感想を熱心にお友達に話してくださった人もたくさんいらっしゃるでしょう。ホームページに寄せられる感想はそれでも番組に対する反響のほんの一部分に過ぎないんですよね。
番組に何かを伝えたいとは思っていても、たくさんの人たちはなかなか上手く伝えられないでいるんじゃないか。そんなことを考えたのは、10月の半ば、番組ホームページに次のようなメッセージが書き込まれた時でした。
コメント欄に、感想を書くことはちょっと恥ずかしくて。でも、情熱大陸を見て、なんか感想を伝えたくて・・・。だからメールフォームを作って欲しいです。
番組を見て思うことはひとそれぞれ。ふわっと自然に心に浮かんだことが、辛かった思い出だとか淡い片思いのお話だとか、そういうことだったりすると、感想を書くのが恥ずかしいってことも確かにありそうです。
そんな風に考えると、普段から『皆さんのご意見ご感想をお寄せください』と言ってはいるものの、照れ屋で引っ込み思案な皆さんからも安心してメッセージをいただくには今のホームページはまだまだ改良の余地があるかもしれません。
大きな声では言えないけれども、でもやっぱり誰かに聞いて欲しい。そんな感想の中にだって聞いてホッとするようなメッセージがきっとあるはず、いやむしろ、そんな中にこそあるはずですから。
まだまだ充分とはいえないホームページですけど、よりたくさんの皆さんが「感想を伝えやすいページだなあ」と感じてもらえるようなものにしていこうと思います。
新しい一年、皆さんと一緒に『情熱大陸』が目いっぱい楽しめますように。
今年も番組ホームページをよろしくお願いいたします。
MP3ファイルをダウンロード
2007年 01月 12日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年12月29日 (金)
ココロのお手入れ
日曜11:00。
私はお風呂から慌てて上がって、
身体にクリームを塗りながらこれを見ます。
こんな書き出しで『情熱大陸』の感想を書いていただいたのは九州のとある大学に通う女子大生の方。
その夜見た放送は左官・久住有生(くすみなおき)さんだったとのことですから、テレビを見ている人間もテレビに映っている人間も「塗る」ことに一生懸命
だったことになります。画面の向こうとこちらで、ぺたぺた、つるつる。どちらも何かを美しくするために塗っているのですから、あながち共通点がないわけで
はなさそうですけど、想像すると何だか可笑しい光景です。いや、失礼。こんなことを言うと「私のボディと壁を一緒にしないで!」って怒られちゃうかもしれ
ませんね。
日曜の夜というのは一日にとっても一週間にとっても一つが終わってまた一つが始まる『境目の時間』でもあったりします。そんな時間帯に放送をしている『情熱大陸』のことですから、視聴者の皆さんの中にはこの彼女のようにリラックスして一週間を振り返りながら、新しい一週間に備えながらテレビをご覧になってる方もたくさんいらっしゃるのでしょう。
毎週、放送をご覧いただいている皆さんは番組のことを良くご存知だとは思うのですが、放送する側の私たちには、どんな人たちがどんな風にして自分たちの作った番組を見てくださっているのか実は良くわかりません。
ただ、番組にいただく感想を読んでいると「次の日から始まる新しい一週間を元気よく過ごすために『情熱大陸』を見る」人が多いような気がします。今回トラックバックを送っていただいた彼女の記事も
日曜の夜はこれを見ないと次の日の気分があがりません。
という言葉で締めくくられていました。タフなニュースや悲しい恋の物語を伝えるのもテレビの役割ですけれど、「見終わった後に『気分が上がる』番組です」と言われると番組を作っているスタッフも喜ぶでしょう。温かいお言葉どうもありがとうございました。
でも、『情熱大陸』を見て気持ちが昂ぶるのは番組のせいだけではないと思います。
見ている人の中に「気分を上げたい」という前向きな気持ちが潜んでいるからこそ、番組を見ていると自然に元気が沸いてくるんじゃないでしょうか。
綺麗になるために毎晩お肌のお手入れをする――女性にとってそれがごく自然な気持ちであるのと同じように、ぼんやりと漠然とした意識ではあっても「前向きに生きてゆきたいなあ」と考えている皆さんにとっては『情熱大陸』は週に一度のココロのお手入れになってるのかも知れませんね。
まもなく年が明けます。来年のあなたはどんなあなたになるんでしょうか。
新しい一年にあなたの心がもっともっと元気で綺麗になりますように。
では、良いお年を。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 12月 29日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年11月24日 (金)
一日も休みなく
情熱大陸の番組ホームページには『情熱語録』というコーナーがあります。番組で紹介する方が口にした言葉の中から、印象に残ったものを抜き書きしたコーナーです。
毎週、早送りと巻き戻しを何度も繰り返してこの「語録」のセリフを起こすのですが、これが意外と悩ましいのです。長い取材の中でディレクターやカメラマン
がやっとのことで引き出した言葉なんだろうなあ。大切に扱わないとなあ。そう思うと、どの言葉もホームページに載せたくなっちゃうので。
番組に寄せられるトラックバックの中にも『情熱語録』と同じように番組の中で見つけたコトバについて書き留めたとあるブログがあります。もう何度もトラックバックを送っていただいている常連さんでもあります。
先日は、洛南高校体操部監督の辻野さんが「(冨田洋之選手には)練習を休むことってないのですか?」という問いに答えた「心臓も1日も休みないじゃないですか。」という言葉が紹介されていました。「パワーの源として必要で休まないもの」を上手に表現した素晴らしい返答でした。
番組で取り上げる方だけではなくって、その周りの方たちの言葉にもすごくいいものがたくさんあります。『情熱語録』ではそういったセリフは紹介していないだけに、皆さんのブログでそういった言葉たちが取り上げられるのを見ていると取材したスタッフたちの苦労も報われるような気がします。
けれど、私たちの生活は、その一時一時がすべて芝居がかったセリフで埋め尽くされているわけではありません。むしろ判りやすくって平凡でシンプルな言葉がほとんどです。それこそ、言葉のやりとりが休むことなんて1年365日、1日もないにも関わらずです。
それでもやっぱり、私たちは小さくて短い言葉に大きな力をもらうことがあります。
『情熱語録』はそんな「コトバのチカラ」の一つになったら嬉しいなと思って毎週更新しています。番組はテレビの前でしか楽しめませんし、ホームページはパソコンの前だけです。でも言葉は違います。いつだって心のポケットに入れて持ち運べて電気だって要りません。そう思うと超便利なコンテンツでしょ?
それにもう一つ。
コトバは人に伝えるための道具です。良い言葉、力のある言葉は人から人へと伝えることが出来ます。人と人の間をころころと転がるように少しずつ伝わっていきます。皆さんも番組の中に「いいな」と感じた言葉を見つけたら誰かに伝えてあげてみてください。
今日もどこかで『情熱大陸』のスタッフは取材を続けています。カメラが回る微かな音。息を殺すスタッフ。そんな中でぼそっと呟かれる言葉、さらりと交わされる会話。そうしていったんはテープに収まった言葉たちの中からやがて『情熱語録』は生まれます。放送と同様、毎週の更新を楽しみに。
あ、それから。
『情熱語録』は携帯電話向けメールマガジンでも毎週日曜日にお届けしています。よろしかったら登録してみてください。こちらのほうも「1日も休みなく」配信中ですので。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
いいコトバ:心臓も1日も休みないじゃないですか。
2006年 11月 24日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年11月 3日 (金)
青信号をスケッチせよ、その後
9月8日にこのポッドキャスティングでお届けしたコラム『青信号をスケッチせよ』でご紹介した方を覚えてらっしゃいますか。建築科への編入学を目指して勉強中の学生さんが『情熱大陸』を見て一念奮起して苦手なスケッチに取り組み始めたというお話でした。
そして先日、彼女から再びトラックバックが届きました。それは「合格されたら私たちにも是非ご連絡を」という言葉でコラムを締めくくった私たちへのお返事でした。
編入試験の結果ですが、無事、編入できることになりました。
それは、何より。
合格、おめでとうございました。
あのあともずっと心のどこかで試験の結果が気になっていました。それはこのポッドキャスティングを聴いていただいているリスナーの皆さんだって同じでしょうから、合格されたというニュースを聞いて嬉しく感じてる人も多いんじゃないでしょうか。
何かに情熱を持って挑戦する人を追い、時にはその挑戦の結果に一喜一憂する。普段はそんな緊張感をテレビを通じてお届けするのが番組スタッフの仕事なのですが、今回は立場がまったく逆でしたね。まるで視聴者の皆さんが『情熱大陸』の主人公になったかのような、そんな気分を感じましたから。
皆さんからいただいたメッセージに目を通して、一つまた一つと毎月小さなリアクションを返していく中から、こんな風にちょっと心が温まるような出来事が生まれて皆さんと一緒に共有できたことが、何ともいえず、嬉しかったです。
これからも皆さんと一緒になってホームページを盛り上げていければと思います。あまり力を入れすぎずに、マイペースで。
さて、そういえば。
先日、番組プロデューサーからお伝えした作家・角田光代さん書き下ろしの番組オリジナル短編小説『明日、どこかで出会う』ですが、いよいよ来週からこのポッドキャスティングにも登場します。
メールマガジンのある読者さんからは今回の企画に対して「毎日、他愛ない出逢いの数々の中で、小躍りしっぱなしだけど、それが自然に伝わる表現を期待しています。」なんてメールもいただいたのですが、角田さんから届いた最初の原稿はまさにそんな感じに仕上がっています。
角田さんの作品や皆さんから寄せられたエピソードに登場する人たちは、ともすれば『情熱大陸』の放送でご紹介する人たちと比べるとスケールはすこしばかり小さいかなと感じられるかもしれません。
けれど、身近な人であれ、物語の中の架空の人物であれ、テレビに出るような有名人であれ、彼らの気持ちの中に一種共通する温かさを感じていただけたなら、あなたの心の中にある『情熱大陸』の風景は、今よりももっと身近で思い入れのあるとてもリアルなものになっていくのではないでしょうか。
来週からの配信をお楽しみに。
MP3ファイルをダウンロード
▼ご紹介したトラックバック元
大学生の大学受験(閑話休題)|A*Girl who likes Architecture:拝啓 情熱大陸様
2006年 11月 03日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年10月20日 (金)
夢のまた夢
走って階段を上がること
――それが私の夢です。
そんな風に言えば皆さんは少し疑問に思うでしょう。「一体それのどこが夢なの。そんなのいつだってやろうと思えば出来ることじゃないか」と。
でも、世の中にはそんなささやかな夢もあるのです。
そしてまた、そのささやかな夢を見るためには別の大きな夢の実現がきっかけになったりもするのです。
ロボット工学博士・山海嘉之さんの放送に対してトラックバックを送ってくださったのは、先天性ミオパチーという難しい病気に悩まされている男性です。乳幼児早期からの筋力の低下があって、以後も筋力低下が持続する疾患で、走れない、階段を登るのが大変、重たいものを持ち上げることができないなどの症状がありますが、有効な治療法はまだ確立されていません。
これまでこの男性は自分の障害を、
「一般健常者と同じでなくてもいい。走れたり階段を走ってあがれなくてもいい。」
そうやって諦めていました。
でも、そんな彼が「もし可能性があるのなら一度試してみたい」と思ったのは、番組の中で左足に障害のある方が、山海さんが用意した特別なロボットスーツを身に着け40年ぶりに自分の足で歩くシーンを見たからだそうです。
「ロボットを作る」という山海さんの子供の頃からの夢。強くそして長く思い続けて、実現への努力を怠らなかったその夢は、今まさに実を結びつつあります。一方では、子供の頃からの「走って階段を上がる」というささやかな心からの願いを『叶わぬ夢』だと諦めていた人がいて・・・。それが今回、番組を見て「叶うかもしれない、試してみたい」という気持ちの変化が生まれたんですね。
誰かの夢が実現して、
それがまた誰かの夢を呼ぶ。
とても素敵な連鎖反応じゃありませんか。
番組の中ではロボットスーツに身を包んだ研究員の方が四つも五つも米袋を持ち上げてましたよね。でも、実際にロボット工学がその高い技術をもって実現するのは、力士のようにパワーアップされた強さではなくって、障害を持った人たちが「胸を張って堂々と歩く」というごく普通の運動―そんな姿なのかもしれませんね。ごく一般的な運動能力だってそれを『夢見る』人はいるのですから。
可能性を与えてくれる、夢のある話を観られたこと、嬉しく思いました。
男性はそうブログの記事を結んでいます。こちらこそ番組を見て元気を出していただいてありがとうございました。この記事を読めば、私たちもまた別の元気をもらえるような気がします。いつの日かこの男性と一緒に階段を駆け上がることができる日がくるといいなあ。そう思うのもまた小さな夢の一つですから。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 10月 20日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年10月 6日 (金)
男たちよ、筋を通せ
俳優・寺島進さんの放送にはいつもと少し違ったメッセージが寄せられていました。
寺島さんの姿に自分の父親の姿がダブって見える、という感想です。
例えばある男性は、寺島さんの「ビシッと一本筋の通った強面の役者」っぷりを見て、「子供の頃は自分の父親も友だちの父親もこういう感じの強面なおっさんが周りに多かった」と書いています。だから寺島さんには親近感を感じる、とも。
また、別のブログではある女性が「寺島さんは私の父親に似ている。私には厳しいガンコ親父だったけれど、自由奔放でおしゃれで派手好き。そんな父のイメージを重ねてしまう」とおっしゃっています。そしてもちろん、寺島さんのことは大好きらしいです。
でも、なんで皆さん「父親」をイメージしてしまったんでしょうね。
だって放送で取材カメラは「俳優」寺島進を追っていたはずですし、何より寺島さんは独身。「父親」じゃないにも関わらずこういった反響が幾つか寄せられたのは一体どうしてなんでしょう。
先ほどの男性のブログにはこうも書かれています。
「今、ちょい悪とか優しいパパみたいなのが良しとされているが、僕は、こういうおっさんがいなくなるのは寂しい。
番組中、男気みたいなもんを感じながら、何だか懐かしい気持ちにさせられた。」
なるほど。
寺島さんの演技や生き方から滲み出たリアリティのある存在感が、たとえ彼が実生活で父親でなかったとしても、テレビを見ていた人の記憶の中に眠っていたそれぞれの「父親像」を呼び起こしたのでしょう。
その結果、寺島さんがあたかも頑固オヤジかのような錯覚を起こさせたのに違いありません。
世の男性が女性や家族に評判のいい人気者へとなりたがる風潮の中で、ひょっとすると私たちは無意識のうちに「ビシッと一本筋を通す男性」の存在を心のどこかで求めてるのかもしれません。
ビシッと一本筋を通す―。
でもいったいどうやって?
いやいや、しかし、これはなかなか難しい課題ですよね、男性の皆さん。
一つ、ヒントを。
身近に「ビシッと一本筋の通った魅力的な男性」を見つけることが難しいとすると、映画の中でならお手本になるような男性も見つかるんじゃないですかね。
ほら、ちょっと強面のアノ役者さんが演じる役柄なんて、良いお手本だと思いますけど。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 10月 06日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年9月 8日 (金)
青信号をスケッチせよ
先日、番組の中で水中写真家の鍵井靖章さんは、花屋になろうと決めていた時に偶然見かけた一枚の水中写真を見て「海の中にも花が咲いている!」と思ったことが水中カメラマンになるきっかけとなったとおっしゃってましたね。
人生に大きな変化が生まれる時には必ずこうした「きっかけ」があります。
それは旅先で見かけた美しい風景だったり、映画の中の何気ないセリフだったり、ラジオで流れてきたはやり歌の一節だったり。人それぞれ、時間にするとほんの一瞬でしょうか。気持ちの中に突然『青信号』が点ったかのように人生の歯車がギアを入れ直して前へと進み始める瞬間です。耳元ではまるで神様が「青だよ。先に進んでごらんよ」なんていたずらっぽく囁くような気がして。でも、そんなことってありますよね。
帽子デザイナー原田美砂さんの放送を見ていて、心の中にこの『青信号』が点ったのは建築科への進学を考えているある女性。
原田さんが街中ですらすらとスケッチを続ける姿を見て、「かっこいい。自分もスケッチブックを持って街に出たい!」と思いたち、翌日すぐにスケッチブックを購入したそうです。
ですが、この彼女、建築科受験に必要なスケッチの腕前にはそれまであまり自信がなく、それが受験勉強の上での不安でもあったようです。
それでも、楽しそうに街中でスケッチを続ける原田さんの姿を見て、自分もすらすらとスケッチができるようになりたいと強く望むようになった彼女。彼女にとっての『青信号』は楽しそうにスケッチをする原田さんの姿だったんですね。
番組の中では僅かの時間で紹介しただけの場面なんですが、彼女にとってはそれがそれまで尻込みしていた「スケッチの勉強に取り組む」という行動を起こすきっかけになりました。情熱大陸の放送を見てくださる方の中に、こうやって『青信号』が点る人が毎週どこかにいらっしゃるとすれば、番組を作るほうにとっても観るほうにとっても何だか嬉しいことですよね。
彼女はその日の思いを忘れないでいようと、こんな風に書いています。
原点に素敵なエピソードがあるなら、
くじけそうになった時も
きっとまたがんばれると思うから。
スケッチの腕前を心配されているようですけれども、きっと大丈夫ですよ。
なぜって、自分の気持ちのシグナルが赤から青に変わるときの風景を、こんなに上手に心の中にスケッチできているんですから。
建築科の受験、がんばってくださいね。合格されたら私たちにも是非ご連絡を。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 09月 08日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年8月11日 (金)
魔法のような時間
料理人・奥田政行さんの放送を見てトラックバックを送っていただいた方の中に、以前、奥田さんのお店を訪れた時のエピソードを書かれている方がいらっしゃいました。
二年前の冬。
数年来の同僚が彼女の出身地関西に戻ることになった時、ぜひ山形の食の素晴らしさを伝えたいと、地吹雪吹き荒れる月山道をわざわざ車を走らせ奥田さんのお店「アル・ケッチァーノ」へと足を運んだそうです。
「山形の食に満足していないまま彼女を関西に帰すわけにはいかない。」
そんな思いを説明したところ、奥田さんから返ってきたのはまったく予想外のこんな質問だったと言います。
「帰り道にスキップしたくなるような料理がいいのかな。それとも、その場でわーっと盛り上がるような料理がいいのかな。感動の仕方も料理によって違ってくるから・・」
お客さんの事情を汲み、好みや気分を吟味した上で、『山形の味』を楽しんでもらう姿勢。相手が一口食べただけで調理法を言い当ててしまうような有名シェフであれ、たとえ通ではなくとも心から料理を楽しみに足を運んでくれる地元の人であれ、日々変わらぬ姿勢で接してきた奥田さんって素晴らしい人だなと改めて思いました。
ブログにはその日の感想がこう記されています。
「私はその日『魔法のような時間』を目の当たりにした。」
実は、同僚の彼女は「たぶんもう山形にくることはないかも・・」とまで話していたらしいのです。ホームシックもあったのかもしれませんし、何か嫌な出来事があったのかもしれません。そのままだと(味覚も含めて)自分に合ったものを見つけることが出来ずに、この町に対して心を閉ざしたまま彼女は去らねばならなかったようです。
そんな頑なな気持ちを、庄内平野の片隅にある小さな料理店での時間が解きほぐしてくれた。奥田シェフの作る料理は町を離れる最後の時になって、そのイメージを楽しいものに変えてくれた。その様子が『魔法のような時間』だったというのです。
その『魔法のような時間』から二年が経ったいま、関西に戻った彼女は果たして今回の放送を見てくれたのでしょうか。番組を通じて楽しかった時間を思い出してくれたのなら嬉しいのですが。
ところで――。
「帰り道にスキップしたくなるような料理」とか「その場でわーっと盛り上がるような料理」ってそれぞれいったいどんな料理なんでしょう。彼女たちは結局どっちを選んだんでしょう。気になりますよね。一度、お店に行って聞いてみたいですね。
でも、そうして、まだ行ったこともない遠い町の小さなレストランに惹かれていくのって――僕たちもまた、別の魔法に掛かってるのかもしれません。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 08月 11日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年7月 7日 (金)
どうでもいい話
「情熱大陸」の画面に映る風景の中に見覚えのあるお店を目ざとく見つけて、それをブログに書いてらっしゃる人がたまにいらっしゃいます。
例えば―。
ある人は女優・小西真奈美さんの回想シーンの中に、九州にしかないというファミリー・レストランのチェーン店を見つけて故郷での生活を思い出して。
また、ある人は獣医・溝口俊夫さんが仲間と食事をしていた場所が、かつて自分が子供の頃に外食に行くのを楽しみにしていた地元のレストランだと気づいて。
いずれも、とてもローカルな話題。それだけに気が引けるのか、番組の感想を一通り書いた後に、『どうでもいい話』とか『おまけですけど』といった照れ隠しのような前置きをして、記事の最後に添えるようにして書かれています。
けれど、その言葉とは裏腹に、皆さんの文章にはテレビで紹介されるほどの人と一人の視聴者としての自分を結ぶエピソードを見つけたことがちょっと誇らしいように感じられます。
人間、不思議なもので、たった一つでも共通点を持っていると、今の今まで何か特別な存在だった人でさえ、急に親しく、近く感じられるようです。
「そうか。この人も自分の知ってるあの場所に居たことがあるんだ。」
テレビを見ていて、そう気付いたとたんに胸の底にやんわりと広がる親近感。
『どうでもいい話』と言いながらも書き添えなければ気がすまなかった人たちは、きっと、そういう感覚があったんじゃないでしょうか。テレビで紹介されている人たちとの間にほんの一瞬感じたシンパシーを誰かに伝えたくって『おまけ』と言いながらも書かずにはいられなかったのでしょう。
『情熱大陸』で紹介される人たちは素晴らしい人たちです。ちょっとやそっとでは真似できないような才能を発揮し、人並みならぬ努力を続けているのも確かです。
けれど、よくよく考えてみれば、私たちと同じような感覚もまた、幾らだってあるはずです。
彼らが食べているもの、行きつけのお店、読んでいる本、聴いている音楽、身につけている服、使っている道具。それらすべてが私たちの感覚とかけ離れている訳ではないでしょう。むしろ、その多くは同じような気がします。
皆さんも「情熱大陸」に登場する人たちの映像の中に、何か自分との共通点を見つけてみてください。
自分と同じ何かを持った人が、自分には到底出来ないようなことにチャレンジしている。そう考えるだけで、ちょっとだけ元気が出ませんか。いつもよりも少し深いところにまでその人の情熱が届くような気がしませんか。
もしあなたが情熱大陸で紹介した誰かに自分なりの共通点を見つけた時には、トラックバックなどを通じて私たちにも教えてください。番組のホームページを読んでくれている人たちの中にも、あなたと同じ共通点を持っている人がいるかもしれませんからね。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 07月 07日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年6月 2日 (金)
鉄の女たち
4月に登場したトライアスロン選手・上田藍さんの放送に対してトラックバックを送っていただいた中に、あるお母さんのブログを見つけました。彼女には中学生の娘さんが二人いらっしゃるそうなのですが、なんと、お二人ともトライアスロンの選手なんだそうです。
びっくりしませんか?
『鉄人レース』とも言われる過酷なレースに挑戦する中学生ですよ。しかも姉妹そろってです。そして、ホームページを読む限りでは二人そろってなかなかの実力派とのこと。
テレビで上田選手のハードな練習を目の当たりにした後だけに、そんな過酷な競技に打ち込む女の子が二人、同じ屋根の下に暮らしている事実に驚きました。お会いしたことはないけれど、表情の端々にはまだまだ幼さが残る可愛らしい『鉄人姉妹』なんでしょうね。
「『フィニッシュした時の達成感がたまらなく好き』と言い切り、日々、練習に打ち込む娘達を見続けているうちに、この競技の楽しさや素晴らしさを少しでも多くの方に伝えられたら・・・」
お母さんはそう思って姉妹を応援するためのブログを始められたんだそうです。
お姉さん『鉄人』は、終始、無言でテレビ画面の上田選手を見ていたといいます。上田選手自身、トップアスリートとはいえ、世界のヒノキ舞台に立つ前に越えなくてはならないベテラン選手たちがいる若きチャレンジャーでもあります。その姿を見ながら、同じ競技者として、その心には何か伝わってくるものがあったのでしょう。
かたや日本ランキング1位のトップアスリートで、一方はまだまだこれからという若い才能。その間には競技のレベルや大会のスケールにも大きな違いがあるでしょう。けれども、それぞれに目標があって、嘘のない気持ちの昂ぶりがあって、そして、厳しい現実があるということには本質的な違いなんてないのですから、何か通じ合うものがあったって不思議ではありません。
そして、それぞれの競技にかける情熱や、目標に挑むチャレンジ精神の輝きというのもまた共通しているのかもしれませんね。だって、世界の大舞台に挑むトップアスリートたちの姿が僕たちの胸を打つとき、それはまるで『自分たちが挑戦しているかのような』気持ちになるからじゃないですか。誰だって自分なりの目標に、自分なりの努力で挑んだ経験があるからこそ、より大きなものに挑む人たちの気持ちが分かるんですよ、きっと。
最近ではホームページの上で、オリンピックに出場するようなレベルの選手と私たちの身近にいる『ちょっとした頑張り屋さん』的なプレーヤーのそれぞれのエピソードを並べて「どっちも頑張れ!」と応援することも出来るようになりました。
番組でも紹介した上田選手のホームページは味わいのあるイラストとともに今も日々更新されていて、5月に行われたメキシコ・マサトランでのワールドカップでは18位に入り、取材した時よりはずいぶんと調子が上がっているようでした。同じ頃、宮崎市で行われたレースでは『鉄人姉妹』のお姉ちゃんが優勝、妹さんは4位に入ったとのことでした。
こうして、放送は終わってからも様々なドラマがインターネットの上に少しづつ書き加えられています。皆さんも番組ホームページから何度かクリックするだけでそういった新しいドラマに辿り着けるかもしれません。
ある時は西で、またある時は東で、時には地球の裏側で――。
可愛らしい『鉄人』たちの挑戦は、きっと今だって続いているはずですから。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 06月 02日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年5月12日 (金)
母と桜
番組のホームページにトラックバックを送っていただいたブログの中に、ある女性のこんなエピソードを見つけました。
彼女のお母さん、実は七年前に進行性ガンを患い胃の4/5を摘出する手術を受けたそうなのですが、その後、元気に回復されたとのこと。この四月には淡路島
から大阪に出てきたお母さんと待ち合わせをして京都の仁和寺に花見に出かけ、老舗料亭のお弁当を買って、彼女の部屋に二人で戻ってそのお弁当を食べた後、
親子ご一緒に情熱大陸を見ていただいたそうです。
そして、その夜の放送は――リリー・フランキーさんの回でした。
ミリオンセラー「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」を読んだ方ならご存知でしょうが、この小説に登場する「オカン」ことリリーさんのお母さんが冒された病もまた彼女のお母さんと同じ進行性胃がんでした。
「東京タワー」を読んでいた彼女は、番組が始まると早々に涙を流してしまい、それを隠そうとして「鼻水が出る“ふり”をしてごまかしながら」テレビを見たそうです。
それぞれの母親をまったく同じ病に冒された二人が、取材される側と視聴者という関係でテレビ画面を挟んで繋がってる情景。しかも、彼女の隣には元気になったお母さんがいます。偶然といえば偶然です。しかし、当の本人は偶然とは思えないくらいに驚かれたことでしょう。
放送では何度も「東京タワー」の文章が引用されます。その言葉たちに込められた思いや、ストーリーの中で触れられる母親の病気の記述の一つ一つが、小説を読んだ時とはまた違った重みでずしりと彼女の心に届いたことでしょう。
あの夜、同じ放送をご覧になった方はたくさんいます。
そんな中、一つの部屋で同じテレビ画面を見つめる彼女たち親子にとって、偶然にも自分たちの人生と重ね合わせることが出来る思い出深い放送になったのだとしたら、番組のスタッフもきっと喜ぶでしょう。作り手が意図した演出ではない、『小さな奇跡』とでも呼べるような出来事だからこそ、なおのこと。
リリーさんは情熱大陸の取材を受けるにあたってこう注文をつけました。
「桜の花が咲くまで取材を続けて欲しい。」
そして取材スタッフはその要望どおり取材を続け、東京では桜の季節を少し過ぎた頃、放送は無事に終わりました。それはまるで、彼女たち親子のお花見に放送のタイミングを合わせるためだったかのように。
桜の花が咲くまで―。
リリーさんにそう言わしめ、母と娘に桜にまつわるこの『小さな奇跡』をプレゼントしたのは、ひょっとすると、今は天国にいらっしゃるあの人なのかもしれませんね。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 05月 12日 みんなの情熱大陸 | Permalink
2006年4月14日 (金)
ウェブマスターからの挨拶#1
うちの娘に好きな男の子ができたらしい―。
といってもまだやっと幼稚園の年長組に上がったばかりの五才の娘ですけどね。
それでも、その男の子のことを話すときの彼女は実に生き生きとしています。目がクリクリして可愛いらしいこと。阪神タイガースが大好きなこと。白雪姫のお芝居では王子様役を演じたこと――等々。彼の話題を延々と、それはそれは一生懸命に話すのです。
自分が好意を持った人の魅力を身の回りの誰かに語る時、人はとても饒舌になります。温かくなります。そして聞いているほうまで気持ちが柔らかくなって嬉しくなります。
五才の娘ですらそうなるのですから、「好きな人の魅力を語る喜び」というのは大人になるにつれて覚えていく喜びではなく、人が人としてあらかじめ持っている何か本能的な喜びなのかもしれません。
そしてそれは情熱大陸の視聴者の皆さんも同じようです。
日曜の夜、情熱大陸の放送が終わってしばらくすると、取り上げた人物に何かを感じてくれた人たちが、ブログやソーシャルネットワークサービスといった仕組みを通じてそれぞれに感じたことを書き込んでくれます。
テレビから伝わってきた、ある人の言葉、しぐさ、そして――生き方について。達者な文章で理路整然とその人に惹かれる理由を書く人がいるかと思えば、「感
動した!すごい!自分も頑張らなくっちゃ!」といった感情的な短い語句をいくつか並べただけで終わる舌足らずな人もいます。その巧拙はまちまちであって
も、それぞれのメッセージには『自分が気に入った人の魅力について語る喜び』が溢れています。
自分が気に入った人について一生懸命に語る――このエネルギーの源っていったい何なんでしょう。
気に入った人が目の前に現れたとき、人は嬉しくなると同時にちょっと戸惑います。この気持ちは自分の「ほんとうの」気持ちなんだろうかと不安にもなりま
す。そんな時に誰かに「その気持ちに間違いはないんだよ」と言ってもらいたい。「いいんじゃない。応援してるよ」という支援を取り付けたい。それが誰かを
好きになってしまった人たちをおしゃべりにする原動力なんじゃないかなと思うのです。何だか恋愛論みたいになっちゃいましたけど。
実際、情熱大陸について書かれた記事の中には、とても良く書けたラブレターのようなアツーい記事もお見かけします。その想いにお応えするためのご提案を一
つ。あなたがもしご自身のブログに情熱大陸の記事を書くときは番組ホームページのトラックバック機能をぜひ使ってみてください。あなたの「誰かを好きに
なった気持ち」を応援してくれるメッセージが寄せられるかもしれませんよ。
さて、うちのやんちゃ娘ですが。
あと十年も経てば、好きな男の子について娘に嬉しそうに語られると、父親としては内心穏やかに聞いてばかりもいられなくなるのかもしれません。その時には改めて僕の話を聞いてやってください。自分の娘について話すのもまた「好きな人について語る喜び」には違いないので。
MP3ファイルをダウンロード
2006年 04月 14日 みんなの情熱大陸 | Permalink