2008年7月18日 (金)

全日本女子バレーボール・竹下佳江

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重松 清

 ベテランの力とは、いったいどういうものを指すのだろう。経験に裏打ちされたクレバーな戦術眼、数々の修羅場で培われた精神力、ここ一番での勝負強さ、あ るいは若手の育成、さらには目先の勝ち負けにとらわれない長期的な展望、あえて汚れ役や憎まれ役を引き受ける器のデカさ、現役として残された時間が短いか らこその執念……そんなベテランの力の中でも特に大きいのは、「悔しさを知っていること」なのかもしれない。

 6月1日オンエアの竹下佳江さんの回を視聴して、つくづくそう感じたのである。

 周知のとおり、日本女子バレーは北京オリンピックでメダルに挑む。その原動力の一つとなっているのが、キャプテンでもあるセッター・竹下さんの存在だ。

 日本代表が出場権を獲得したのは5月23日――スポーツマスコミが大騒ぎしたのは、いまも記憶に新しいところである。竹下さんを描いた『情熱大陸』は、そのお祭り騒ぎのさなかにオンエアされたことになる。 

 ところが、番組のトーンに浮ついたものは一切なかった。ナレーションにもあったとおり、とにかくめったに笑わないのだ、竹下さんは。特に髪をキリッとまとめてコートに立ったときの表情やまなざしは、撮影クルーも思わずたじろいでしまうのがわかるほどの、殺気とすら呼びたくなる迫力に満ちている。しかも、彼女の厳しさは、単純な「スポ根」ではない。もっと深い。もっと重い。番組はその深さと重さをさぐっていくのである。

 かつて世界に冠たる「東洋の魔女」だった女子バレー。男子バレーやサッカーと同様、かつての栄光の記憶が「いま」に与えるプレッシャーは相当なものだろう。特に竹下さんの場合は、メダルどころか出場すらできなかったシドニー大会の予選を戦っている。捲土重来を期したアテネ大会でもメダルには届かなかった。その悔しさに加えて、彼女の場合には、身長という、自分の力ではどうにもできない悔しさもある。テクニックやパワーをどんなに磨き抜いても、159センチの身長が180センチ台になることはありえない。そして、ネットを越えてボールを打ち合うバレーボールという競技は、どう考えたって背が高いほうが有利なのである。 

 そんな悔しさを背負いながらチームを北京へと導いた竹下さんのドラマを、番組はことさら美談仕立てにはしなかった。

「小さな巨人」という言葉があるとおり、スポーツドラマでは小柄な主人公が大活躍するのは定番である。そこに「大きな外国人選手に小柄な日本人が立ち向かう」という五輪ならではの物語を重ね合わせることも簡単だろう。しかし、番組は、五輪出場決定を物語のクライマックスにはしなかった。竹下さんの背負ってきた悔しさがこれで報われた、という終わり方にはしなかったのだ。

 出場決定の翌日、自宅にカメラを迎えた竹下さんが満面の笑みを浮かべていれば、なるほど物語はきれいにまとまっただろう。だが、現実には、彼女は笑わなかった。番組も、その意味をきちんと受け止めていた。

 戦いは終わっていない。いや、むしろ、ここからほんとうの戦いが始まる。番組は、竹下さんの悔しさを「解決」させなかった。彼女はまだ背負っている。だからこそ、五輪本番では、その悔しさがチームを支える大きな力となるはずだ。今回のドキュメントを「悔しさが報われた笑顔」でまとめず、「笑わないキャプテン」の姿をまっすぐに描いた番組は、北京での戦いに臨む彼女へ最大の敬意を払ったのだと思う。ベテランは、あくまでも現役選手――戦いのさなかにニコニコ笑うことなんて、ありえないのだから。

全日本女子バレーボール・竹下佳江

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2008年 07月 18日 読む情熱大陸 |



2008年6月20日 (金)

情熱大陸extra・ネクストジェネレーションの9人

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重松 清

 500回――。
 1998年に始まって、ちょうど10年。

 サイクルの速いテレビの世界では押しも押されもせぬ長寿番組の仲間入りである。

 その記念すべき放送500回を記念した『情熱大陸extra』(5月25日オンエア)は、正直に言って、意外な内容だった。

 というのも、かねて「『情熱大陸』が500回記念の番組をやるらしい」というウワサを耳にしていたシゲマツ、その番組の内容を勝手にあれこれ予想していたのだ。

 たとえば、過去の名場面集や名言集で構成するか。あるいは、過去の放送からピックアップした何人かの「その後」を追うか。それとも、さまざまなジャンルでの1998年デビュー組の群像を描き出すか……。

 どれもはずれた。番組の内容がはずれたというより、それ以前に、500回というものに対する番組の意識を読み誤っていた。

 まさか、若手を出すとは――。

 アンダー25の、むしろ「これから」のひとたちの群像劇で勝負してくるとは――。

 せっかく500回ぶんの歴史があり、それをたどるだけでも番組は成立するはずなのに、番組はその財産にいっさい手をつけることなく、一般的にはまだ無名と言っていい若者たちを9名も並べた。500回という歴史の積み重ねを振り返るのではなく、逆にそれをリスタートのポイントにした。「過去」ではなく「未来」を見ているわけだ。

 じつはこれ、とても大きな賭けではないか。9名のコーナーをそれぞれ「プチ『情熱大陸』」にしてしまうと、どのひとに対しても中途半端な物足りなさが残ってしまうだろう。かといって「皆さんもよくご存じの……」という具合に僕たちの予備知識に頼って物語を先に進めるわけにもいかない。素人目にはどう考えたって時間内に収まりそうもない9名のドラマを、どう構成していくのだろう。

 はらはらしながらオンエアを待っていたシゲマツだが、トップを飾ったサッカー選手・澤昌克さんのコーナーを見終えたときには「なるほど、こう来たか……」とうなっていた。

 番組は9名の「過去」をあえて切り捨てていた。ひたむきに生きる「現在」と、その先にある「未来」だけを、しっかりと描き出していた。しかも、「過去」を描かないというのは、決して「時間の関係上」というようなネガティブな選択ではない。ここで、主役を20代前半の若者に絞ったことが活きてくる。つまり、いまの彼らには「過去」を振り返る必要などないし、また、「現在」に完全燃焼しているいまは、その余裕もないはずなのだ。

 それでいい。ひたすら前だけを見ている若い連中のまなざしの強さは、すっかり昔話が増えてしまったオジサンにはとてもまぶしく映るし、その姿勢は、500回記念でありながら過去の財産をあえて使わなかった『情熱大陸』の決意そのものにも重なり合うだろう。

 もちろん、「過去」の重石や裏付けのないドラマは、ややもすればただの決意表明に終わってしまうリスクもある。そこをビシッと締めてくれたのが、オジサン二人――桑田真澄さんとスガシカオさんの対談だった。まったくみごとな構成である。

 いまは「過去」を振り返る余裕はなく、だからこそ迷いなくまっすぐに情熱をぶつけている彼らも、やがて、ふと立ち止まる時が来るかもしれない。迷ったり落ち込んだりして、くじけそうにもなって、しかし、また前を向いて歩きだしたなら――そのとき、あらためて彼ら9名の物語をじっくり見せてもらいたい、と心から思った。

 

ってことは……これ、1000回記念に向けての大いなる予告編だったのかもしれない。

情熱大陸extra・ネクストジェネレーションの9人(5月25日放送)

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2008年 06月 20日 読む情熱大陸 |



2008年5月23日 (金)

お魚ライフコーディネーター・さかなクン

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重松 清

 番組が始まって間もなく、意外なシーンが映し出される。決して物語の展開を左右するような場面ではないのだが、そのシーンによって物語はグンと深みを増してくれた。

 4月6日オンエアの、さかなクンの回――さかなクンの食事の場面である。

 カレイの干物を食べている。美味そうに頬張っている。

 これ、ちょっと考えたら、意外な光景である。なにしろ、さかなクンなのだ。魚をこよなく愛している彼が、食事のおかずに魚を食べるなんて……。

 だが、もうちょっと考えたら、「そうだよなあ」と大きくうなずきたくなる。さかなクンの魚への愛は、決して「こんなにかわいいお魚ちゃんを食べちゃうなんて!」というような偏狭なものではない。むしろ、食べて美味しい魚を美味しく残さずいただくことこそが、ほんとうの愛ではないのか。

 そして、よーく考えてみたら、この場面は、制作サイドの「宣言」にもなっているのではないか。ただのつなぎではなく、「さかなクンの魚たちに寄せる愛や情熱は、ちょっとハンパじゃないぜ」というメッセージをあの短い場面に込めていたのではないかと思えてならないのだ。

 その証拠に、さなかクンは、いわゆるマニアやオタクにありがちな愛と情熱の姿をことごとくくつがえしていくのだ。

 魚についてのなみはずれた知識を持っていながら、彼は決してそれを自分だけの世界に閉じこめてはおかない。しかも、自慢げにひけらかすのではなく、「お魚の世界はこんなに面白いんだ!」というメッセージを込めて、知識を「教える」のではなく「分かち合う」のだ。わからないことがあれば専門家に素直にどんどん訊く。新しく知ったことは、またみんなと分かち合う。マニアやオタクが陥りがちな閉鎖性とはまったく無縁なのだ。

 だから気持ちがいい。専門家も、漁師さんたちも、さかなクンの情熱に圧倒され(たぶん、あの甲高い歓声は、一日付き合うと数日間は耳にこびりついて離れないだろう)ながら、協力を惜しまない。「魚とさかなクン」に拮抗するバランスで「人間とさかなクン」の関係もたっぷり描いたスタッフも、決して彼を物知り博士としてとらえてはいない。まわりをどんどん巻き込んでいく情熱の持ち主として……スタッフもさかなクンのペースに気持ちよく巻き込まれていったんだろうなあ、と思わせてくれるような撮り方なのである。

 さらに、ごくごく短い紹介ではあっても、魚が大好きだった少年時代のさかなクンの「好き!」を受け止めてくれたお母さんの存在もいい。親の立場として、ほんとうに、すげえなあ、と思うのだ。僕たちはしょっちゅう子どもに言う。「好きなものを持て」「好きなことで生きていけるのは幸せだぞ」――だが、わが子の「好き!」が受験と関係ない世界に向けられたとき、あるいは、まわりのみんなと違う世界に向けられたとき、僕たちは素直に「よーし、がんばれ、応援するぞ!」と言ってやれるだろうか。言葉だけでなく、魚が好きで好きでしかたない息子のために、切り身ではなくお頭付きの魚を買いつづけたさかなクンのお母さんのように、行動で支えられるだろうか……。

 さかなクンの笑顔は、とことんまで屈託がない。まっすぐな情熱がまっすぐなまま伸びていったからこその笑顔だろう。そして、その笑顔は僕たちの気分まで明るくしてくれる。さかなクンがみんなと分かち合っている最大のもの――それは、魚の世界の面白さではなく、子ども時代の「好き!」をまっとうすることの幸福なのかもしれない。

お魚ライフ・コーディネーター・さかなクン篇(4月6日放送)

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2008年 05月 23日 読む情熱大陸 |



2008年4月18日 (金)

樹木医・荒田洋一/展示デザイナー・木下史青

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重松 清

 2003年4月から始まったこのコラムも、今回で丸5年という長期連載になった。いまでは「毎週日曜日に『情熱大陸』を観る」というのがすっかり生活の サイクルに組み込まれている。プロデューサー氏からは毎月、1カ月分の作品を収めたDVDが送られてくるのだが、それはあくまでも原稿を書くための確認用 という位置づけである。「日曜日の夜」というオンタイムの視聴が持つリアリティを大切にしたいという姿勢でいままでコラムを書いてきたし、6年目からもそ うでありたいと思っている(ついでに原稿を書き上げるのも締切をきちんと守りたい……のだが)。

 しかし、今回は例外中の例外。DVDが届く前から「この2本をつづけて観たらどうなるだろう」と楽しみでしかたなかった。

 3月23日オンエアの樹木医・荒田洋一さんと、翌週30日オンエアの展示デザイナー・木下史青さんの2本である。決して「合わせ技で一本」という発想ではない。どちらもオンエア時に観て深い感銘を受けたからこそ、この2本をつづけて観ることでさらに感動が深まるのではないか、と考えたのだ。

 世界自然遺産・屋久島の樹木を守る荒田さんと、芸術作品をいかに美しく見せるかを考える木下さん――自然と芸術という対照的なフィールドでも、両氏の向き合うものの根っこは同じだ。荒田さんは番組の中で、樹齢1800年の杉の再生に取り組んだ。一方、木下さんの回の中心になったのは、1300年前につくられた国宝・日光菩薩と月光菩薩の展示だった。いずれも、向き合うものは「時間」――それも、人間の一生から見ると気が遠くなりそうな悠久の時である。

 1800年を生き抜いてきた巨木の寿命を延ばし、文字どおり「遺産」として未来へと受け渡そうとする荒田さんは、屋久島を訪れた観光客が杉を見上げて感嘆の声をあげるのをうれしそうに聞いていた。1300年もの間ひとびとを感動させてきた菩薩像の美に、最新の照明を駆使して文字どおりの「新たな光」を当てた木下さんもまた、展覧会を訪れたひとびとが菩薩像を食い入るように見つめる光景を、遠くからうれしそうに眺めていた。

 いや、そんな達成感や満足感ですら、二人の情熱のごく一部にすぎないのかもしれない。

 荒田さんの治療によって命ながらえた巨木は100年後のひとびとにも感動を与えるだろう。しかし、そのとき荒田さんは、この世にはいない。あるいは、菩薩像の美しさに胸震わせたひとびとの中で、その美しさを演出してくれた展示デザイナーの存在に気づくひとはごく少ないはずだ。

 それでもかまわない、と二人は迷いなく言うだろう。そもそも、そんなことなど思ってもいなかったと、きょとんとするだけかもしれない。目先の達成感や自分自身への称賛などにこだわってはいられない。なにしろ向き合っているのは悠久の時間だ。1800年間生きてきた巨木の命を、ここで断ち切ってしまうわけにはいかない。1300年間の歴史が降り積もった菩薩像の美を展示の失敗で損ねてしまうわけにはいかない。二人の仕事を真に称えてくれる相手は、もの言わぬ巨木や菩薩像――そして、悠久の時そのものなのである。

 荒田さんが番組の最後に口ずさんだ『明日にかける橋』は、そのまま翌週の木下さんのBGMにも使える。老若男女が博物館で憩う風景が好きだと言う木下さんの思いは、森の巨木や校庭の木に寄せる荒田さんの思いにもきれいに重なる。そんな二人のドラマをつづけて観ると、僕たちは「過去」から渡されたバトンを「未来」につなぐ役目を負っているのだと、あらためて噛みしめたくなるのだ。

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2008年 04月 18日 読む情熱大陸 |



2008年3月21日 (金)

ブックデザイナー・祖父江慎

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重松 清

『情熱大陸』は、基本的には一人の人物を追いかけることで構成されるドキュメンタリーである。ところが、物語というのはフシギなもので、主役をひたすらク ローズアップするだけでは、ただの紹介VTRで終わってしまう。むしろ、あえてカメラを引いて、風景や人間関係の中にいるそのひとを描いたときにこそ、人 物像がより立体的に浮かびあがるものである。たとえば、ライバルや相棒の物語はその好例だろう。2月の『情熱大陸』――2月3日オンエアの祖父江慎さんの回も、みごとなライバル物語になっていた。

 と言うと、制作スタッフからは「え?」という意外そうな声があがるかもしれない。

 確かに、表面的にわかりやすいライバルとの対決の場面は出てこない。むしろ、祖父江さん独特のホンワカした雰囲気は、「対決」というトゲトゲしさとは正反対にあるべきものだろう。

 しかし、僕は確かにこの作品に「対決」を見た。それもプロとプロがお互いの誇りを賭けた緊張感あふれる死闘である。

 番組の中盤、本の表紙を裏返して製本するという常識破りのアイデアを出した祖父江さんに、印刷所はひたすら困惑する。祖父江さんのオフィスに直談判に訪れた印刷所のひとは、いかにも実直そうで、悪く言えば融通が利かなそうにも見える。彼らにとって祖父江さんのアイデアは、いままでの自分たちの仕事の常識をひっくり返す暴挙だったのだ。

 打ち合わせは、最初から最後まで祖父江さんペースで進んだ。さすが祖父江さん、自分のやりたいことを押し通すときにも、決してストレートに主張はしない。ある意味ではのらりくらりと、にこにこと愛想良く笑いながら、しかし断じて譲らないのである。最後は印刷所も折れた。「まあ、やってみますけど……」と、いかにも不承不承という感じだ。

 ブックデザインとは、頭の中だけでできあがるものではない。どんなに斬新なアイデアでも、それが一冊の本という具体的なモノに仕上がらなければ、なんの意味もない。はたして祖父江さんの自由奔放なアイデアは、実現するのか……。

 祖父江さんは印刷の仕上がりをチェックするために静岡県の工場まで出かける。待ち受けているのは、先日の印刷会社のひと。ちょっと疲れた様子で、決して愛想をふりまくわけではなく、それでもなんとも言えないイイ顔をしている。

 やってくれたのだ。祖父江さんの出した奇想天外なアイデアを、きちんと実現させてくれた。職人のワザである。さらには、自らミリ単位の微調整を申し出て、より完璧に近づけていく。職人の誇りである。祖父江さんの物語の中では、印刷会社のひとはあくまでも脇役である。しかし、その脇役の戸惑いがあってこそ、祖父江さんの発想のスゴさがわかる。そして、とんでもない発想を職人さんがみごとに形につくりあげてくれたからこそ、「本をつくること」そのものの面白さも僕たちにひしひしと伝わってきたのだ。

 まことに伸びやかで童心あふれる祖父江さんの魅力は、もしかしたら祖父江さん単独で描くと、かえって伝わりづらいかもしれない。とらえどころがなく、あっけにとられるだけで終わってしまいかねないのだ。

 どこまでも自由な天才肌の魅力は、実直で腕利きの職人さんと向き合うことで、より輝く。ひとつまみの塩が逆におしるこの甘みをひきたてるように、印刷会社のひとの生真面目さが心地よい対照の妙をつくってくれたのである。

 それにしても、あの印刷会社のひと、ほんとうに真面目だったなあ……。

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2008年 03月 21日 読む情熱大陸 |



2008年2月22日 (金)

建築家・迫慶一郎

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重松 清

 具体的な形を持たない「情熱」を、身近なモノに譬えてみると――。
 僕なら、情熱とはバネのような形をしているのかもしれない、と答える。

 周知のとおり、バネはいったん縮まないと伸びることができない。負荷を与えられることが必須なわけだ。楽に、するりと伸びていくのではない。もしかした ら負荷が強すぎてひしゃげてしまうことだってあるかもしれない。それでも、グンと伸びるためには負荷は限りなく強くしなければならない。趣味のレベルの 「好き」とプロフェッショナルとしての「情熱」との違いは、そこにあるのだと、僕は考えている。

 実際、「逆境の中でがんばる姿」は『情熱大陸』ではおなじみの光景だし、その逆境がハードであればあるほど「情熱」の強さが際立つのも確かだ。

 しかし、それにしても……と、1月13日オンエアの建築家・迫慶一郎さんの回を観て、僕は何度となくため息をついた。中国で巨大プロジェクトを次々に手がける迫さんにかかっている負荷は、ちょっともう、ハンパなものではない。ナレーションにもあったが、観ているこっちのほうが胃が痛くなりそうな場面の連続である。

 商習慣や文化の違いだと言ってしまえばそれまでなのだが、中国のクライアントというのは、なんと横柄で、横暴で、自分勝手で、したたかなのだろう。「躍進をつづける中国で活躍する若き日本人建築家」というアウトラインから予想していた颯爽とした華やかさは、これっぽっちもない。なにしろ番組冒頭から、カメラはクライアントに無視される迫さんの姿をとらえているのだ。悔しかっただろうなあ、と思う。オフィスに戻っても、部下の仕事は決して完璧ではないし、夜食の弁当も注文どおりのものを買ってこないし……。

 いらだちが伝わる。それを超えてしまった脱力気味の苦笑も、こっちがいたたまれなくなるほどの臨場感で迫ってくる。だが、カメラは同時に、どんなにキツくても決してキレず、決してあきらめない迫さんのタフネスも映し出す。

 番組の中盤あたりから、僕はずっと「この物語にどんな『救い』を出してくるだろう」と考えていた。月に一度の帰国、家族との休息。なるほど。それは「あり」だ。しかし、その場面は意外なほどさらりと終わる。ならば、最後に「中国のクライアントも意外といいところあるんだな」というエピソードを持ってくるか……。

 違った。番組は、迫さんの情熱にかかる負荷を最後の最後までゆるめなかった。竣工間近のビルを見て、迫さんは「いままでの苦労を忘れる」「これがあるから建築はやめられない」と笑った。だが、それも達成感に満ちた安堵の笑顔というより、「これからの苦労」を覚悟した決意表明のように思えてならない。要するに、ハッピーエンドにはなっていないのだ。結果として、「中国で勝負をするっていうのは大変だよなあ……」という思いが残って、ちょっと収まりは悪くなってしまったかもしれない。

 だが、僕はそこに、中国で生きる迫さんへの番組からの最大級の敬意を見る。安易な救いの場面を用意して、おためごかしに負荷を軽くして番組を閉じるのではなく、むしろ逆に、タフな負荷をそのまま残しておくことで、迫さんの情熱のバネの強さを描ききったと思うのだ。

『情熱大陸』は、どの回も「完」や「了」では閉じられない。物語は常に「つづく」である。迫さんが最後に浮かべた笑顔は、そのことをあらためて思い起こさせてくれた。

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2008年 02月 22日 読む情熱大陸 |



2008年1月18日 (金)

女子大学長・坂東眞理子

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重松 清

 正直に打ち明ける。

 最初は、決して好きなひとではなかった。

 いや、「好き」も「嫌い」もなく、そのひとのことはなにも知らなかった。ただ、そのひとが書いた本のタイトルに、ひっかかっていた。『女性の品格』―― 言わずと知れた2007年最大のベストセラーなのだが、その「品格」の一語に、たとえば「美しい国」とも通じる観念論のウサンくささを感じてしまったので ある。

 誤解だった。

 昨年12月23日にオンエアされた『情熱大陸』――坂東眞理子さん自身の「品格」は、徹底して具体的だった。現実的だった。日々の生活や、ニッポンの戦後とほぼ重なり合う坂東さんご自身の人生に、しっかりと根差したものだった。

 カメラは、忙しい坂東さんの日常を「ばたばた」ぶりを隠さずに伝える。マイクもオフ音をしっかり拾う。しーんとした静かな学長室で「品格」についてじっくりとうかがいます、というスタンスではない。坂東さんの髪の寝癖、ジャケットから取り忘れたクリーニング店のタグ、スーツ姿のままで手早くつくる盛り付け不問の大胆かつ豪快な料理、窓辺に掛かったままの洗濯物……カメラがとらえたディテールの数々は、一見、「品格」ブームの生みの親に対して「ご本人はどうなの?」というイジワルな問いを突きつけているように見える。しかし、決してそうではない。スタッフは正しく「品格」の真意を理解していたのだろう。だからこそ、「ばたばた」の描写がつづけばつづくほど、坂東さんの姿が魅力的になる。細い目でにこにこ笑う坂東さんの笑顔に惹きつけられる。そして、「品格」とは上から押しつけるお説教でもなければ、内実がからっぽの観念論でもないんだ、と気づかされるのだ。

 取材にあたっての坂東さんのフェアな覚悟を感じたシーンがある。坂東さんが学長をつとめる昭和女子大学での講義中のことだ。いかにもいまどきの(つまり「品格」がない、とオトナたちから批判される)女子大生たちは、坂東さんが教壇に立ってもざわざわしたままで、話をろくすっぽ聞いていないのが察せられる。すると、坂東さんは急に怒りはじめたのだ。特に目に余った学生に「出て行ってください」と命じたのだ。怒りを必死に鎮めるかのように水をごくごく飲みながら。

 私大の学長という立場を考えれば、そんな場面をカメラの前でさらすことは得策ではない。番組としても。ほんわかとした笑顔の坂東さんのイメージをくつがえしかねないこの場面の扱いは悩みどころだったのではないか。しかし、坂東さんはきちんと叱った。スタッフも、それをきちんと番組の中で使った。「品格」とは断じて世俗を超越したものではないのだ、と訴えるかのように。

 いや、実際、女性キャリア官僚としての苦労や、子育ての葛藤など、坂東さんは自分の弱い部分も包み隠さず明かす。働く女性、働く妻、働く母親……その喜びと苦しみを両方わかっているからこその「品格」なのだ。

 そして、いま、思った。僕が『女性の品格』を「読まず嫌い」していた最大の理由は、「男性の品格=生きざま」「女性の品格=行儀作法」というサイテーの区分けをしていたからではないのか……。

 自分のつまらない誤解を反省しつつ、こんなことも思う。『情熱大陸』というのは、もちろん、そのひとの「情熱」を描く番組である。それはつまり、そのひとの「素顔」を描くことでもある。寝癖のついた坂東さんの「素顔」はほんとうに魅力的だった。強い部分も、弱い部分も、ひっくるめて。

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2008年 01月 18日 読む情熱大陸 |



2007年12月21日 (金)

編集者・見城徹

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重松 清

 なにごとにつけても処女はいい――なんて書き出すと、たちまち「セクハラ!」「すけべオヤジ!」と罵られてしまいそうなのだが、ここでの「処女」は「処女作」の意味。初めての作品である。どうか誤解のなきよう。

「処女はいい」というのは、僕自身が人物ルポの書き手として常に思っていることである。

 僕の原稿がそのひとを主役にした初めてのルポというケースが一番やりやすい。

 なにしろ比較対照するものが皆無なのだ。「この切り口は以前にも別の書き手が使ったんだよなあ」「このエピソードをぜひとも使いたいけど、他のルポでも印象的な場面だったしなあ」「パクリと思われたくないなあ」「シゲマツの作品のほうが負けてるじゃん、と思われたら、もっとイヤだなあ」……と思いわずらう心配などなく、ちょっと下品な言い方をするなら、そのひとについて描き放題なのである。

 ところが、さんざんルポが描かれてきたひとや、つい最近ルポに登場したひとを描くときには、「まだ使われていないエピソードはないか?」「まったく新しい切り口はないか?」というところから仕事を始めなければならない。しかも、たいがいの場合、キモになる話はすでに先行作で使われている……。

 11月25日オンエアの幻冬舎社長・見城徹さんの回も、スタッフは最初、大いに苦しんだのではないだろうか。見城さんは「非・処女」――それも、同じ2007年に自叙伝的なエッセイ集も出ているし、ほんの1カ月前にはNHK教育でも数回にわたって見城徹ヒストリーがオンエアされたばかりなのだ。

 もちろん、尾崎豊とのかかわりや幻冬舎設立のいきさつなど「定番」のエピソードもある。それを手際よくまとめれば、とりあえず「見城徹とはなにものか」の紹介はできるだろう。しかし、そのレベルにとどまってしまっては、面白くもなんともないではないか。『情熱大陸』によって初めて明かされる見城徹像を見せてほしい。だが、エピソードや語録を先行作でさんざん消費されたあと、それは果たして可能なのだろうか……?

『情熱大陸』の底力を見せてくれよ、という気分でモニターの前に座った。30分後、番組が終わると、底力に圧倒された。

 みごとだった。番組は先行作とはまったく違う視点から見城さんという人物を描きだした。そのキモになったのは、コンプレックス――ルックスに悩んだ青春時代、ホンモノの作家に触れて「自分はしょせんニセモノだ」と思い知らされた若手編集者時代……ベストセラーを連発する見城さんの活躍を支えているのは、華麗な人脈や時代を読む目だけではなかった。そのバネには、青春の普遍とも呼ぶべきコンプレックスがあったのだ。

「醜男」という言葉が頻出する高校時代の日記など、おそらくマスコミ初公開、門外不出のものだったはずだ。それを明かした見城さんもスゴいが、見城さんに「ここまで見せてやろう」と思わせたスタッフはもっとスゴい。きっと取材の過程で、見城さんはスタッフを信じることを決意したのだろう。いままで見せたことのない自分をきっちりカメラやマイクの前でさらそう、とハラをくくったのだろう。表面には出てこないそのドラマがあるからこそ、今回の作品は先行作のどれとも似ていない、まったく新しいものになったのだ。

 次に見城徹ヒストリーの新作をつくるひとは困ってしまうはずだ。『情熱大陸』の見城徹を超えるものをつくらなければならない。これ、そうとう高いハードルになってしまった。でも、がんばってほしい。文章のルポもテレビのドキュメンタリーも、先行作を乗り越えることでレベルを上げていったのだから。

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2007年 12月 21日 読む情熱大陸 |



2007年11月30日 (金)

プロゴルファー・上田桃子

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重松 清

「根性」という言葉をひさしぶりに実感した。それもパロディやお笑いのネタではなく、真剣勝負で――まっすぐに。
 10月7日オンエアの上田桃子さんの回は、僕のようなオジサン世代にとっては懐かしさあふれるドラマだった。

 スポーツ新聞などで報じられるとおり、桃子サン、とにかく強気である。負けず嫌いである。正直に打ち明ければ、僕も最初は「ずいぶんキツそうな選手が出てきたな」と思っていた。いかにも優等生タイプの宮里藍さんや、お父さんへのツッコミが笑える横峯さくらさんに対し、桃子さんは――決して批判の言葉ではないとわかってほしいのだが、ちょっと不良少女っぽいイメージで、いわば女子ゴルフ界の「実力を兼ね備えたヒール」としての役回りである。

 そんな桃子サンのドキュメンタリーは、どんなスタンスになるのか。番組を観る前に考えていたのは、「気が強そうに見えて、じつは……」という展開になるのではないか、ということ。桃子サンの内側にある「弱さ」をあぶり出して魅力に迫るという方法論である。なるほど、それは確かに「あり」だろう。ただし、彼女はプロのスポーツ選手である。闘いつづける人生を選んだひとの魅力を「弱さ」を軸に描きだすと、本質からずれてしまう恐れだってないわけではない。

 では、『情熱大陸』は桃子サンにどこから、どうやって迫ったか――。

 僕の予想は、みごとにはずれた。カメラの前でも桃子サンは強気だった。負けず嫌いだった。ギャル語なのかヤンキー語なのか、いかにもいまどきの若者の言葉づかいで物怖じせずに語る姿は、「強さ」にあふれていた。

 しかも、なにかと物議を醸すことの多いビッグマウスの数々は、ただ生意気なだけの同世代とは明らかに違う。自分はゴルフで生きる、生きるためには勝ち抜く、勝ち抜くためには努力をしつづける……という覚悟がある。そして、その覚悟は、まっすぐにカメラを見据えるまなざしに確かに宿っていたのだ。

 全英女子オープンでの苦い敗北、帰国後の体調不良の中でつづけたラウンド、優勝のかかったパットの失敗……物語の中には「弱さ」につながりそうなものはいくつもあった。落ち込む姿や悩む姿、弱音を吐く姿を描き出していけば、強気一辺倒だけではない桃子サンの新たな一面を見せられるだろう。

 だが、番組はそれを選び取らなかった。ネガティブな状況の中でも「強さ」を――いや、「強さ」を目指す桃子サンの意志を描いた。

 その象徴が、障害を持つお姉さんにまつわる場面だった。安易なドキュメンタリーならもっと感情を揺さぶって、泣かせの場面に仕立て上げるはずだが、番組はそこを乾いたタッチでさらりと通り過ぎた。桃子サンの「強さ」には、美談や同情といったウェットなものはよけいなんだ、と言いたげに。そして、それに応えるように桃子サンもまた、ゴルフについて語るときと変わらない強いまなざしで、お姉さんを語っていたのだった。

 密着取材中に、桃子サンは優勝することができなかった。残念。本人もトロフィーを掲げる姿をカメラの前で披露できないことを残念がっていた。それでも、少女時代の桃子サンと同じように、ガキの頃には自分の部屋に「根性!」の紙を貼っていたオジサンは(そういうひと、同世代に多いはずだぜ)思うのだ。うまくいかないときにこそ「強さ」が問われる。それは意志の力だ。もっと強くなりたいと願い、そのために努力する意志を、「根性」と呼ぶ。苦しい場面の多かったドキュメンタリーは、だからこそ、すがすがしい「根性」の物語となったのだ。

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2007年 11月 30日 読む情熱大陸 |



2007年10月19日 (金)

作詞家・秋元康

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重松 清

 ドキュメンタリーにかぎらず、作品づくりには「手の内」というものがある。

 たとえば僕の本職のフリーライターの世界なら、インタビュー記事の構成にも、音楽でいうならコード進行のような「手の内」は確かにある。二十年以上この 世界にいる僕は、そのあたりの「手の内」はよくわかっているつもりだ。だから、たまにインタビューを受けるときも、「こういう展開になるだろうな」という 予測はつくし、逆に「俺ならこうするけど」「俺ならこんなふうにはしないけど」という注文も出てくる。若いライターさんにとっては、まったくもって扱いづ らいヤツなのだ。

 もちろん、僕だって自分の専門外のことについては「手の内」などなにも知らない。テレビのドキュメンタリーに出るときも、基本的にはすべてお任せである。『情熱大陸』に登場するほとんどのひとはそうだろう。

 だが――9月30日オンエアの秋元康さんは違う。「手の内」のプロ中のプロ、というか、80年代以来、数多くの斬新な「手の内」を編み出すことで時代を動かしてきたひとである。当然、テレビ番組のつくり方は知り尽くしている。そんなひとを描くというのは、いわば秋元さん自身の「俺ならこうするけど」「俺ならこんなふうにはしないけど」と真っ向から勝負することでもある。

 そんな秋元さんを満を持して描くには、おそらく二つの方法論があるだろう。一つは秋元さんの「手の内」にすっぽりと載せられて、「秋元康による秋元康」を見せる方法。そしてもう一つは、あえて秋元さんの「手の内」を封印して、あくまでも被写体として描き出す、というもの。どちらも面白そうだが、それぞれにデメリットもある。前者だと第三の目で見る批評性が失われてしまうし、後者だとせっかくの秋元康らしさを最初から放棄した格好になりかねない。

 さて、『情熱大陸』はどう描くだろう……と楽しみにしてオンエアを観た。

 まいった。スタッフは僕の浅薄な予想をみごとにくつがえしてくれた。番組の中盤、秋元さんの「俺ならこうするけど」をはっきりと僕たちに示しながら、しかし、そうではない構成で番組をつくりあげた。つまり、幻の「秋元プラン」と実際の番組とを、僕たち視聴者にプレゼンしたわけだ。

 もちろん、秋元さんも自分のプランを押しつけたりはしない。むしろ「お手並み拝見」という形で、自分のプランが崩されるのを楽しみにしていたはずだ。

 そして、そのプロ意識に応えるかのように、番組は最後に「自分の出ている『情熱大陸』を観る秋元康」を映し出した。編集中のテープを秋元さんに見せて、感想を訊いた。ドキュメンタリーをつくるというドキュメンタリー、メタレベルでの構成にして、二重三重に秋元さんの凄みを伝え、なおかつ秋元プランに乗らなかった番組のオリジナリティを強烈にアピールしたのだ。

 意地――という言葉は、しばしばひねくれた感情と同義になってしまうものだが、ここにあるのは、どこまでもまっすぐで気持ちいいドキュメンタリーのプロの意地だった。

 幻の「秋元プラン」と実際の番組の、どちらがほんとうは面白かったのか。その答えは永遠に出ないだろう。正解などないのが、ものをつくるということなのだから。

 編集されたテープを観た秋元さんは「自分のプランよりこっちのほうが面白かった」とは言わなかった。しかし、「俺ならこんなふうにはしないけど」とも言わなかった。互いに認め合ったプロ同士の緊張感と敬意が交錯する、名場面だった。

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2007年 10月 19日 読む情熱大陸 |



2007年9月21日 (金)

絵本作家・中川ひろたか/海人写真家・古谷千佳子

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重松 清

 個人的な話で恐縮だが、この八月、小説を書きはじめて十六年になった。生まれた赤ん坊が高校二年生になるという計算だ。フリーライター時代から通算する と二十一年――人生の半分近くを文章を書いて生きてきたということになる。仕事量も、ライターとしても作家としても、まあ、そこそこ以上にはこなしてきた という自負はある。質について胸を張れないところが我ながら情けないが、とにかく長年やってきた。さまざまなコツも覚えてきたつもりだ。

 だからこそ、思う――オレ、なんのために小説を書いてるんだろうな。「締切があるから」とか「生活のために」という理由を超えて、もっと大きな意味での話だ。「書く」ことに慣れてしまって、どこか惰性になっているんじゃないか、と最近落ち込み気味なのだ。

 そんな八月――『情熱大陸』でオンエアされた二本の作品が、ものをつくる人間としての姿勢をビッと正してくれた。五日放送の絵本作家・中川ひろたかさんと、十九日放送の海人写真家・古谷千佳子さんの回である。

 中川さんは子どもたち、古谷さんは沖縄のおじいたち、向き合う相手は対照的でも、二人はともに確かな「原点」を持っている。中川さんは若い頃に保育士として幼稚園で働き、古谷さんは写真家になる前は漁師として海に出ていたのだ。中川さんは子どもたちに読み聞かせをしてきた体験から絵本のすごさを知り、子どもたちのよろこぶ絵本を自分でも書こうと決めた。古谷さんは沖縄の海で生きるおじいたちに魅せられ、いずれは時代の流れとともに消え去ってしまうはずの彼らの姿を残しておきたいという一念で写真を学んだ。

 そして、二人とも、その「原点」をいまも忘れていない。中川さんの絵本は国内外で高い評価を受け、古谷さんも雑誌やウェブの第一線で活躍している。だが、そういった社会的な成功は、むしろおまけのようなものなのだろう。スタッフが「将来の夢や目標は?」と質問したら、二人は異口同音に「いまと同じことをやっていきたい」と答えるはずだ。中川さんの場合は子どもたちの歓声やわくわくとしたまなざしが、古谷さんの場合は、年輪のような皺が刻まれたおじいたちの笑顔が、「原点」にして「到達点」――それがまぶしくて、うらやましい。ああ、ものをつくるよろこびって、これなんだよなあ……。

 二人には迷いがない。ヘンなてらいや気取りもない。「なぜ絵本を書くのか」「なぜ写真を撮るのか」――二人には、はっきりと見えている。だから、ブレない。揺るがない。

 良質なドキュメンタリーには「揺れ」や「迷い」がスパイスのように効いているものだが、この二作、どうやらスタッフはあえて「揺れないこと」「迷わないこと」のまっすぐな爽快感を選び取ったようだ。結果は――大正解。政治からなにから「迷走」つづきの二〇〇七年夏、どこまでもストレートな二人の物語は、まるでもぎたての果実にかぶりつくようなみずみずしさがあった。そして、五十三歳の中川さんが幼稚園に通う子どもたちと向き合う姿、三十七歳の古谷さんが七十代や八十代、はては九十代のおじいたちと言葉を交わす姿から、きっと僕たちは多くのことを学べるはずなのだ。

 二人はよく笑う。笑顔がいい。こんなに笑顔の多い『情熱大陸』も、そうざらにはないだろう。その笑顔に励まれて、心身ともに夏バテだったシゲマツ、だいぶ元気になった。
 いや、それは僕がものをつくる人間の端くれだからというだけではないだろう。サラリーマンの皆さん、学生の皆さん、おとな、若者、子どもたち……あなたは自分の「原点」を見失ってませんか?

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2007年 09月 21日 読む情熱大陸 |



2007年8月17日 (金)

医師・村上智彦

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重松 清

 「未開地」という言葉が、主役の口から出てきた。それを受けて、ナレーションも「長い戦い」という表現をした。

 財政破綻した夕張市で、民営化された市立病院の再建のためにやってきた医師・村上智彦さん――いわば、市の救世主は、夕張市民の医療や健康に対する意識を、苦笑交じりにあっさりとそう言い切ったのだ。

 かなりの辛口である。番組を観ていた夕張市民の中にはムッとしてしまったひとだっていたかもしれない。

 だが、僕はその一言で、村上さんという医師と、7月22日にオンエアされた番組じたいのことを、「信じられる!」と強く確信したのだった。

 ドキュメンタリーと医療は「相性」がいい。時には社会や時代のひずみを告発するために、時にはもっと身近な(だからこそ切実な)まなざしで命を見つめるために、時には忘れられかけていた「医は仁術」を思いだすために……医師を主役にしたドキュメンタリーは、ほんとうに数多くつくられてきた。きっと、『情熱大陸』のアーカイブスの中でも「医師モノ」の回数はかなり上位のはずだ。

 しかし、作品が数多くつくられれば、自然と「定型」も確立してしまう。それは、じつは怖いことではないのか――?

 正直に打ち明けると、今回の番組はまさに定型にぴたりとはまりそうな予感がしていた。危惧と言ってもいいかもしれない。「財政破綻した夕張市」「社会的弱者としての高齢者や患者」「私生活を犠牲にしても地域医療に取り組む医師」「長く険しい道のりであっても灯しつづける希望」……キーワードを並べていくと、まさに「現代の赤ひげ」物語が定型どおりに進んでいきそうではないか。たとえ番組を観ていなくても、なんとなくストーリーが浮かんでくるはずだ。そして、そのストーリーは、きっと「定型の感動」を呼び起こしてくれるだろう。

 だからこそ、つくり手の姿勢が、いや覚悟が問われるのだ。「定型」をとりあえずなぞるだけでも、そこそこの完成度が見込めるからこそ、それをどう打ち破っていくか。

 冒頭にご紹介した村上さんの辛口の一言は、まさに、今回の番組が「定型」に甘えなかったことの証ではないか。

 夕張のひとたちを無条件に「いいひとたち」として描くのではなく、そこにある微妙なひだにまで踏み込んでいく。村上さんの描き方もそうだ。地域医療に携わる医師は、ともすれば献身や自己犠牲というウェットな面だけで語られがちである。実際、村上さんも単身赴任をつづけ、親の死に目にも会えないことを覚悟している。医師としての診療の姿勢も人情味にあふれている。しかし、番組はそこをきちんと押さえながらも、甘えない。「定型」どおりの物語を展開するのではなく、病院の再建を任された経営者としての村上さんの側面を、あるいは予防治療の普及や啓蒙に努める側面を、診療以上の重みと熱さを持って描いてくれた。

 そしてラストシーン――10年後には夕張にいない、と村上さんは言い切った。後継者を育てて、また別の町で地域医療に取り組むのだと。そこには「その地に骨を埋めるかどうか」という地域医療にお決まりの葛藤の代わりに、もっと強く、もっと熱い決意がある。

 もちろん、それらの「定型」破りは、村上さんの文字どおり「枠にはまらない」魅力があってこそのものなのだが、その魅力をお涙ちょうだいの「定型」に押し込めなかったスタッフにも大きな拍手を贈りたい。夕張という町が、「同情」という「定型」で語られどおしのいまだからこそ――。

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2007年 08月 17日 読む情熱大陸 |



2007年7月27日 (金)

水族館獣医・植田啓一

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重松 清

 僕たちは、いったいいつから動物を「かわいい」や「かわいそう」で語るようになってしまったのだろう。6月17日オンエアの、沖縄・美ら海水族館の獣医・植田啓一さんのドキュメンタリーを観ながら、そんなことをふと思った。

 植田さんの「患者」はイルカ――「かわいい」や「かわいそう」が特に似合う動物である。僕たちは彼らが「生身の生き物」だということを忘れてしまい、妙に愛らしく擬人化して、いわばディズニーの世界の住人のようにファンタジックな存在にしてしまうのだ。

 だが、植田さんが相手にしているのは、あくまでも「生身の生き物」としてのイルカである。番組の前半は、そんな植田さんの見ているイルカと、僕たちの思い描くイルカとのギャップを教えてくれる。採血のあとで脱脂綿ににじんだ赤い血を見て、一瞬「えっ?」と思ってしまうひとはいるだろう。イルカも歯肉炎を起こしたり、風邪のような症状になったりするんだと知って、びっくりしてしまうひとだっているはずだ。少なくとも――恥ずかしい話だが、僕は、そうだった。

 ずいぶん身勝手なものだな、とあらためて思う。それをたぶん、植田さんは優しく「感情」と言い換えてくれたのだ。「感情で動物が救えるんだったらなんでもしますよ。でも、それはなんの足しにもならないから、それは要らない」――「かわいい」とか「かわいそう」といった「感情」の言葉を、植田さんは医師として否定する。「感情」の言葉を脱ぎ捨てたあとに残る「生身の生き物」としてのイルカの命と向き合うことこそが、医師の仕事なのだから。

 番組の後半、植田さんは浜辺で座礁したイルカの命を救うために懸命の治療を試みる。この場面、ほんとうに圧巻だった。イルカの胃袋に詰まったビニール袋を取り除くために、最初は腕のいちばん長いスタッフに口から手をつっこむよう指示していた植田さんが、途中からは自らの手をイルカの口の中に入れる。理屈ではない。体が動くのだ。一刻の猶予も許されないなか、あまりにも未知の部分の多いイルカの命を救うために、動きつづけるのだ。傷ついたイルカのいる水槽に向かうときも走っていた。ウインチで水槽から引き揚げたイルカを床に降ろしたあとも、怒声交じりにスタッフに指示を送っていた。万全を尽くした。それでも――命は、思うようにはならないから、命なのだ。

 イルカは、残念ながら亡くなった。だが、植田さんは「こういう現実があるってことですよね」と言い、「だから、やりがいがあるのかもしれないですよね」とも言った。無念はにじんでいる。しかし、それを感情や感傷では語らない。イルカの胃袋にビニール袋が詰まっていたとき、僕は正直に言って「ヤバいな」と思ったのだ。ここで植田さんが「人間の捨てたゴミが野生動物を……」などと言い出したら、確かに正論ではあっても、結局は「かわいそう」という「感情」の言葉になってしまうのではないか、と案じたのだ。

 しかし、植田さんはなにも言わなかった。スタッフもそこへ話を持って行こうとはしなかった。撮る側も撮られる側も、物言わぬイルカの命と、ただじっと向き合っていた。だからこそ、番組の最後でもうすぐ生まれるイルカの命を見つめる植田さんのまなざしと、その横顔をとらえるカメラのまなざしに、僕の胸は熱くなったのだ。

 死がある。生がある。そこには「かわいい」も「かわいそう」もなく、ただ、かけがえのない命があるだけ――どこまでもシンプルな真理を、僕たちは、ほんとうに、いつから忘れてしまったのだろう……。

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2007年 07月 27日 読む情熱大陸 |



2007年6月22日 (金)

陸上監督・川本和久

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重松 清

 第一印象――申し訳ないけれど、あまりよくなかった。押しつけられることが大嫌いで根っからヘタレのシゲマツ、ジャージやスウェット、ウインドブレーカー姿の体育会系の監督を見ると、半ば条件反射的に反感を抱いてしまうのだ。

 なぜって、ああいうひとたちってのは、とにかくやたらとアクが強くて、ゴリ押し一辺倒で、精神論をふりかざしたり、選手の私生活にずかずかと踏み込んで きたり……。で、そういうオッサンたちというのは、しばしば「指導」と「教育」をはき違えて、「ワシのやってきたことこそがすべて!」と教育論だの子育て 論などを書いてみたりするものなのである。それがまた売れてしまうのである。まったくもってサイテーではないか。

 5月13日オンエアの陸上監督・川本和久さんも――ほんとうにごめんなさい、川本さんの顔が最初にアップで映った瞬間、コワモテの迫力にビビりながら、「オレの嫌いなタイプかも」と思ってしまったのだ。

 だが、その第一印象はみごとにくつがえされた。川本さんは精神論めいたものなど一言も口にしない。武器にするのは理論――しかも、番組の制作スタッフは、その理論に基づく実践の記録も、サイエンス番組さながらのわかりやすさで見せてくれた。地面の反発を利用する走り方、なるほど確かに言われてみれば理にかなっているし、実際に記録が伸びた高校生のフォームは、たとえタイムの比較がなかったとしても、素人の目で見ても明らかに指導後のほうが伸びやかで力強い。僕は番組が終わったあと、思わずリビングで川本理論のランニングフォームを真似て足踏みしてしまった。僕以外にもそういうひと、きっといるはずだ。その時点で、まずは番組は大成功だろう。「情熱」とはじつに曖昧模糊としたもので、ややもすれば単純な精神論と重ね合わされてしまう。しかし、ほんとうの「情熱」とは、その根っこを冷静さや確かな裏付けが支えているものなのだ。

 番組の後半は、走り幅跳びの日本記録保持者・池田久美子さんと川本さんとの師弟関係を軸に進んでいく。
 だが、その前に、川本さんはカメラの前でぽつりと、こんなことを言っていた。

「陸上は『記録』のモチベーションがあるけど、柔道なんかは金メダルを獲ったあと、どうするんだろう……」

 番組の構成としては前半と後半をつなぐブリッジにすぎない存在感だったが、僕はその一言にこそ「指導」の真骨頂を感じたのだ。

 柔道などの「相手に勝つ」競技とは違って、記録を目指す陸上競技は、もちろん順位という相対的な評価はあるにしても、「自分のベストを超えていく」競技だ。つまり、今日の自分が戦うべき相手は、昨日までの自分――そうなると、日本記録を持つ池田さんの「指導」と、番組がセッティングした高校生の「指導」とは、「自分が自分を超える」ことについては等価になる。

 だからこそ、川本さんの浮かべた二つの笑顔が忘れられない。

 一つは、自己記録を伸ばした高校生を、やったな、と称える笑顔。

 もう一つは、池田さんが大会で手応えの感じられるジャンプをしたときの笑顔(助走の途中まで池田さんを追いながら、跳躍のときにはすうっと川本さんに移動したカメラワーク、おみごと!)。

 どっちも、ほんとうにいい笑顔だった。レベルの違いはあっても、「昨日までの自分を超えた」ことを同じように喜んでくれて、称えてくれる指導者――信じられるよね、このひとのことは。

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2007年 06月 22日 読む情熱大陸 |



2007年5月18日 (金)

柔道家・井上康生

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重松 清

 こういうのも年をとった証というやつなのだろうか、最近スポーツを観るときに、「若くてイキのいいヤツ」というものにほとんど関心が持てない。むしろベ テラン――それも「引退」だの「限界」だのといった言葉が枕詞のようにかぶせられてしまう選手の挑戦の物語にこそ、思い入れを持ってしまう。

 野球なら工藤や桑田、そしてもちろん清原。サッカーにはカズやゴン中山がいるし、ボクシングなら辰吉丈一郎……。

 4月15日オンエアの井上康生さんもまた、復活を期していた。

 金メダルを獲得したシドニー五輪の表彰台で亡きお母さんの遺影を掲げたときから、早や7年――。僕は当時、女性週刊誌でヒューマン・ドキュメンタリーの仕事をしていて、井上康生さんの金メダルまでの物語を書いたことがあった。記事の細かい内容までは覚えていないが、きっと、弱冠22歳で世界の頂点に立った井上さんのことを「若き英雄誕生」と称えていたはずだ。

 だが、いま振り返ってみると、ヒューマン・ドキュメンタリーの主役にふさわしいのは、むしろそこからの日々の井上さんのほうだったかもしれない。特に、連覇が期待されていた2004年のアテネ五輪で思わぬ4回戦敗退を喫し、また全治6カ月の重傷を負い、さらには実兄の急死という不幸に見舞われた、この3年間は……。

 番組の密着ロケがおこなわれていた頃、井上さんは28歳――世代交代が進んでいる重量級の柔道界では、じゅうぶんにベテランの部類に属する。選手生命が危ぶまれるほどの大ケガをしてしまえば、「もういいか」と気力が萎えても不思議ではないだろう。

 それでも、井上さんは再起を図る。来年の北京五輪での雪辱を自らに誓って、傷が癒えたばかりの体を徹底的にいじめ抜く。

 ……という構成じたいは、フィクションの世界では「王道」である。それこそ映画『ロッキー』は、その繰り返しで続編をつくりつづけてきたのだから。

 だから、僕が今回の番組で胸を熱くした理由は「ベテランが再起する」という筋書きにあったのではない。むしろ逆――フィクションとは違う、現実の重さと苦さの部分だった。

 井上選手の復活劇は、残念ながら、番組の中で披露されることはなかった。フランスでの国際大会では優勝したものの、番組のヤマだった全日本体重別選手権では準決勝敗退。さらに付け加えれば、オンエア後の4月29日におこなわれた全日本選手権でも、8歳年下の石井慧選手に準決勝で敗れてしまった。

 復活の道は、やはり険しい。『ロッキー』のようにはいかない。
 だが――だからこそ、井上さんは「ここまでやって勝てないのなら、まだ努力が足りないということ」と言い切ってくれた。現時点での「負け」を謙虚に認めつつ、しかし明日の「勝ち」を目指して努力をつづけるんだと誓ってくれた。

 努力が必ずしも報われないことだって、現実にはある。勝負事ならなおさらだろう。
 井上さんはそれを受け容れたうえで、でも、とつづけるのだ。「柔道の神さまは『いる』と信じたい。そして、神さまには、自分にかぎらず努力をしてがんばっている選手に微笑んでほしい」――そこに「自分にかぎらず」の一言を挟むところが、おとなの強さと優しさなんだよ、若い諸君。

 シドニーの表彰台に立った22歳の井上さんの姿も確かにカッコよかった。でも、僕はやっぱり……いまの井上さんのヒューマン・ドキュメンタリーのほうが、ずっと深みのある物語になる気がするのだ。

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2007年 05月 18日 読む情熱大陸 |



2007年4月20日 (金)

漫画家・桜沢エリカ

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重松 清

 個人的な思い出話で恐縮だが、桜沢エリカさんには以前たいへんお世話になった。11年前――1997年に刊行した拙作『ナイフ』のカバー装画を描いていただいたのだ(現在書店にひっそりと置いてあるはずの文庫版でも、その絵を使わせてもらっている)。

 ダメもとの、だいそれた願い事だった。だが、『ナイフ』という作品集は、いじめを題材にしている。「いま」のリアルないじめを描いたつもりだ。嘘くさい絵は欲しくなかった。「いま」の少年――それもいじめに遭っている少年のリアルな姿をカバーに掲げたかった。だとすれば……桜沢さんしかいないじゃないか……。

 桜沢さんは仕事を受けてくれた。そして、僕たちの期待をはるかに超えるイラストを描いてくれた。うつむく少年の立ち姿も、横顔も、着ているファッションも、すべてがぞくっとするぐらいリアルだった。

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重松 清

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 いかがだろう。3月18日オンエアの作品をごらんになった方は、きっと大きくうなずいてくれるはずだ。桜沢さんというひとは、ずーっとそうだったんだよ。11年前も、それ以前も……。

 桜沢さんの日常を追った今回の作品は、400万円のエルメスのバッグをこともなげに持ち歩く彼女の姿を冒頭に置いて、まずは華やかさを僕たちに見せつける。少々挑発的な言葉や行動も、あえて隠さない。しかし、すぐさま仕事中の彼女を見せることで、その華やかさが決して浮ついたものではないのだと伝えてくれる。

 家族が出る。ハウス・ハズバンドの夫と、一家の大黒柱としての妻――それじたいに過剰な主張を持たせようとするのは、ある面では簡単だ。新しい夫婦像とか、ジェンダーフリーとか、頭でっかちの理屈はいくらでもふりかざせる。しかし、番組は二人につまらない主張はさせない。夫はにこにこと微笑みながらわが家のカタチを語り、桜沢さんはあっさりと「向き不向き」で話をまとめる。自然体なのだ。

 二人は夜遊びだってするし、キスだってする。でも、仕事中の桜沢さんはジャージなのだ。子どものお弁当をつくる夫は、おにぎりやおかずをかわいらしく盛りつけるのだ。そんな日常のディテールを積み重ねたうえで、場面は華やかさへと飛翔する。まばゆい光の中に飛び込んだかと思えば、すぐにまた、日常へと戻る。その両極をつなぐものこそが「いま」――まさにラブストーリーと育児ものを並行して描きつづける桜沢さん自身の姿に重なる。

 しかも、視聴後しばらくすると、プロローグがじわじわと胸に染みてくる。バブル時代の女性マンガ家たち――岡崎京子は交通事故に遭って療養中で、中尊寺ゆつこは亡くなり、原律子もひさしく作品を発表していない。バブル時代の「いま」を描いた四人の中で、2007年の「いま」を描いているのは桜沢さんただ一人……。

 番組ではバブル世代のマンガ家として桜沢さんを位置づけていたが、僕はそこに「男女雇用機会均等法世代」という座標軸も置きたい。まさに「女性だって大黒柱になっていいんだ!」という価値観で社会に出た彼女たちを象徴する桜沢さんを支えるものは、じつは日常にひそむ「いま」の確かなディテールだった――というのは、なんだか男女を問わず、お疲れ気味の40代にとって大きなメッセージになっているような気がする。神は細部に宿る。「いま」だって、きっと。そして……疲れたときには、日常のディテールがおろそかになる。そのとき、僕たちは「いま」も手放してしまっているのかもしれない。

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2007年 04月 20日 読む情熱大陸 |



2007年3月23日 (金)

“クープ・デュ・モンド”パティシエ世界大会日本代表

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重松 清

 毎週オンエアされる『情熱大陸』をずっと観ていると、各作品のテンポの違いに驚かされる。じっくりと腰を据えて「情熱」のディテールを舐めるように写し 取る回があるかと思えば、逆に、あえてラフに仕上げて「情熱」の生み出すグルーブをそのまま伝えてくれる回もある。もちろん、30分のドキュメンタリーに 求められる「基本テンポ」はあるのだろうが、それをベースに、変幻自在にスピード感が変わるところにこそ、『情熱大陸』のフトコロの深さと広さがあるのだ ろう。
 2月11日オンエアの、パティシエ世界大会日本代表の回は、アップテンポ――それも、かなりのスピード感で構成されていた。

 無理もない。一人の人物を追いかけるふだんの回でさえ、30分の尺からあふれ出しそうなのに、今回は三人。しかも世界大会という大きなヤマ場まである。悠長に構成していては、途中で時間切れになってしまう。それでいて駆け足にたどりすぎると、いわば「あらすじ」だけで終わってしまいかねない。
 洋菓子界の世界最高峰の大会の凄みをしっかり伝えつつ、それに挑む日本代表チームの姿を活写し、なおかつ、チームのメンバー3人のドラマをきちんと描き出す……断言してもいいが、これ、一時間番組のネタだと思うのだ。三人のメンバーそれぞれの日常生活に密着し、本番に向けての試行錯誤の日々を描き、世界大会の模様を実況中継ふうにサスペンスたっぷりに伝えていけば、一時間なんてあっという間ではないか。
 それを30分でまとめるために、スタッフは大胆な「決め打ち」をしてきた。
 三人のうち、日常生活のドラマは日本代表の座を8年がかりで射止めた市川幸雄さんと27歳の長田和也さんに絞って、しかも「奥さんの応援」というピンポイントで勝負した。私生活があえて省かれた藤本智美さんは、そのかわり、世界大会本番での主役の座を任されることになる。
 おそらく、カメラやマイクがとらえたドラマは、もっともっとたくさんあったはずだ。それをそっくりそのまま番組の中で紹介することができたなら……とスタッフは一度ならず思ったはずである。ジャンルこそ違え、僕も週刊誌のライターとして毎週記事を書いてきた身である。「あと1ページあれば、このエピソードも伝えられるのに」「あと3行だけでも増えれば、この一言を入れられるのに」と毎週のように思っていた。
 しかし――僕は知っている。集めた材料をそのまま文章にした雑誌記事は、確かに盛りだくさんではあっても、焦点がボケてしまって、かえって読者にポイントが伝わらなくなってしまうのだ。
 それはドキュメンタリーでも同じではないだろうか。絞ること、捨てること、あえて隠すこと……一見すればネガティブな姿勢に思われがちの、その選択にこそ、プロの手腕が問われる。「増やす」ことではなく、むしろ逆に「減らす」ことが、つくり手のセンスや志をくっきりと見せてくれる。
 今回の番組、みごとな絞り方、捨て方、隠し方を見せてくれた。ドラマの要素を減らすことで三人のパティシエの情熱を際立たせ、なおかつそこに物足りなさを感じさせなかった。もちろん、その最大の殊勲者は、番組のラストで美しい涙を流してくれた奥さん二人ではあるのだが……ラストの涙から逆算して物語を組み立てていくことだって「あり」なのだ。ドキュメンタリーは決して、実際にあったことをただ撮っただけでできあがるものではない。その素材から、なにを捨てて、なにを残すか。どこを隠して、どこを見せるか。編集の技、堪能させてもらいました。

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2007年 03月 23日 読む情熱大陸 |



2007年3月 9日 (金)

早稲田大学ラグビー部監督・中竹竜二

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重松 清

 『情熱大陸』とは、いったいどの世代に向けてつくられたドキュメンタリーなのだろう。
 もちろん、日曜日の夜という時間帯を考えると、全世代的に愉しめる番組だというのは間違いないのだが、登場するひとや描き方によって、「これは若い連中にウケるだろうな」「『わかるわかる!』と快哉を叫ぶオバサンは多いだろうなあ」といった「色」は出てくるだろう。1月21日オンエアの、早稲田大学ラグビー部監督・中竹竜二さんの「色」は、まさにいぶし銀。若い連中よりも、むしろ人生の哀歓を知り尽くしたオヤジにこそ味わっていただきたい物語だった。

 もっとも、中竹さんの年齢は33歳――まだじゅうぶんに若い。監督という立場を考えたら、若すぎると言ってもいいほどだ。
 しかし、中竹さんの言葉の一つひとつには、オトナを納得させるシブさと重みがあった。
 カリスマとして鳴らした前監督・清宮克幸さんの後継者として名門ワセダを率いる。しかも、大学選手権を制した前年度の選手も多数残っている。まったくもって損な話ではないか。うまくいってあたりまえ、失敗すれば、優れたカリスマだった前任者といやおうなしに比較されてしまう。そんなプレッシャーの中で苦闘する中竹さんが語った、二つの「責任」に――オヤジは泣くのだ。
 勝つ責任。わかる。しかも、中竹さんは、その前に「学生たちに任せた責任」という重荷も自らに課した。そこにこそ、中竹さんの真骨頂がある。「情熱」の所以がある。
 だって、よーく考えてみると、この二つは矛盾しているのだ。学生たちに任せたのなら、勝敗の責任も学生たちに負わせればいい。勝つ責任をまっとうしたいのなら、最初から最後まで自分で学生たちを引っぱればいい。そうしないと、「口出ししたいのに我慢して、その結果負けてしまった責任を自分が取る」という、なんとも悔しいことになってしまうではないか。
 だが、中竹さんはあえて、その矛盾を引き受けた。学生たちの自主性が育つのを辛抱強く待ち、学生たちを引っぱるのではなく、彼ら自身が走りだすためにハッパをかけつづけ、そして、宿敵・関東学院との一戦に敗れたあと――「すまん」と詫びた。
 その万感込めた「すまん」の重みは、人生経験を積んで「父親」や「管理職」と呼ばれる立場になったオトナの胸に、熱く染みるはずだ。あるいは、子どもたちを「教える」ことや「育てる」ことに苦闘する教育関係者は、中竹さんの姿にわが身をきれいに重ね合わせて、「そう、そう、そうなんだよ、教師の難しさは……」と涙するかもしれない。まったくもってオトナの作品だったのだ。
 それにしても、ドキュメンタリーにとってスポーツという素材は、ほんとうにヤッカイなものだ。「勝ち」と「負け」がはっきりと出てしまうために、特に試合を作品のヤマ場に置いた場合には、その結果で作品の意味合いがまったく違ってしまうこともありうる。
 今回の作品だってそうだ。ワセダ勝利で締めくくることができたなら、「カリスマにならない新たなカリスマ誕生!」という形で明るく仕上がったはずだが、残念ながら、結果は敗退、それも惜敗だったからこそ、「中竹イズムの失敗」というふうにも解釈されてしまいかねない物語になってしまった。
 しかし、「負け」をただの結果として終わらせないのも、ドキュメンタリーの持つ力なのだ。中竹さんやワセダにはきわめて不本意な話だとは承知で言わせてもらいたい。僕は、この作品、「負け」があったからこそ深みが生まれたのだと思っている。ほろ苦い『情熱大陸』――オトナの味だったよ。

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2007年 03月 09日 読む情熱大陸 |



2007年1月19日 (金)

国連職員・忍足謙朗

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重松 清

 やってくれたね、『情熱大陸』――その一言が、番組を見終わったときの最初の感想だった。なにしろ今宵は12月24日。クリスマスイブ。一年中で最も華 やいで浮かれた夜に、おそらく番組の年間ラインナップの中でも最もシビアな「現実」を突きつけた、その覚悟に、まずなにより最上級の賛辞を捧げたいと思 う。
 それは決して、単純な反骨精神といったレベルの話ではない。テレビの定時番組という枠の中でオンエアされる作品は、「いつ放送されたか」も含めて論じられるべきだ、と僕は考えている(もちろん「作品そのものの持つ力」を認めたうえでの話だ)。
 その意味では、スーダンで食糧援助をおこなうWFP(国連世界食糧計画)職員・忍足謙朗さんを描いた今回の作品は、「クリスマスイブにオンエアされた」ことによって、作品世界にさらなる重みと奥行き、そして苦みをも得たのではないだろうか。

 スーダンの紛争と飢餓、恥ずかしい話だが、僕はほとんど知らなかった。いや、知っ