全日本女子バレーボール・竹下佳江
周知のとおり、日本女子バレーは北京オリンピックでメダルに挑む。その原動力の一つとなっているのが、キャプテンでもあるセッター・竹下さんの存在だ。
日本代表が出場権を獲得したのは5月23日――スポーツマスコミが大騒ぎしたのは、いまも記憶に新しいところである。竹下さんを描いた『情熱大陸』は、そのお祭り騒ぎのさなかにオンエアされたことになる。
ところが、番組のトーンに浮ついたものは一切なかった。ナレーションにもあったとおり、とにかくめったに笑わないのだ、竹下さんは。特に髪をキリッとまとめてコートに立ったときの表情やまなざしは、撮影クルーも思わずたじろいでしまうのがわかるほどの、殺気とすら呼びたくなる迫力に満ちている。しかも、彼女の厳しさは、単純な「スポ根」ではない。もっと深い。もっと重い。番組はその深さと重さをさぐっていくのである。
かつて世界に冠たる「東洋の魔女」だった女子バレー。男子バレーやサッカーと同様、かつての栄光の記憶が「いま」に与えるプレッシャーは相当なものだろう。特に竹下さんの場合は、メダルどころか出場すらできなかったシドニー大会の予選を戦っている。捲土重来を期したアテネ大会でもメダルには届かなかった。その悔しさに加えて、彼女の場合には、身長という、自分の力ではどうにもできない悔しさもある。テクニックやパワーをどんなに磨き抜いても、159センチの身長が180センチ台になることはありえない。そして、ネットを越えてボールを打ち合うバレーボールという競技は、どう考えたって背が高いほうが有利なのである。
そんな悔しさを背負いながらチームを北京へと導いた竹下さんのドラマを、番組はことさら美談仕立てにはしなかった。
「小さな巨人」という言葉があるとおり、スポーツドラマでは小柄な主人公が大活躍するのは定番である。そこに「大きな外国人選手に小柄な日本人が立ち向かう」という五輪ならではの物語を重ね合わせることも簡単だろう。しかし、番組は、五輪出場決定を物語のクライマックスにはしなかった。竹下さんの背負ってきた悔しさがこれで報われた、という終わり方にはしなかったのだ。
出場決定の翌日、自宅にカメラを迎えた竹下さんが満面の笑みを浮かべていれば、なるほど物語はきれいにまとまっただろう。だが、現実には、彼女は笑わなかった。番組も、その意味をきちんと受け止めていた。
戦いは終わっていない。いや、むしろ、ここからほんとうの戦いが始まる。番組は、竹下さんの悔しさを「解決」させなかった。彼女はまだ背負っている。だからこそ、五輪本番では、その悔しさがチームを支える大きな力となるはずだ。今回のドキュメントを「悔しさが報われた笑顔」でまとめず、「笑わないキャプテン」の姿をまっすぐに描いた番組は、北京での戦いに臨む彼女へ最大の敬意を払ったのだと思う。ベテランは、あくまでも現役選手――戦いのさなかにニコニコ笑うことなんて、ありえないのだから。



