2009年12月11日 (金)

青木良太さんの本棚



幅允孝

 陶芸家・青木良太の個展へ伺い、実際に作品を目にする機会があった。透けそうなほどに繊細でなめらかな素材感、虹色に輝く金属のような釉薬、溶け出した溶岩のようなテクスチャー…。どの器も一筋縄ではいかないような存在感を放っていた。彼自身にもお会いできたのだが、テレビで見たのと同じように黒いターバンを巻き、大きなシルバーのピアスをつけ、一見すると美容師か何かのようで、およそ陶芸家のようには見えない。

 しかし、陶芸に向かう彼のその姿勢は、まるで科学者のようだ。釉薬の配合は0.2g単位で行われ、何と年間に2万5000種類ものテストを重ねている。オリジナルの配合レシピはすでに40種類も完成させているが、それでもまだ実験はやめない。『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』という本があるのだが、ここに出てくる10名の科学者たちは、動物実験を行った後、最後は自分の体を実験台として研究を行った。有名なのは、キュリー夫人。彼女もまた自分の体を犠牲にして、ラジウム研究に身を捧げた人物である。科学者たちが身を挺してまで徹底的に探求する姿。それは、青木良太の陶芸に対する姿勢とも通じるところがあるように思える。人のため、世のため、そして「自分の想像以上のものが見てみたい」という並外れた好奇心が彼らを動かしているのであろう。

 青木が自ら土を掘り起こして作陶する場面があったが、それを見て『一色一生』の著者である染織家・志村ふくみのことを思い出した。彼女は、草木染めによる作品を独自の分野で開拓し、注目を集めた人物。現在85歳の人間国宝でもある。自然から恩恵をいただいて、それを作品に込める姿勢に二人が重なって見えたのだ。また、本書の中で彼女は「運・根・鈍」こそが仕事をなす上で重要であると説いている。「運」は、自分にはこれしか道がないのだと思いこむようなもの。「根」は、粘り強く一つことを繰り返し繰り返しやること。そして「鈍」とは、材質を通しての表現である工芸は、絵や文章とは違い、直接ものをいうわけにいかない「鈍」な仕事なのだということ。青木の仕事はまさにこれに当てはまるのだと思う。「陶芸と心中したい」というほどの覚悟は「運」、釉薬の研究を繰り返す姿勢は「根」、そして、自然の素材や質感から魅力を発している青木の作品はまさに「鈍」の仕事をしているといえるのではないだろうか。
 青木良太は、工房の壁に日の丸を貼っており、「自称日本代表」と自らのことを名乗る。常に「日本」を強く意識しながら、作品を生み出しているのである。新渡戸稲造の『武士道』は、島国・日本だからこそ育むことのできた武士道精神について語られた本。新渡戸がカリフォルニアにいた際に、日本人のことをもっと知ってもらうため、英語で出版したものだ。「自分が太平洋の架け橋となる」と言った新渡戸は、日本の文化を世界へ、そして世界の文化を日本へ伝えたいと考えたのである。青木自身も世界中に陶芸の素晴らしさ、そして料理によって器を使い分けるという日本独自の文化までもを伝えたい、そう胸に抱いている。だから、スイスの学校へ留学したり、NYで個展を行ったりと世界を見据えた活動をしているのだろう。この二人に共通するのは、日本に目を向けていながらも、その魅力を世界に向けてどう発信するかを考えているところなのだ。今後は日本とNYの活動を半々にするつもりだと語る青木。これからも「日本代表」が世界で活躍する姿を応援していきたいと思う。

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陶芸家・青木良太篇(2009年10月25日放送)

2009年 12月 11日 あの人の本棚は、きっと |



2009年11月 6日 (金)

寺川綾さんの本棚



幅允孝

 ただ綺麗で背泳ぎが速いお姉さん、であるわけはないのだ。僕もむかし喘息持ちで水泳をかなり(僕なりに)一生懸命やっていたから、ちょっとはわかる。僕 の場合3歳から18歳まで水泳を続けて結局愛知県で18番目くらいだったのだけれど、才能なのか鍛え方なのか、どんなに頑張っても超えられない壁がいくつ もあった。そんな壁の向こう側に、まるで軽くひょいと迷い込んでしまったようにしている寺川綾。彼女は一方で、僕が想像もつかない期待と重圧と落胆と達成 感をくぐり抜けてきた人でもある。

 これは経験的にいえることなのだが、水泳選手は泳いでいる時ものすごく孤独である。驚くほど完全に。なぜなら泳いでいる最中には、しゃべれない。隣で練習している誰かにアイコンタクトすることも無理だし、疲れてきたからといって、うしろから誰かが押してくれるような協力プレイなんていうのもない。その日の夕飯のこととか、好きな子のことやらを考えながら優雅に水面を漂う余裕もなく、ただただ無心に、自身の心臓の音と心の声を聞きながら、必死で手足を動かすのみだ。

 アラン・シリトーが書いた『長距離ランナーの孤独』という本があるのだが、主人公のコリン・スミス少年は走りながら同じような境地に辿り着いている。パン屋に強盗に入って捕まり感化院にいれられたスミス少年。長距離走のセンスを買われ、日々クロスカントリーの練習を院長に強いられる彼は、「この孤独感こそ世の中で唯一の誠実さであり、決して変わることのない実感」と走りながら気付いてゆく。院長は、彼が更生し全英長距離クロスカントリーにおいて賞をもらうことが誠実さの証だというが、スミス少年にとってそれは偽善としか思えなかったのだ。寺川綾が泳いでいる時に、なにを考えているのかは彼女にしかわからない。だけれども、「浮いたり沈んだり」を繰り返す水泳人生と1人誠実に向き合ってここまでやってきたのは確かだ。

 寺川綾は自身のことを才能型でも努力型でもなく「勢い型」と笑いながら話す。だけれども北京五輪の選考落選後、水泳人生最後のコーチに選んだ名伯楽、平井伯昌はそんな彼女の泳ぎ方により精密さを求めた。僕らなんかから見れば暗号のようにしか思えない、とにかく厳しい練習リスト。「ワンレッグ」、「キック」、「2アーム」など、ひとつひとつの練習メニューが、寺川に欠けている部分を充たしていく。

 厳しい鍛錬といえば真っ先に思い出す小説はポール・オースターの『ミスター・ヴァーティゴ』なのだが、そんな小説に勝るとも劣らない練習だ。ちなみにオースターの小説の方は何の練習かというと空を飛ぶための修行。やんちゃな孤児のウォルト少年は9歳のときイェフーディという名の師匠に出会う。ウォルトはその怪しげな男に「13歳の誕生日までに空を飛べるようにしてやる」といわれ、穴に埋められたり、酢を満たした桶に放り込まれたり、炎の輪の中に座らされたりして、33段階ある空を飛ぶための修行というより苦行をこなしていくというストーリーだ。ウォルト少年に課せられた破天荒な練習プランに比べれば、圧倒的に理にかなっている平井コーチとの2人3脚の道。ともあれ、どちらにとっても重要なのは、表層的ではない深く厳しい信頼関係だ。世界水泳という大舞台に向けて調子のあがらない寺川に「心のパワーを感じない」と叱咤する平井コーチ。「根幹の揺らいでいる奴は助けたくない」という彼の言葉は、寺川綾という人間そのものを受け入れる覚悟がないといえないセリフだ。一方で、そんな師匠に向かって100パーセントの自分をぶつけることができずに苦悩する寺川。

 空を飛ぶという特殊なスキルを身につけたウォルト少年の人生は果たして幸せだったのか?この本を読めば、そのスキル自体より、そのスキルの周辺にある師匠や友人たちとのつながりこそが宝物だと気付く。背泳ぎが速いという特殊なスキルを極める寺川綾の人生は果たしてどうか?世界水泳惨敗のあと臨んだ今シーズン最後の大会で「なんでもいいから勝ちたかった」だなんて、あっけらかんと言う彼女の魅力を周りが放っておくはずはないと、僕は確かに思っている。

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2009年 11月 06日 あの人の本棚は、きっと |



2009年10月 9日 (金)

白河桃子さんの本棚



幅允孝

 僕の友人に、フリーでライフスタイル系のライターをしている今年29歳の独身女性がいる。現在彼氏はいない。30歳を目前に控え、不安定なフリーという不安もあり、夜眠るとき一人でいることが猛烈に怖くなり、ベッドで丸くなり震えてしまうらしい。正直、初めて聞いた時は彼女のキャラクターも相俟って爆笑してしまった。でも実は、元キャビンアテンダントで、キレイな人なのだ。これから自分の理想と現実の折り合いを、どうつけていくんだろう。

 

世は、その友人もハマる婚活ブームである。そのブームを仕掛けたのが、今回の白河桃子だ。今や女性は、てぐすねをひいて男性を待っている時代ではない。“女性よ、狩りに出よ”と白河は言う。その姿は、『種の起源』でダーウィンが唱えた進化論の“適者生存”論理に、現代女性を適応させようとしているように見えた。過去の自分へ向けるように「もっとうまくやれよ、みんな」と言いたいのだとも語っている。現代農家が抱える過疎化や後継者問題について生の声を聞き、「日本への危機感を感じませんでしたか?」と撮影スタッフに投げかけた白河は、自らの仕事にある種の使命感を持っているのだろう。日本人がこれからも生き残るという大問題の。

「最高の処方箋は“親公認の同棲”」「当人たちの気持ちだけでなく、双方のご両親の大らかな気持ちもあって(『あなたの娘や息子が結婚できない10の理由』)」というように、親との関係性、結婚観の共有が結婚の大事な決め手になるらしい。

 川上弘美の『これでよろしくて?』は、結婚7年目、夫との関係性に徐々に疑問を持ち始めた主人公の菜月が、夫や義母たちとの関係に悩み、何故か参加することになった女性だけの集まり「これでよろしくて?同好会」を中心に話は展開していく。そこでは、家族や夫婦のこと、会社のことなど、さまざまな議題でガールズトークが繰り広げられる。言われないけれど気づくこと、言われた以上に思うこと。新しく家族になった人間たちの物語を通して、未婚では経験できない心の在り様を見つけるため、白河は日々紡がれる様々な物語を通してケーススタディをしているのではないだろうか。

 

角田光代の『太陽と毒ぐも』も、そんなケーススタディに最適な本だ。同棲を共通項に、風呂嫌いな彼女、買い物中毒の彼、万引きが止められない彼女などなど、11種類のちょっと変ったラブストーリーが繰り広げられる。状況は特殊でありながら、いつの間にか共感を呼び起こすその言葉の力に思わず唸ってしまう。白河を信望する女性たちも、これを白河の本棚から抜き出す感覚で読んで、白河の言う「錯覚が大事」や「いろんなことを捨てて、その人に対してどのくらい思えるか」、「条件闘争をしだしちゃうとどんどんだめになる」という言葉を噛み締めてみたら、何かが楽になるかもしれない。

 白河の活動のモチベーションは、将来への危機感であったり、旧態依然とした現状への疑問など、“婚活”に対する問題意識だけではないだろう。「恋愛と婚活は両立する」という言葉は、結婚が持つ制度や契約という側面を超えて、そこに何らかの美しさやときめき、希望があると信じているからこそ、言えるのだと思う。

 

『Saskia(サスキア)』は、木村伊兵衛賞受賞の写真家鈴木理策が、サスキアという女性の結婚式を撮った写真集だ。心地よい天気と空気、そして何より暖かい家族や友人に恵まれながら、山の中で行われたプライベートなウェディング風景が、静かでやさしさに満ちた美しい作品になっている。ただ他人の幸せを覗くということではなく、“幸せな空気”という感覚を美しく、自然に切り取ったこの写真集は、思わず、こんな結婚がしたい!と憧れを抱かせてくれるはずだ。白河の考える幸せな結婚も、やはりこうした自然な形が一つの理想なのではないだろうか。それがめったにない状況だからこそ“理想”なのだし、そんなに甘くないと伝えることが白河の仕事ではあるのだけれど。

 さて、友人の震えが止まる日は来るのだろうか。このまま年をとって、違う震えが来る年まで一人、なんてことにはならないと思うのだけれど、早々に震えが止まるよう、白河さんの活動が彼女にとっても功を奏すことを願っています!

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2009年 10月 09日 あの人の本棚は、きっと |



2009年9月11日 (金)

斉藤和義さんの本棚



幅允孝

 アーティストとミュージシャン。音楽を職業とする人の呼称として、一体どちらが相応しいのだろう。現代音楽家はアーティスト?ミュージシャン? EXILEはアーティスト。SMAPはアイドルでありアーティストとも呼ばれるが、恐らくミュージシャンとは呼ばれないだろう(と思うのだが、そんなこと ない??)。そして、斉藤和義は、どうしようもなく“ミュージシャン”という呼び方がしっくりくる人である。

 デビュー曲が「僕の見たビートルズはTVの中」。ビートルズ、特にジョン・レノンが好きで影響を受けたと以前どこかで聞いた覚えがある。だけれども、斉藤和義のくるくるとパーマのかかった姿は、詩人として言葉を紡ぎながら常に音楽と共に歩み続けて来たボブ・ディランと重なって見えたのだ。ビートルズファンと知りながら、容姿的なこと以上にジョンよりボブに近いものを感じたのは、ベッドからやさしさで世界を包むようなジョン・レノンという存在より、道を歩いて人びとの喜怒哀楽を感じ、歌にしてきたボブ・ディランのほうが、「歩いて帰ろう」や「やぁ、無情」を歌う斉藤と繋がるような気がしたからだ(かつてジョンも狂ったようにボブに傾倒していたことを思えば、遠回しだがリニアに繋がっているのかもしれない)。『ボブ・ディラン全詩集』と『ボブ・ディラン写真集 時代が変る瞬間』は、長いボブ・ディランの活動の軌跡と本質を掴むのに最適の本だ。63年から66年の最盛期やバイク事故後の復活ライブを捉えた写真と、ギンズバーグやバロウズをルーツに持ち、ノーベル文学賞候補にまでなった彼のイメージャリーな詩(詞)が、斉藤の心に静かに広がっているのではないだろうか。「歌うたいのバラッド」に“本当のことは 歌の中にある”とあるように、歌にすることで、ただの言葉であるよりも何倍も多くの思いが伝わることを彼は知っている。

 斉藤和義は猫のような人だ。番組の冒頭とエンディング、彼は大好きな猫と戯れていた。テンションは常に低め、ふらふらといつの間にかどこへでも行ってしまいそうな彼の佇まいは、クールでマイペースな猫と同じ匂いを感じさせる。『猫にかまけて』は、作家であり歌手でもある町田康が、愛する4匹の猫(ココア、ゲンゾー、ヘッケ、ナナ)との日々を綴ったエッセイだ。体重の増量に加え、酒でむくんで顔が丸くなった町田康が、猫に会うなり破顔一笑する様はある種の恐怖ですらあるが、猫は、そんな大の大人ですら思わず脱力させてしまう不思議な力を持っている。妻との二人暮らしプラス猫。町田と斉藤は同じ生活を送っている。斉藤がマイペースでいられるのも、飼っている猫や街で出会う野良猫との触れ合いが大事なポイントになっているのかもしれない。“どうでもいいようなことで悲しんだり怒ったりしているとき、彼女らはいつも洗練されたやりかたで、人生にはもっと重要なことがあることを教えてくれた”。猫が、我々の日々をより充実させてくれるのだ。独立独歩で自分の思うまま生きる猫に憧れと仲間意識を持つからか、音楽家や芸術家には猫を愛する人が多い。藤田嗣治もその一人であり、“(猫は)ひどく温柔か(おとなしやしやか)な一面、あべこべに猛々しいところがあり、二通りの性格に描けるので面白い”という藤田の言葉は、斉藤の穏やかな日常と熱いライブとの二面性を指しているようにも思えた。やはり斉藤和義は猫なのか。

『目まいのする散歩』で、作家・武田泰淳が百合子夫人とともに、病気による目まいでふらふらしながら散歩していたように、思い出のベンチで歌っている斉藤の姿を見ると、病気での目まいはないにせよ、ギター1本を持ってふらっと出かけ、いろいろと夢想をしながらふらふらと歩いては歌っている、そんな姿が思わず頭に浮かんできた。

 つい先日、8月の話。ボブ・ディランが散歩中、20代の二人の警察官に職務質問をされたらしい。警察官二人は、身分証明書を持っていなかったボブ・ディランに気づかず、危うく連行してしまうところだった。御年68歳。怪しかったのかもしれないけれど、泰淳みたいに病気でふらふらだったわけじゃないだろうに。あー、でも、同じように斉藤も散歩中、職務質問で足止めさせられてそうな感じもする・・・

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2009年 09月 11日 あの人の本棚は、きっと |



2009年8月14日 (金)

若田光一さんの本棚



幅允孝

 情熱大陸に出演する方々は皆、自分のやっていることに誇りを持っている。そして、何より楽しんでいる。かくいう自分もそうだ。日常が楽しいのか、仕事が楽しいのかわからないくらい、今の生活が充実しているということなのかもしれない。

 宇宙飛行士という、死と隣り合わせな職業を自らの生き甲斐とする若田光一さんは、いつでも楽しそうに話しをしてくれていた。宇宙での仕事を正直に「怖 い」と語る時にも、そこに潜む未来への可能性に誇りと意義を感じ、喜びを見出しているようだ。何もしなければただ死を迎えるだけの地球の運命に、何らかの 未来を繋ごうとする若田さんの心意気には頭が下がる。

 東京大学応用化学科出身で絵本『だるまちゃんとてんぐちゃん』などで知られる絵本作家、加古里子による『宇宙』は、小さなノミのジャンプから始まり、高層ビルを越え、大気圏、太陽系、銀河系、そしてさらにその先の時空へと展開していく、めくるめく宇宙を知るための科学絵本だ。宇宙や天体への興味は多く子供の頃から始まる。若田さんもそうであり、イマジネーションと科学的描写を見事に兼ね備えた78年刊行のこの本を、恐らくどこかで目にしているはずだ。最後のページには、まるで宇宙飛行士の衛星中継のように、「この ひろい うちゅうが あなたの かつやくするところです。では うちゅうのはてから おわかれします。 さようなら!」と書かれている。この台詞を宇宙へ行った時の予行演習のように読んでいた、なんてことがあってもおかしくない。

 地球の未来を担うという意味と世界での勢力争いという意味で、宇宙計画は壮大な国家事業だ。宇宙服が1着10億円と聞いて、その圧倒的な力の注ぎように「あんな動きにくそうな服に10億!?」と思わず声を上げてしまった。若田さんも違う意味で重荷がのしかかっていることだろう。世界最大の航空博物館、スミソニアン航空宇宙博物館の「宇宙服」コレクションを通して、アメリカ宇宙計画の軌跡を追った『spacesuits』。ロケットばかりにその技術が使われているように思ってしまうが、それを操る人間の宇宙服にも同じように科学技術の粋が集められているのだ。徹底的に追求された機能面だけでなく、ファッションの世界にも影響を与えたそれがどんな変遷を辿って来たのかも、時代意識の変化が垣間見えて興味深い。ただ、我々にとってそれは何よりも先ず美意識ではなく、小さな頃からの憧れからくるかっこよさがある。若田さんと彼を包むオレンジ色の宇宙服に目を輝かせる今の子供たちは、僕らがガンダムで宇宙コロニーを夢見たように、これからの宇宙開拓へと想像力を羽ばたかせるのだろう。

 若田さんのお母さんが話していた、子供時代、帰宅時間を守るため大きな時計を自転車に積んで遊びに行っていたというエピソードは、正確に物事を遂行しなければいけない宇宙飛行士への原点が、そんなところにあったのかと思いがけず納得させてくれた。時間という概念が日常とは違う宇宙空間で、彼らはどんな時間意識で生活しているのだろうか。『日本の名随筆 時』は、地球物理学者寺田寅彦の「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」のような本格的科学随筆から、仏教学者鈴木大拙の仏教的、思想的な時間を書いた「時の流れ」や98歳まで生きた作家宇野千代の「年齢」まで、時間にまつわる多彩な名随筆が集められている。宇宙という悠久の時間と、忙しく日々追い立てられる地球(日本)の日々。宇宙を経験した人間にしか感じる事のできない時間感覚というものはあるのだろうか。気になって仕方がない。

 若田さんは、ミッションスペシャリストとしてロボットアームを操り、国際宇宙ステーションを修理、建設している。何かを修理するということには、何かを創り出す事とは違ったまた情熱がある。宇宙ステーション修理は、『修理—仏像からパイプオルガンまで』で取り上げられる様々な珍しい修理業とは明らかに一線を画すが、そこには常に届ける具体的な相手とその必要性が存在している。日本、人類、地球、そして何よりも全ての人の未来を相手に修理を続ける若田さんの手には、数え切れないほどの夢と希望が重ね合わされている。何より僕の想いも。

 あぁ、早く宇宙へ行ってみたい。莫大なお金や特殊な技術はない。けれど、こうした原稿を書くことで僕らの宇宙旅行を一瞬でも早めることができたらと願っている。

宇宙飛行士・若田光一篇(2009年6月28日放送)

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2009年 08月 14日 あの人の本棚は、きっと |



2009年7月10日 (金)

市原隼人さんの本棚



幅允孝

 やれ草食系男子だ肉食系女子だと男女の類型化がもてはやされ、傾向と対策が日々更新されている昨今だが、流行りばかりを信じて人と付き合ってしまうと、 いつだってその後には破綻が待っている。信じるべきは自分と相手の関係であり、自分自身なのだと思う。そして、最終的にいつの時代でも好かれるのは、不器 用だけど自分に正直で、熱い思いを持ったやさしい男なのだとも思っている。

『人間・市原隼人』は、そんな男である。もちろん『役者・市原隼人』も、である。

 男臭く、やんちゃでがむしゃらな素顔のままの役も多いが、デビュー作「リリイ・シュシュのすべて」の雄一のような、弱さと鬱屈とした心を持つ少年など、彼がこなす役のレンジは広い。番組中に登場した「世にも奇妙な物語」の狂気を秘めたひ弱な大学生と、「ルーキーズ」の安仁屋のような二つの相反する役を演じるのを見ると、スティーブンソンの『ジキルとハイド』を思い出さずにはいられない。ただ演じる役の落差をもって二重人格的だからというのではない。彼が、人間だれしもが持っている様々な二面性を、演技という方法でもって戸惑いながらも不安定に抱えているということに思いを巡らせたからだ。わからないと言いながら、間違いなく彼はこれまでで役の芯(真)を掴んできた。

「理性よりも本能、理屈よりも情熱」という22歳の若者は、一方でガラスのような繊細さを持っている。そんな彼の座右の銘は“自分なり”。それは、そんな彼がこれから吸収していくであろう様々な知識や経験と、自分が信じる自分を貫く時に生じる隙間を埋める方法なのだろう。好きではないと言った芸能界を好きではない芸能人として生き抜くには、そういうことが必要なのかもしれない。“一生役者をやめない”、ファンとの直接の触れ合いからそう決意を固めた彼の目は、圧倒的に澄んで輝いていた。そんな彼の目標を考えると、それはある意味で女優・森光子なのかもしれない。『人生はロングラン―私の履歴書』は、御年89歳にして主演舞台「放浪記」が前人未到の2000回を超え、国民栄誉賞を受賞した森の自伝だ。60代、70代で死ぬまで役者を続ける人はもちろんいる。だけれども、およそ90歳まで死なずにずっと役者を続けた人というのは、ほとんどいないのではないか。年齢不詳なその存在と活動にどれだけの人が勇気づけられただろう。「いつだって、あしたがあると思って生きてきました。あしたになれば、あしたの風が吹きます。あしたを生きましょう!」と書く森と、10代20代30代以降その全てを“がむしゃら”と答えた市原に、同じものを感じることもできるだろう。

 以前、某番組で彼女が中学生からの同級生であることを躊躇無く公表し、島田紳介に「芸能史を変えた!」とまで言わしめた彼の率直さはいったいどこから来るのだろうか。ハワイでの撮影中も、ファンにまで平然と彼女のことを楽しそうに話している。地元意識や友人、仲間を愛する気持ち、本音でぶつかること、ファッション、日本語(J-RAP)への興味などを見るにつけ、彼がポジティブな意味でかつての「ヤンキー」性を持っているのだなと感じられた。『ヤンキー文化論序説』は、オタクばかりが語られる日本カルチャーのなかで、70年代以降通奏低音として確実に存在しながら見過ごされてきたヤンキーカルチャーを、改めて正面から考えてみようというものだ。ナンシー関が根本敬を経由して発した、「日本人の血からヤンキーとファンシーは絶対に消えない」をヤンキー論の嚆矢とし、マンガ、音楽(矢沢永吉から横浜銀蝿、BOOWY、そしてジャパニーズ・ヒップホップまで)、ファッション、建築までからヤンキーの要素を抽出し、分析している。自らカスタマイズし、“志”と背中にペイントしたつなぎ、同い年のボクサー亀田興毅との友情、そのファンたちからの歓待。そして、不良マンガの筆頭『ろくでなしブルース』作者森田まさのりによる、『ROOKIES』主演とそのヒット。ただ、こうしたことから感じられるのは不良やワルだというレッテルではなく、彼のヤンキー性とは、冒頭で書いた、いつの時代も愛される“不器用だけど自分に正直で、熱い思いを持ったやさしい男”のことなのだ。

 彼の評価は役者としてのそれだけではない。本人にとってそれは不本意かもしれないが、その人気は彼の人間力がそれを支えている。市原隼人が天狗になることはないだろう。常に昔を知る仲間が側にいてくれるのだから。ニュートラルな自分を忘れず、これからも素晴らしい演技を見せてほしい。

俳優・市原隼人篇(2009年5月31日放送)

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2009年 07月 10日 あの人の本棚は、きっと |



2009年6月12日 (金)

田中マルクス闘莉王さんの本棚



幅允孝

「おい、闘莉王あがりすぎだろー!戻れ、戻れ」。僕はサッカー日本代表の試合を見ながらTVに向かって何度か叫んだことがある。特に彼は、試合の中でも絶 対に点を取られてはいけない、言い換えると何とかして1点欲しい緊迫した局面で、ディフェンダーながらすごい勢いで前線に駆けあがって味方の加勢をしにい くのだ。

 田中マルクス闘莉王。いまの日本代表のディフェンスラインを支える屋台骨であり、そんな代表の中で最も気持ちを全面に押し出したプレイで観るものの心をつかまえる選手。その愚直ともいえる前へ前への推進力は、彼がこれまで歩んで来た道のりから生まれたものだ。

 日系三世である闘莉王は、16歳の時初来日。サッカー留学ではあったものの、そのスポーツでは無名の進学校でのプレイ。しかも今の流暢な日本語からは信じられないが、その当時はまったく言葉がわからず、テレビドラマを何度も巻き戻して見たり、作文をしたりして、ひとつひとつ0から学んだのだと言う。番組の中で紹介されていた原稿用紙に書かれていたのは、教科書でお馴染みの『スーホの白い馬』の感想文。そしてその絵本の傍らには、こんな本があってもいいだろう。『Ai ジョン・レノンが見た日本』。あのジョンが日本語を学ぶ時に使ったイラストと言葉がそのまま本になった1冊だ。例えば、「ikiru」という言葉には、花を摘んで眺める人のペン画が描かれており、ジョンが「LIVE=生きる」という言語を自然との共存として認識していたことがよくわかる。闘莉王も、きっと自分なりの掴み方で日本語を、そして日本という国の輪郭を少しずつ自分のものにしていったのだろう。

 田中マルクス闘莉王には好きな言葉があり、それは「気合い」だと言う。そんなマインドが培われた場所は母国ブラジルの家族の輪の中だった。厳格な父と、イタリア系の母。遠い日本からブラジルへやって来て、その土地における田中家の礎を築いた祖父と祖母。『目でみるブラジル日本移民の百年』という1冊を開いても明らかなように、明治41年に781人の日本人がサントス港に上陸してから100年を超え、150万人もの広がりを持ったブラジル日系人社会。厳しい環境の中で、ブラジルと日本の多文化社会の間を揺れ動きながら、自らのアイデンティティと生活の場を確立してゆくには、確固たる意志が、断固たる決意が必要だったに違いない。柔和で優しく見える祖父母や、大きな愛で包み込むような両親の背中が、闘莉王に「気合い」という言葉の真髄を理解させたことは、容易に理解できる。「欲しいものがあるなら自分で働け」と13の時から闘莉王を会計事務所で働かせた父。彼も教師の職に就きながら40歳を過ぎてから弁護士になる勉強を始め、後年資格を取ったのだと言う。ブラジルの家庭の風景といえば、陽気な音楽とサッカーボールと闘莉王がつくっていたような美味しそうな郷土料理ばかりではないらしい。彼の故郷には不退転の強い意志が宿っていたのだ。 

 ブラジル生まれの日本代表、闘莉王。かつて日本のことを「境界国」とよんだ思想家、内村鑑三も武士の子として生まれながら、キリスト教に帰依し境界を歩んだ者だ。そんな内村が英文で書き記し、新渡戸稲造の『武士道』や岡倉天心の『茶の本』と並んで、近代日本の精神をかたち作ったといわれる名著が『代表的日本人』だ。西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮という5人の異分野の先駆者を取り上げ、日本人が世界との距離感をどう取り、どう生きていくべきかを語っている。日本代表の誰よりもナショナルチームでプレイする誇りを感じさせる闘莉王。彼もまたボーダーを生きて来たもの故に、日本を代表するということの真意が自然に身に付いているのかもしれない。

 闘莉王は、次の試合でも緊迫した場面にすごい形相で味方の加勢に前線まであがっていくのだろう。だけれども、そのリスクにドキドキしながら、きっと期待感がそれを上回るに違いない。何と言っても彼は、気合いのはいった不退転の意志を背負う男なのだから。

プロサッカー選手・田中マルクス闘莉王篇(2009年4月19日放送)

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2009年 06月 12日 あの人の本棚は、きっと |



2009年5月 8日 (金)

松本隆さんの本棚



幅允孝

 松本隆は飄々としている、いろいろなことを軽々と越えてしまう。2000曲以上の作詞をする人間とはこういうものなのだろうか。他に較べられる人が存在 しないから、何とも言えない。“飄々”は、還暦を向かえる男を評するには随分失礼な言葉なのかもしれない。だが、彼の出自である「はっぴいえんど」のメン バーたちの醸し出す自由な雰囲気を想い出しても、やはり飄々なのだ。では、その飄々は松本隆のネイチャーなのか?少なくとも、外交官の父親を持ち、中学校 から慶応に進んだおぼっちゃんだからというわけでは、決してなさそうだ。

 彼は、意識的に自然でいようということではなく、最初から最後までただただ自然である。ただ、あまりに自然過ぎて、僕らは本当の彼がどこにいるのか探してしまう。だが、“本当の自分”なんていないと考えている僕にとって、数多ある松本の歌詞世界こそが彼そのものなのだと思う。言葉(ランガージュ)をその基礎におく構造主義の入門書『寝ながら学べる構造主義』は、“本当の自分”がいないことを理解する上でも格好の本だ。自分はいないし、言い換えると自分は無数にいるということ。自分という人格は、相手によって無数に存在するということであり、歌詞を通してコミュニケーションを取る彼にとっては、歌詞の数だけ彼があるとも言えるかもしれない。

 愛してる、好きだという言葉を使わずにその気持ちを伝えること。それが歌になると松本は言う。谷川俊太郎の詩集『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』は、そのタイトルのように、安易に直裁な感情を語るのではなく、そこにある出来事、風景を平易な日常の言葉で語り、中からじんわりと立ち上がって来る関係性の網の目を書いている。松本が好きな中原中也作品とはまた違った意味で、作詞家松本の言葉の可能性を再確認できる。

「ですます」を用いた彼独特の歌詞世界には、確実に彼がその中にいると思ってきた。というのも、そこにはいつも彼の視線と日常があったからだ。「絵にしてから歌ってほしい」と歌い手に伝えているのは、自分が見て、経験して考えた世界が、彼の核としてあるからだろう。写真家リー・フリードランダーが、ショーウィンドウやガラス、鏡に映った自らの姿の撮影した『Self Portrait』は、自分が押すシャッターによって風景と自分を混ぜ合わせる。「風をあつめて」の“ぼく”が、見えている風景の先に自分を夢想することと、レンズを通して自分を見つけるフリードランダーの視線が、ダブるような感覚がある。

 はっぴいえんどからアグネス・チャン、オリジナル・ラヴ、矢沢永吉に氷室京介まで。それらの世界を繋ぐ、彼の言葉の領域はそうとうに広い。「言葉好きなんだよね」。この言葉はたまらなく響いた。最後の職業作詞家。僕らなりの彼を見つけるには、彼が書き、歌われた言葉をもっともっと聴き取っていかなくてはいけない。2000曲・・・、一体どこまで聴けるだろうか。

作詞家・松本隆篇(2009年3月15日放送)

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2009年 05月 08日 あの人の本棚は、きっと |



2009年4月10日 (金)

秋本治さんの本棚



幅允孝

 神は細部に宿る――。

 週刊少年ジャンプで33年間連載を続け、163巻、1億5000 万部の出版部数を誇る国民的マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を描く秋本治のマンガ作法をみて思った言葉だ。

 誰もが知っている日本一お調子者の警察官、両津勘吉とは全く正反対とも言えるような性格の持ち主である秋本。『こち亀』第1回目の原稿からしっかり事務所で整理保管し、事務所では9時の時報で仕事を始め、20時の時報で帰る。競馬も競輪もやらず、スタッフへのクリスマスプレゼントも忘れない。そんな彼を漫画に誘い、ぼろぼろになるまで読み込んだという本が、『石ノ森章太郎のマンガ家入門』だという。1967年に出版された『少年のためのマンガ家入門』というタイトルの復刻本であるこの1冊。良い絵の描き方ではなく、マンガ表現の方法論や可能性、そして繊細な心理描写の絡むストーリーをいかにわかりやすく読者に伝えるのかを入門書ながら丁寧に、徹底的に、教示してくれる。それはまさに石ノ森章太郎というマンガ家の核を子供達に伝える手紙のような名著。そして、『こち亀』のひとつひとつのディテールを幾重にも丁寧に積み重ねていくやり方は、こんな1冊が起源になっているのかもしれない。

 秋本のマンガ作法の中でユニークな部分のひとつに、細やかな新聞の切り抜きという作業がある。新しい流行やテクノロジーに敏感な主人公の両さんの遊び道具のソースは、こんなところに転がっていたのだ。悲しい事件や不安な未来ばかりが騒がれる毎日の報道のなか、願わくば、彼が切り抜く新聞の記事が、『グッドニュース』のようにポジティブなものに彩られていると嬉しい。エコ/環境本が、(必要ではあるのだけれど)悲観的な事実を並べることが多いのに対し、『グッドニュース』は、これまでに起った、もしくは今起っている環境問題の“グッドニュース”ばかりを集めた本なのだ。ネガティブばかりを見つめるのではなく、ポジティブなことを伸ばす精神的な余裕が、秋本の仕事への意識には感じられる。

 全く正反対とも言える秋本治と両津勘吉ではあるが、二人をつなぐキーワードを挙げるなら「好奇心」に尽きるだろう。秋本は、知っていると思っていた日常の風景の変化を見逃さない。取材で訪れた浅草の遊園地「花屋敷」の入口ゲートの変化に気づいたかと思えば、浅草寺の社務所の工事を宮司さんに取材している。生物学者レイチェル・カーソンが、彼女の姪の小さな息子ロジャーのために書いた『センス・オブ・ワンダー』は、ロジャーが海や森を巡り、様々な植物や鳥の声、風の音、輝く星空などに示した反応や感性を、レイチェルがやさしく表情豊かな筆致で綴った本だ。多様で細やかな生命への視線が、世界を豊かにしてくれる。そうした“センス・オブ・ワンダー=不可思議なことを感じる感覚”を持ち続けることが、『こち亀』のような超マラソン的活躍には必要なのだろう。

 あれこれと秋本と両さんと本のことを考えながら見ていて、番組の最後、僕はニヤリとしてしまった。そこに映っていたテレビカメラやマイクを興味深そうに眺める秋本の眼差しは、まさしく両さんの好奇心満々のあの眼だったのだ。

漫画家・秋本治篇(2009年2月22日放送)

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2009年 04月 10日 あの人の本棚は、きっと |



2009年3月13日 (金)

長瀬智也さんの本棚



幅允孝

 誰に言ったこともないし、これからも言うことはないと思うのだが、僕は意外とジャニーズが好きだ。日本において、女性のアイドルといえば、花の中三トリ オ(当時)からモーニング娘。やAKB48なんかまで様々にいるわけだが、男性のアイドルとなると完全にジャニーズの独壇場である。そして今回、そのジャ ニーズの数少ないバンド形式のグループTOKIOのヴォーカル長瀬智也である。これまで、バラエティやいくつかのドラマで彼の姿を見てきたが、背の高い彼 が演じてきた野方図で圧倒的に自由な(でも、実はいろいろ気遣っている)役を見るにつけ、これは絶対普段の彼自身と重なっているはずだと思っていた。そし て、やはりそうだった。ある程度は。野方図は当てはまっていないが、自由であり、常に人を楽しませ、自分も楽しむところは共通している。

 長瀬が少年時代に熱中し、そして休日には今も続けているスケートボード。自分が滑る場所全てが遊び場になるスケボーは、彼にぴったりだったのだろうし、むしろそれが彼を作ったとも言えるかもしれない。自身子供の頃からスケボーをしてきた写真家平野太呂の写真集『POOL』は、スケーターがバンク(傾斜)として滑った、アメリカの西海岸にある空き家となった高級住宅街のプールを撮影したものだ。廃墟となった虚栄の象徴を遊び場にしてしまう、スケーターたちの自由さに思いを馳せると、そこに長瀬智也の影を追うことができそうな気がしてくる。

 大人になって、子供のようにいることは、意外に難しい。個性を重要視される芸能界においても、そこは変わらないと思うのだが、長瀬智也という男は、男の子のままでいる。同じTOKIOのメンバーである国分太一に、「何も出てこないですよ。ふわっと生きている。かしこまったところを見たことがない。奇跡の男ですよ」と言わしめる彼のとらえどころのなさは、世の中(大人)の規範に絡めとられず、目の前のことに対して、動物的な素直さで反応しているということなのかもしれない。まるでワクワクする日々の冒険を楽しんでいるようだ。『冒険図鑑』は、動物的な感覚が最も楽しめる野外生活の案内書だ。歩く、食べる、寝る、作って遊ぶ、動・植物との出会い、危険への対応の6章からなるこの本は、遊びごころと好奇心を、どうやって楽しみながら生活にアジャストさせればいいのかを、ほぼ全ページに渡る詳細なイラストで示してくれる。彼は、周囲の人たちが冒険図鑑を読む代わりに、日々の楽しみ方を身をもって示してくれているような気がしている。長瀬のような、主体的に楽しめるエンターテイナーは圧倒的に場の空気を暖めてくれる。

 長瀬は“演技において、一番大切にしていることは?”という質問に、「(演じる)そのときに、その場で何を感じるかです。計算ではできないことばかりです」と答えた。彼がいう現場での即興性の重要さは、その感性の鋭さと自分自身の感じることを大切にしたいという意志の強さが言わせたことだろう。ギタリストであり、即興演奏家として知られるデレク・ベイリーの『インプロヴィゼーション』は、タイトルのとおり、様々な音楽ジャンルにおける即興演奏についての本だ。様々な音楽の歴史を敷衍した上でのベイリーが語る「イディオムの解体」「規則の崩壊」は、ただ即興という言葉だけを抜いて長瀬の演技論に援用はできないが、今ここで起きている事象をしっかりと感じ、目を開いて見ようとする彼の生き方と、細かな点と点ではあるが、繋がっているのではないかと、彼のアンプラグド・ライブの熱唱を見て感じ入っている。それにしても、ステキな男子だ。

タレント・長瀬智也篇(2009年1月25日放送)

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2009年 03月 13日 あの人の本棚は、きっと |



2009年2月13日 (金)

渡辺明さんと羽生善治さんの本棚



幅允孝

 あんな白熱した将棋は、見たことがない。『情熱大陸extra』で放送された渡辺明と羽生善治による竜王戦。極限状態でためされる人間の集中力、決断 力、想像力を駆使した2人の勝負には、将棋の細かなことなんて全くわからない僕でも、なんだかハラハラさせられてしまった。

 放送の中でいくつか印象的な言葉に出会ったのだが、特に羽生善治がいった集中に関するコメントが興味深かった。「深い集中力は海へ潜るステップと同じ」。映画『グラン・ブルー』で有名なフリーダイバーのジャック・マイヨールは、自著『イルカと、海へ還る日』の中で、100メートルをも超える深海に潜っていく恐怖と高揚について書いている。誰もいない暗く深く静かな海の中。そこで、海水と一体になり溶けてゆくような不思議な感覚。そんな誰も経験したことのない海底のような場所で、この2人は将棋盤を挟んで向かい合っているのだろうか?

 縦横9マス、計81マスに区切られた将棋盤の上で8種の駒を操るこの将棋というゲーム。その限られたグリッドの中で、無限の指し手を駆使しながら、ひらめきと理論の間を行ったり来たりするのだろう。羽生は「完璧な将棋は存在しない」というが、その答えの出ないゲームを探求する姿勢は、まるで物理学者が宇宙の謎と向き合うときのようだ。圧倒的な未知への好奇心。理論物理学者のミチオ・カクが書いた『パラレル・ワールド』には、宇宙の起こりからビッグ・フリーズと呼ばれるその終焉、さらには多元宇宙=マルチバースへの脱出などなど、下手なSFよりもぶっ飛んだ宇宙の話が、驚くべき豊かな比喩を用いてわかりやすく描かれている。それはきっと、盤をながめる棋士の脳内でおこる物語に近いはずだ。

 竜王戦は羽生が調子よく3連勝を飾り、追い込まれる渡辺竜王。第4局も終盤までは羽生が優勢に対局を進める。ところが、ここで「打ち歩詰め」に気づいた渡辺が一気にうっちゃって形勢逆転。「肉を切らせて骨を断つ」戦法が功を奏し、シリーズの流れを大きく左右する分岐点となった。これぞ野村監督のいう「やけくそではなく、ひらきなおり」の力か?こんな時、いつも僕が思い出してしまうのが1989年のプロ野球日本シリーズ。3連勝した近鉄バッファローズが読売巨人軍に4連敗を喫してしまうドラマティックな伝説の日本シリーズのことだ。熱烈な近鉄愛の立場からこのシリーズの詳細をルポした佐野正幸の『嗚呼1989 G線上のバリア』を読むと、勝負ごとでは確かに「勢い」の移りかわりは存在することがわかる。そして、今回の竜王戦も勢いそのままに渡辺竜王が史上初となる永世竜王の称号を勝ち取ったのだった。

 敗れた羽生善治。のちのインタビューで「負けた理由はわからない」といったことに僕は少し驚いた。何十手先まで読み、すべての指し手が理論的に裏付けられているように思える彼にだって、わからないということがあるのだ。フィリップ・K・ディックが1968年に書いたSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?』は、人間と人造人間との境界を描いた物語だ。この主人公リックは、限りなく人に近い精巧なアンドロイドと接して人間とは何か?という大命題にぶちあたり悩む。だが、少なくとも羽生善治の敗北をみて、人間だから負けることもあるのだと僕には思えた。そして、敗北すら美しく感じられるというところに、この将棋という人の極限を試すゲームの醍醐味が隠れていると確信したのだ。 

情熱大陸extra 棋士・渡辺明/羽生善治篇(2008年12月28日放送)

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2009年 02月 13日 あの人の本棚は、きっと |



2009年1月16日 (金)

金本知憲さんの本棚



幅允孝

 誰かの本棚を眺めていると、その人の深い部分がどんどん見えてくる。ほんとに大切にしているものや、ここまでの来歴、チャーミングな素の部分などなど。 コラム第1回目の今回は、先日観た阪神タイガースの4番バッター金本知憲選手の情熱大陸を元に、僭越ながら彼の本棚を予想してみたい。

 連続試合フルイニング出場の世界記録を更新中の金本選手は、そのレコードを続けることで自分の中の「ある均衡」を保っているようだった。40歳になる体 のいたるところに怪我を抱えながらも、プロ野球選手として日々戦うための張りつめた糸。それと同じような糸を持っていた2人の本をまず思い出した。

 1人は、19世紀にフランスで郵便配達夫をしていたおじさん。名をフェルディナン・シュヴァルという。『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』という本に詳しいのだが、フランス南部の片田舎で郵便配達をして生計を立てながら、ある日出会った不思議な形をした石に魅了され、それを自宅庭先に積み上げるという行為を始めた彼。以来33年間ずっと休むことなく、配達の道すがら石を拾い、仕事後に1人だけの石ころ建築物を造り続けた。何の建築教育も受けたことのない1人の内向的でしがない郵便配達夫の夢想建築。周りの村民はそんな彼をパラノイアと馬鹿にしたが、76歳で完成させたシュヴァルの「理想宮」はピカソをはじめ多くのアーティストに賞賛され、今ではフランスの文化財として登録されている。妻や子供に先立たれ孤独を噛み締める中で、この石ころで出来た建築物をつくり続けることで何とか自分の置かれている状況に折り合いをつけることができたシュヴァル。金本選手とは時代も環境も全く違うけれど、ひたすら何かを継続することによって、自分の強さを保ち続けるマインドに共通する姿勢を感じた。

 もう1人の糸の持ち主は、アーティスト河原温。日本出身の現代美術家で世界的にも最も評価の高い1人である。なのに、僕らが彼のことをよく知らないのは、実に1966年以降彼はインタビューを一切受けず、公の場に姿も見せない謎めいたアーティストだからだ。だが、そんな存在の有無さえ明らかでない作家からも作品だけは届く。『On Kawara』でも紹介されている日付絵画と呼ばれる作品が代表的なそれだ。黒く単一色で塗られたキャンパスに白いアクリル絵の具を使ってその日の日付を、その日のうちに描く絵画が彼の『Today Series』。ただひたすら日付を、全く筆跡の残らない驚くべき丹念さで40年以上描き続ける実直さと継続性。そして、多くを語らず作品のみによって「今、自分が生きている」ということを1本の絵筆で表現するストイックさが、1人ロッカールームでバットを振る金本選手のスイングと重なった。

 アニキと慕われる真っすぐなコミュニケーションの達人、金本選手の本棚には、他にも面白い本がズンズン並ぶ。例えば、『How to Speak Osaka Dialect』。これは日本人でも楽しめる外国人向け大阪話し方教本である。「What’s going on?」=「Donai-natto-n-nen」なんて、丸ごと覚えて使えるフレーズが盛り沢山のこの1冊。広島で生まれ育った金本選手の大阪弁習得だけでなく、ウィリアムス投手あたりに冗談めいた大阪弁を教えているに違いない。

 最後に鉄人金本の本棚に欠かせない1冊と言えばやはり『鉄人28号(原作完全版)』だろう。1956年から『少年』にて連載された横山光輝の描くロボット漫画の元祖であるこの作品。「鉄人」という剛の象徴が生み出されたのもここからだった。巨大ロボットとそれをコントロールするための小型操縦機を巡る争奪戦に巻き込まれる金田正太郎少年。彼の正義感がその鉄人に乗り移ってあらゆる悪を駆逐していくわけだが、その「鉄人」という言葉に込められた圧倒的な強さと尊敬は、50年以上経った今でもちっとも変わっていないと思う。少なくとも金本選手に対するそれには。

プロ野球選手・金本知憲篇(2008年11月23日放送)

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2009年 01月 16日 あの人の本棚は、きっと |