青木良太さんの本棚
しかし、陶芸に向かう彼のその姿勢は、まるで科学者のようだ。釉薬の配合は0.2g単位で行われ、何と年間に2万5000種類ものテストを重ねている。オリジナルの配合レシピはすでに40種類も完成させているが、それでもまだ実験はやめない。『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』という本があるのだが、ここに出てくる10名の科学者たちは、動物実験を行った後、最後は自分の体を実験台として研究を行った。有名なのは、キュリー夫人。彼女もまた自分の体を犠牲にして、ラジウム研究に身を捧げた人物である。科学者たちが身を挺してまで徹底的に探求する姿。それは、青木良太の陶芸に対する姿勢とも通じるところがあるように思える。人のため、世のため、そして「自分の想像以上のものが見てみたい」という並外れた好奇心が彼らを動かしているのであろう。
青木が自ら土を掘り起こして作陶する場面があったが、それを見て『一色一生』の著者である染織家・志村ふくみのことを思い出した。彼女は、草木染めによる作品を独自の分野で開拓し、注目を集めた人物。現在85歳の人間国宝でもある。自然から恩恵をいただいて、それを作品に込める姿勢に二人が重なって見えたのだ。また、本書の中で彼女は「運・根・鈍」こそが仕事をなす上で重要であると説いている。「運」は、自分にはこれしか道がないのだと思いこむようなもの。「根」は、粘り強く一つことを繰り返し繰り返しやること。そして「鈍」とは、材質を通しての表現である工芸は、絵や文章とは違い、直接ものをいうわけにいかない「鈍」な仕事なのだということ。青木の仕事はまさにこれに当てはまるのだと思う。「陶芸と心中したい」というほどの覚悟は「運」、釉薬の研究を繰り返す姿勢は「根」、そして、自然の素材や質感から魅力を発している青木の作品はまさに「鈍」の仕事をしているといえるのではないだろうか。
青木良太は、工房の壁に日の丸を貼っており、「自称日本代表」と自らのことを名乗る。常に「日本」を強く意識しながら、作品を生み出しているのである。新渡戸稲造の『武士道』は、島国・日本だからこそ育むことのできた武士道精神について語られた本。新渡戸がカリフォルニアにいた際に、日本人のことをもっと知ってもらうため、英語で出版したものだ。「自分が太平洋の架け橋となる」と言った新渡戸は、日本の文化を世界へ、そして世界の文化を日本へ伝えたいと考えたのである。青木自身も世界中に陶芸の素晴らしさ、そして料理によって器を使い分けるという日本独自の文化までもを伝えたい、そう胸に抱いている。だから、スイスの学校へ留学したり、NYで個展を行ったりと世界を見据えた活動をしているのだろう。この二人に共通するのは、日本に目を向けていながらも、その魅力を世界に向けてどう発信するかを考えているところなのだ。今後は日本とNYの活動を半々にするつもりだと語る青木。これからも「日本代表」が世界で活躍する姿を応援していきたいと思う。
2009年 12月 11日 あの人の本棚は、きっと | Permalink





