工業デザイナー・水戸岡鋭治
芸術家の仕事は、もちろん「きちんと」できるならそれに越したことはないのだが、たとえ世間一般の感覚でいう「きちんと」が達成されなかったとしても、 できあがった作品がスゴいものであれば許される。しかし、職人への評価は、まずなにより、さまざまな制約を「きちんと」クリアしたかどうかで問われるのだ。
5月10日オンエアの工業デザイナー・水戸岡鋭治さんは、「正しい」デザインを目指している、という。我田引水で恐縮だが、水戸岡さんのおっしゃる「正しい」もまた、「きちんと」と通底するのではないか。
芸術の評価であれば、「正しい」と「正しくない」の線引きなどしてはならないし、しようと思ってもできないだろう。ゴッホの絵を「スゴい」と称える人はいても、「正しい」と呼ぶ人はいないのである。
だが、そこに納期や予算の制約が加わるとどうだ。おのずと納期や予算を守るという「正しさ」が生まれる。さらに、クライアントを納得させられるか、ユー ザーが満足するか、という、いわば結果の物差しが加わると、それぞれに「正しさ」が生まれる。そういった制約付きの仕事を請け負う職人にとっては、「正し くないスゴい仕事」というのはありえないのだ。
番組の序盤で、水戸岡さんは「デザイナーは芸術家ではない」と言い切った。いわば職人宣言である。
もっとも、その一言だけで「なるほど」とうなずくわけにはいかない。「自分は芸術家ではなくて職人だから」というのは、ある意味では、紋切り型の決まり文句――デザイナーでも作家でも、売れっ子であればあるほど、そう言いがちなのだ。
常に厳しい制約を課せられていることを自虐的に言う場合もあるだろうし、逆に「オレは芸術家のような世間知らずじゃないんだ」という自負から出てくる場 合もある。コンプレックスなのか反発なのか、どちらにしても、根っこには、芸術家という存在に対する過剰な意識があるわけで……そこが透けて見えた瞬間、 大いに鼻白んでしまうものである。
だが、水戸岡さんはそうではなかった。職人の美学に酔うのでもなく、芸術家へのひねくれた負い目を抱いているのでもなかった。ただ「正しさ」を貫いていくだけ。クライアントとの打ち合わせでも、現場の職人さんとのやり取りでも……。
スタッフもそんな水戸岡さんを「きちんと」正面から受け止めた。水戸岡さんの華やかな受賞歴などは最小限に抑え、むしろ無骨で一徹な職人魂を前面に出し た。ぎりぎりの納期や予算を守りつつ、現場の職人さんに妥協のない厳しい注文を出す水戸岡さんと、それでいて職人さんたちの心をつかんで離さない水戸岡さ ん――その両面に迫ることで、水戸岡さんの手がけてきた仕事の「正しくてスゴい」魅力が僕たちにも伝わったのだ。
『情熱大陸』のスタッフはほんとうに幸せだよな、と思う。プロ中のプロの取材を通じて、「仕事とはなにか」をさまざまに教えてもらえるのだから。今回のスタッフも、水戸岡さんの職人魂に触れたことで、それぞれの仕事観がちょっと変わったんじゃないかな?
6月 19, 2009 読む情熱大陸 | Permalink
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