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2009年5月 8日 (金)

松本隆さんの本棚



幅允孝

 松本隆は飄々としている、いろいろなことを軽々と越えてしまう。2000曲以上の作詞をする人間とはこういうものなのだろうか。他に較べられる人が存在 しないから、何とも言えない。“飄々”は、還暦を向かえる男を評するには随分失礼な言葉なのかもしれない。だが、彼の出自である「はっぴいえんど」のメン バーたちの醸し出す自由な雰囲気を想い出しても、やはり飄々なのだ。では、その飄々は松本隆のネイチャーなのか?少なくとも、外交官の父親を持ち、中学校 から慶応に進んだおぼっちゃんだからというわけでは、決してなさそうだ。

 彼は、意識的に自然でいようということではなく、最初から最後までただただ自然である。ただ、あまりに自然過ぎて、僕らは本当の彼がどこにいるのか探してしまう。だが、“本当の自分”なんていないと考えている僕にとって、数多ある松本の歌詞世界こそが彼そのものなのだと思う。言葉(ランガージュ)をその基礎におく構造主義の入門書『寝ながら学べる構造主義』は、“本当の自分”がいないことを理解する上でも格好の本だ。自分はいないし、言い換えると自分は無数にいるということ。自分という人格は、相手によって無数に存在するということであり、歌詞を通してコミュニケーションを取る彼にとっては、歌詞の数だけ彼があるとも言えるかもしれない。

 愛してる、好きだという言葉を使わずにその気持ちを伝えること。それが歌になると松本は言う。谷川俊太郎の詩集『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』は、そのタイトルのように、安易に直裁な感情を語るのではなく、そこにある出来事、風景を平易な日常の言葉で語り、中からじんわりと立ち上がって来る関係性の網の目を書いている。松本が好きな中原中也作品とはまた違った意味で、作詞家松本の言葉の可能性を再確認できる。

「ですます」を用いた彼独特の歌詞世界には、確実に彼がその中にいると思ってきた。というのも、そこにはいつも彼の視線と日常があったからだ。「絵にしてから歌ってほしい」と歌い手に伝えているのは、自分が見て、経験して考えた世界が、彼の核としてあるからだろう。写真家リー・フリードランダーが、ショーウィンドウやガラス、鏡に映った自らの姿の撮影した『Self Portrait』は、自分が押すシャッターによって風景と自分を混ぜ合わせる。「風をあつめて」の“ぼく”が、見えている風景の先に自分を夢想することと、レンズを通して自分を見つけるフリードランダーの視線が、ダブるような感覚がある。

 はっぴいえんどからアグネス・チャン、オリジナル・ラヴ、矢沢永吉に氷室京介まで。それらの世界を繋ぐ、彼の言葉の領域はそうとうに広い。「言葉好きなんだよね」。この言葉はたまらなく響いた。最後の職業作詞家。僕らなりの彼を見つけるには、彼が書き、歌われた言葉をもっともっと聴き取っていかなくてはいけない。2000曲・・・、一体どこまで聴けるだろうか。

作詞家・松本隆篇(2009年3月15日放送)

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5月 8, 2009 あの人の本棚は、きっと |

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走りました。 今日も、情熱大陸のポッドキャスティングを聴きながら、久しぶりに約7.9キロを走りました。 今日は、 松本隆さんの本棚 などを聴きながら、走りました。 愛してる、好きだという言葉を使わずにその気持ちを伝えること。それが歌になると松本は言う。 そうだよなぁ。まさに、松本ワールド。 素敵です。 最後の職業作詞家。僕らなりの彼を見つけるには、彼が書き、歌われた言葉をもっともっと聴き取っていかなくてはいけない。2000曲・・・、一体どこまで聴けるだろうか。 ... 続きを読む

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