« 秋本治さんの本棚 | トップページ | 輝け、ゴールデン・ウィーク »

2009年4月17日 (金)

生命科学者・上田泰己



重松 清

 科学者というのは、しばしば偏見にさらされてしまう。人間嫌いで社交下手などというのも、よくある先入観の一つだろう。あるいは、「専門分野にはやたら と詳しくても一般常識がない」とか、「夢中になってのめり込むと回りが見えなくなってしまう」とか、「自分だけの世界に閉じこもりがち」とか……まった く、さんざんな言われようである。

 そんなつまらない偏見の目を、3月1日オンエアの上田泰己さんの回は、気持ちよく吹き飛ばしてくれた。

 じつを言うと、次週予告の段階では、シゲマツ、腰が退け気味だったのだ。なにしろ上田さんは生命科学者――理系中の理系である。研究テーマの体内時計も、言葉としてはそこそこ馴染みがあっても、そのメカニズムや理論となると、いかにも頭が痛くなりそうではないか。根っからの文系オヤジとしては、勉強モードで観るしかない、と決めつけていた。

 ところが、番組は冒頭からじつにテンポ良く進んでいった。動きがある。イキイキしている。上田さんもカメラも研究室の中に閉じこもっているのではなく、とにかく外に出る。軽やかにあちこち動き回る。議論をして、講演をして、雑踏の中でノートパソコンのキーを叩き、コンビニに買い物へ行って……。

 確かに超多忙な毎日である。その忙しさを感じさせないぐらい、爽やかで朗らかなひとである。4年がかりの研究論文を学会誌に投稿するときでさえ、なんともにこやかでスマート。科学者のステロタイプとはまったく対照的なカッコよさに、ついつい「無精髭の伸びた顔も見たかったなあ」とないものねだりまでしたくなるのだが、おそらくこのドキュメンタリーは、意識的に「研究室の外の世界に出た科学者」を描いているのだろう。

 それを象徴するのが、上田さん自身が発したこんな言葉――「科学とは、人と人とのつながり」。

 文系オヤジは、この言葉を聞いた瞬間「まいった!」と深々と頭を垂れたのだ。番組のキモというだけでなく、科学の本質をこんなに魅力的に定義づけてくれた言葉を、僕はほかに知らない。

 そして、その言葉どおり、上田さんはほんとうにたくさんの人と出会っているんだなあ、とあらためて思うのだ。それも「横」のつながりだけではない。アメリカで科学者の大先輩を訪ね、滋賀県で現役の大学院生たちの相談に乗る――この「縦」のつながりというのは、まさしく精神のリレーではないか。

 33歳の若さで科学の最先端をリードする上田さんに憧れ、その背中を追って、もっと若い科学者や科学者の卵たちが走りだす。かつての上田さんもそうだった。だからこそ、憧れていた先輩科学者に会うときの上田さんの目の輝きは、上田さんと差し向かいで将来の夢と悩みを語る学生たちの目の輝きにも重なるのだ。

 思えば、3月放送分の『情熱大陸』には、そんな場面が多かった。

 作詞家・松本隆さんに作詞のオファーをした若手バンドの、緊張と喜びに満ちた表情。学生時代に所属していた演劇サークルの部室を訪ねた俳優・堺雅人さんを迎える現役の部員たちのはにかんだ表情。そして、ノーベル賞受賞者の益川敏英さんと小林誠さんを見つめる学生たちの頬を上気させた表情……。

 上田さんの言葉をアレンジさせてもらうなら、ドキュメンタリーもまた、人と人とのつながりを描くものなのだろう。もちろん、そのつながりはテレビの画面を通して、若い世代の視聴者との間にも成り立つ。上田さんの回を観て、「僕も科学者になろう!」と決めた子ども、きっとたくさんいるだろうな。

生命科学者・上田泰己篇(2009年3月1日放送)

MP3ファイルをダウンロード

4月 17, 2009 読む情熱大陸 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/151343/44698210

この記事へのトラックバック一覧です: 生命科学者・上田泰己:

» 情熱大陸 2009年3月1日 #540 上田泰己(うえだ ひろき) 生命科学者 トラックバック 『情熱大陸』的blog〜関連情報・語録・動画
生命科学者 上田泰己(うえだ ひろき)33歳 Welcome to the Scientist's World 科学ってオモロイ 若干27歳、しかも現役大学院生の時に、日本屈指... 続きを読む

受信: 2009/04/17 22:57:58

» 研究者も動きまわる(上田泰己さん) トラックバック 情熱ロード
 研究者、しかも生命研究者と聞くと、何か閉じこもって、暗いイメージですが、 上田 続きを読む

受信: 2009/04/23 23:23:13

コメント

情熱大陸は、大好きな番組です。
上田泰己さんの時は、「体内時計」というタイトルから不眠を連想し、お医者さんの診断を仰ぐような気持ちで見始めました。
とても素敵な方ですね。自分のやりたいことや目標を見つめ、進み続ける日々がとても眩しく光ってみえました。
的外れかもしれませんが、視聴後に自分の生活に置き換えて思ったことは…。
楽しかったり、嬉しかったり、悩んだり苦しんだり、どんな時も自分をとりまく環境があり、みんなのおかげで今の自分が存在することを忘れてはいけないなと思いました。皆さんへの感謝の気持ちをあらためて意識しました。
上田さんの前向きでエネルギッシュなオーラにふれてみたく、講演を聞く機会に、是非、恵まれたらいいなと思っています。

投稿: sato | 2009/05/14 0:16:36

コメントを書く