大工棟梁・宮内寿和
41歳。大工の棟梁としては若手だろう。角刈りでもなければハンテンを常に羽織っているわけでもない(そういう先入観が安直なのである)。確かに怒ると怖そうだし、お金儲けに走らないところは、なるほど、これぞ職人だろう。それでも、なにかが違う。どこかが違う。困難な仕事を、プロの矜持と卓越した匠の技で、みごとこなしていく――今回のドキュメントも、あらすじを書くなら、いかにも職人さんの回にふさわしいものになるだろう。しかし、番組が終わったあとに僕の胸に残った感動は、そのあらすじには収まりきらないところに根差しているような気がしてならないのだ。
番組の中に、宮内さんが自分の手がけた家を同業者に披露する場面があった。素人目にもとんでもなく難しそうな工法を駆使した家である。それを披露するというのは、つまり、自分の編み出した新しいワザを公開するということである。しかも、同業者の一人が冗談交じりではあっても「真似しちゃおうかな」と言うと、宮内さんは大らかに笑って「どうぞどうぞ」とうなずいていたのだ。僕たちが安直に思い描く職人さんなら、きっと弟子にすら「ワザは盗んで覚えろ」と言うだろう。ましてや同業者に手の内を明かすなど……。いわば、ある種の「狭さ」こそが職人気質だと思い込んでいるわけだ。
ところが、宮内さんは広い。スケールがデカい。人柄によるものも、もちろん大きいだろう(個人的には、宮内さんの奥さんは、ダンナ以上にスケールの大きなひとだと見た)。だが、さらにもう一つ、宮内さんの「広さ」をかたちづくるものがあるはずだ。
番組の中で繰り返し強調されるのは、宮内さんの仕事や、仕事に対する姿勢である。材料や道具にこだわり、時には怒鳴りつけながら弟子に「大工魂」を叩き込み、伝統的な工法を現代によみがえらせて……。宮内さんの姿には、いにしえの物作りの精神が脈々と息づいている。
「古いもの=ダメなもの」「手間のかかるもの=ダメなもの」という高度経済成長期にかけられた呪縛から、いま、僕たちはようやく(まったく遅ればせながら)脱しつつある。だが、そのときに「お父さんの子どもの頃は……」程度の振り返り方だと、結局は懐かしさと、ちょっと身勝手な「古き良き時代」の捏造にとどまってしまうだろう。その意味で、番組の冒頭、「宮内さんの子ども時代こそが大量生産・大量消費の時代だった」と示したのは、番組スタッフの「単純な懐かしさではまとめないぞ」という宣言でもあったのかもしれない。
宮内さんは番組の中で江戸時代に建てられた古民家の屋根裏に上がり、当時の名もなき大工さんたちの知恵に感心する。と同時に、自分の建てた家が200年もってほしい、とも言う。あたりまえの話だが、宮内さん自身は200年後には生きていない。自分の建てた家の行く末を自分の目で見届けることはできないわけだ。それでも宮内さんの目には、200年後もこの家が施主の暮らしを包んでいる姿が浮かんでいるはずだ。200年前の江戸時代の大工さんの叡智にめぐらせる思いは、200年後の未来へも伸びる。過去としっかり向き合えるひとは、未来もしっかり思い描ける。いわば現在を生きながら、未来と過去とを同時に見据えているわけだ。そこにこそ宮内さんの「広さ」の所以があるのではないか。
12月 19, 2008 読む情熱大陸 | Permalink
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