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2008年3月28日 (金)

味に生きる

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中野伸二プロデューサー

 こんなことをこの場で表明する必要はないのだが、鮨が好きだ。食べものとして大好きなのはもちろん、カウンターをはさんで親方と客が向かい合う、あの空間と時間が好きだ。

 目の前でいま自分のためにご馳走がつくられていく。そこに親方の粋な講釈が加わる。この魚はどこで獲れて、どうやって運ばれ、どの部分をどう切りつけて、どんな酢で、どんな山葵で、どんな米とこれから握るのか――期待はさらに高まる。

 やがて、目の前に輝きを帯びたそれがおかれる。や、いなや右手の三本の指でさっとつまむ。口のなかに放り込む。

 味わう。五感を駆使して、味わう。

 言葉はすぐにはいらない。とにかくまずは親方に笑顔を返す。親方からはしてやったりの笑顔が返ってくる。

 以前番組で取材したアーティスト・奈良美智さんのことばに深く思いいったことがある。

<僕は【職業】としてこの道を選んだわけではなく、【生き方】として選んだのだ>

 【労働】や【職業】ではなく、【生き方】として選んだ道には終わりがない。「ま、いいか」とか「もう、いいや」がない。自分で自分の好奇心・探究心・向上心にピリオドを打つことができない。

 そして東京・目黒にある鮨屋の親方・佐藤衛司さんも【生き方】として鮨職人を選んだひとだと思う。もっと美味いものを客に食わせられないか。ずっとそのことを考えて、魚を探し続け、漁師を探し続け、輸送法を探し続け、料理法を探し続け、米を探し続け、調味料を探し続けている。

 新潮社から出版されている『失われゆく鮨をもとめて』は、そんな親方の探し続ける旅にノンフィクション作家の一志治夫さんが2年間にわたり同行した食紀行である。

 利尻でウニを、鹿嶋で蛤を、勝浦で鮑を、能登で鰤を、築地で穴子を、伊豆で柑橘を、奥志摩で鯵を、伊勢で味噌を、宇治で和芥子を――といった具合に、全国津々浦々の漁場、漁師、卸、流通をめぐる。

 ページを捲るたびに「こりゃ、美味そうだ」と唾をのみこみながら、鮨という食の奥深さを感じる。と同時に「えーっ、もう食べられなくなっちゃうの!」と日本各地の海がいま抱える危機的状況(自然破壊、地球温暖化、乱獲、人材枯渇などなど)の深刻さを思い知らされる。これは、本当にヤバい。

 こんなヤバい状況を、カタストロフィの一歩手前でなんとか食い止めている最後の希望は、【生き方】としてその道を選んだひとたちである。【生き方】として漁師を選んだひとが、なんとか、少数だけれどどこの漁場にもいてくれる。頭が下がる。そして、そんな漁師を奮い立たせているのが、【生き方】として鮨屋を選んだひととの約束なんだとも思う。【生き方】と【生き方】がぶつかるタイマン勝負には、けっして終わりはない。そのひとたちが寿命を終えるまでは――。

 食べるのならば本物の鮨にしておきたいと、強く思う。本物の鮨に残された時間はそう多くない。なにより、ニセモノの鮨を食べることは、すなわち、ワルい奴らの片棒を担ぐことになりかねない――って、ただ自分の卑しくはった食い意地を強引に正当化しているだけか。


 さて、ひとつお知らせがあります。

 2006年1月からお届けしてきたこの『プロデューサーからの手紙』ですが、今回の手紙が最後の手紙となります。

 理由は、わたくし中野伸二が会社の人事異動にともなって、番組プロデューサーという仕事から距離をおくことになったためです。月に一度、この手紙を読んで下さっていたみなさん、本当にありがとうございました。僕が選んだ道は【職業】なのか【生き方】なのかなどと問い質すのはどうかご勘弁下さい。

 気がつけば早いもので『情熱大陸』は番組スタートから丸10年が経ちました。4月から新しいプロデューサー・井口岳洋がつくる新しい『情熱大陸』を、引き続きよろしくお願いします。

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3月 28, 2008 プロデューサーからの手紙 |

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コメント

中野さん、長い間ありがとうございました。

これからの活躍も楽しみにしております。

投稿 ユーキ | 2008/03/28 23:03:18

最近になって番組が変質してきたなぁと思っていたら、新しいプロデューサーが携わりはじめたからだったのですね。。。
情熱大陸には、人選をはじめ、編集・構成・ナレーションなどに独自の視点とぶれない見識を感じ、いまのほかのテレビとは一線を画す素晴らしく個性的な番組だと、楽しく拝見してきました。
来月から、新しい井口プロデューサーがどんな手紙を書いてくれるのか。しっかり読ませていただきたいと思います。
中野さん、10年間ありがとうございました。

投稿 まつもと | 2008/03/29 11:26:56

プロデューサー交代って、何かあったのでしょうか?
テレビ局のホームページはいろいろありますが、このコラムは制作現場の責任者の顔が見えるのがとても楽しみだったので、残念です。
いまはただ、10年間お疲れさまでした、です。

投稿 mie | 2008/03/30 3:12:04

おつかれさまでした。

 情熱大陸のファンは私を含め本当にたくさんいると思います。放送を見る事ももちろん楽しみでしたが、毎月中野プロデューサーの手紙を読む事もとても楽しみでした。私はこのコラムのファンでもあった!と声を大にしてお伝えしたいです。
 メディアに対する疑心は常に持っているひねくれものですが、コラムを読む度に、「あぁよかった、まだ信じられる気がする」と感じました。本物を求めている人が作っている番組なのだと。番組を作るうえで感動を与えるという表現は変ではないかと書いていらっしゃいましたが、インスピレーションだったり、自分自身への問いかけの機会だったり、まさに、情熱や真摯的なものというものを毎回受け取っていました。

 前回の祖父江さんについてのコメント、私も泣きました。

 好奇心や想像力を間違いなく私は情熱大陸とプロデューサーからの手紙から与えられ続けています。小さい頃に見た戦闘ヒーローものと同じところに位置します。続けているという事は生き方の一部という事になるのでしょうか?おおげさですが。

 2年と3ヶ月、コラムの執筆、そして10年間本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。これからも本物を強く欲し続けていて下さい。

投稿 yuuri | 2008/03/30 5:30:43

プロデューサー中野さま
突然のお知らせで、とっても悲しいです。
私はテレビの仕事をさせていただいているのですが、
上司や先輩の言葉と同じように、この手紙をくり返し、くり返し読んで、かみしめていました。
いちいちパソコンを立ち上げるのがもどかしいので、全部印刷して、ノートに貼ってあります!
編集や構成つくりに悩むと、いつも中野さんの手紙を読んでいます。
読んで、耳が痛い!と思ったり、そうだよね!と思ったり、
こういう取材を私もしよう!って思ったり、
とにかく毎回、私のために書いてくださってるのかと思うくらい、心にしみる文章でした。
一方的ですが、本当にありがとうございました!
どうしても お礼を伝えたくて、勇気を出して書き込みました。
4月からも新しい分野で、ご活躍お祈りしています。またどこかで、中野さんのコラムを読める日がくればいいなと、思っております。
とりあえず、大きなひとしごと 「おつかれさまでした」

投稿 E.H | 2008/03/31 20:11:03

新しいご活躍の場に
ステップアップされたことと
(想像しつつ)
お慶び申し上げます。

「生き方」と「職業」
が二律背反しない道、
実現なさることが可能だと思います。

その鋭敏な感受性とセンスに
敬意を表しつつ、
またいつかどこかでメッセージに接することが
できるのを楽しみにしております。

投稿 tonerico | 2008/04/01 14:12:00

中野伸二さま
お疲れさまでした。
私もコメントを出された皆さんと同じで「勇気をだして」お便りします。
「情熱大陸」の製作では色々とご苦労も多かったことと思います。企画・製作からの発信で人の一生を左右したり、社会に与える影響はメディアは大きいと思っています。作り手の気持ちを放送とは別に伝える どこか中野さんが発する言葉にひとりの人間を感じました。
私にも色々な機会を与えてくれた番組でした。与座先生の放送は記憶に残る素晴しい番組でした。(先生には時折メールしております)
中野さん、本当にありがとうございました。
どうぞお元気でご活躍ください。

以前は私も放送の作り手でした。 今は視聴者として反応する人となりました。興味深いことや感想等伝えたいと思っています。
それが視聴者のお礼かな・・と。
現役でやっていた時は スポンサーや視聴率が気になり・・外のことが見えない感じでした。
多くは変っていないとは思います。
ネット社会になり 発信者しだいで 可能なこともできることもあるのですね。情報の奥にあるもの その視点を今後も「情熱大陸」で捜していきたいです。

投稿 黒猫rano | 2008/04/13 4:29:30

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