ロング・インタビュー
先日、ひさしぶりに帰省することにした。便り、がきたからだ。母親の具合が悪いらしい。近く入院をするかもしれないという。電話をしてみると、母親は「心配する必要などない」という。しかし、その声はやはり心なしか元気がない。状況をちゃんと知りたいと思うのだが、うまく訊きだせない。なんと訊けばよいのか、わからないのだ。
そして思った。そもそも僕は、自分の親について何かを知ろうとしたことがなかったのではないか?
これまで、仕事を通じて数多くのひとを取材してきた。テレビ制作者として、好奇心のおもむくまま、取材対象にインタビューを試みた。傍らにカメラがいるだけで全能感を得た気になるのであろう。ときには直截的で、ガサツな問いかけもしたりした。
例えば――
「なぜあなたは、この仕事を選んだのか」とか。
「いままでの人生で一番辛かったことは何か」とか。
「このひとのどこに惹かれて結婚したのか」とか。
ふだんの生活の中ではストレートすぎて口にするのが恥ずかしくなるような質問である。よくもそんなに根ほり葉ほり取材対象という<赤の他人>に訊けるものだと思う。テレビ屋根性とは恐ろしい。
ところが、である。もっとも近しいはずの自分の親に対しては、そんなロング・インタビューはしたことがない。自分の父や母がどのように育ち、どのように出会い、どのように結婚し、どのように僕が生まれたのか。正面切って問い質したことがない。もちろん、事実関係というかコトの経緯については知ってはいる。でも、そのときどきに父や母が、ひとりの男として、女として、人間として、何を考えどう決断してきたのかなどというのは、ちゃんと訊いたことがなかった。訊こうとしたこともなかった。
年明けすぐ、新幹線と在来線を乗り継ぎ、実家に帰った。
母親は、元気そうだった。まがりなりにも病人と診断されているのに、おとなしく寝ておくことができない。仕事をしないと逆に体がおかしくなるらしい。日帰りするからご飯の用意はいらないと伝えておいたのに、出前の寿司をとり、大量の天ぷらを揚げていた。いまでも息子は寿司と天ぷらが好きと信じていて、いまでも息子はいつも腹をすかせていると思っているのだ。きっと。
こういう状況というのは、あまりロング・インタビューには適さない。このままいると余計な土産まで持たされそうなので、適当に切り上げて実家をあとにした。
やれやれである。
いったい僕が両親をロング・インタビューするような機会はいつ来るのだろうか。そして、そんな機会は本当にあった方がいいのだろうか。よくわからない。
1月 25, 2008 プロデューサーからの手紙 | Permalink
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