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2007年12月21日 (金)

編集者・見城徹

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重松 清

 なにごとにつけても処女はいい――なんて書き出すと、たちまち「セクハラ!」「すけべオヤジ!」と罵られてしまいそうなのだが、ここでの「処女」は「処女作」の意味。初めての作品である。どうか誤解のなきよう。

「処女はいい」というのは、僕自身が人物ルポの書き手として常に思っていることである。

 僕の原稿がそのひとを主役にした初めてのルポというケースが一番やりやすい。

 なにしろ比較対照するものが皆無なのだ。「この切り口は以前にも別の書き手が使ったんだよなあ」「このエピソードをぜひとも使いたいけど、他のルポでも印象的な場面だったしなあ」「パクリと思われたくないなあ」「シゲマツの作品のほうが負けてるじゃん、と思われたら、もっとイヤだなあ」……と思いわずらう心配などなく、ちょっと下品な言い方をするなら、そのひとについて描き放題なのである。

 ところが、さんざんルポが描かれてきたひとや、つい最近ルポに登場したひとを描くときには、「まだ使われていないエピソードはないか?」「まったく新しい切り口はないか?」というところから仕事を始めなければならない。しかも、たいがいの場合、キモになる話はすでに先行作で使われている……。

 11月25日オンエアの幻冬舎社長・見城徹さんの回も、スタッフは最初、大いに苦しんだのではないだろうか。見城さんは「非・処女」――それも、同じ2007年に自叙伝的なエッセイ集も出ているし、ほんの1カ月前にはNHK教育でも数回にわたって見城徹ヒストリーがオンエアされたばかりなのだ。

 もちろん、尾崎豊とのかかわりや幻冬舎設立のいきさつなど「定番」のエピソードもある。それを手際よくまとめれば、とりあえず「見城徹とはなにものか」の紹介はできるだろう。しかし、そのレベルにとどまってしまっては、面白くもなんともないではないか。『情熱大陸』によって初めて明かされる見城徹像を見せてほしい。だが、エピソードや語録を先行作でさんざん消費されたあと、それは果たして可能なのだろうか……?

『情熱大陸』の底力を見せてくれよ、という気分でモニターの前に座った。30分後、番組が終わると、底力に圧倒された。

 みごとだった。番組は先行作とはまったく違う視点から見城さんという人物を描きだした。そのキモになったのは、コンプレックス――ルックスに悩んだ青春時代、ホンモノの作家に触れて「自分はしょせんニセモノだ」と思い知らされた若手編集者時代……ベストセラーを連発する見城さんの活躍を支えているのは、華麗な人脈や時代を読む目だけではなかった。そのバネには、青春の普遍とも呼ぶべきコンプレックスがあったのだ。

「醜男」という言葉が頻出する高校時代の日記など、おそらくマスコミ初公開、門外不出のものだったはずだ。それを明かした見城さんもスゴいが、見城さんに「ここまで見せてやろう」と思わせたスタッフはもっとスゴい。きっと取材の過程で、見城さんはスタッフを信じることを決意したのだろう。いままで見せたことのない自分をきっちりカメラやマイクの前でさらそう、とハラをくくったのだろう。表面には出てこないそのドラマがあるからこそ、今回の作品は先行作のどれとも似ていない、まったく新しいものになったのだ。

 次に見城徹ヒストリーの新作をつくるひとは困ってしまうはずだ。『情熱大陸』の見城徹を超えるものをつくらなければならない。これ、そうとう高いハードルになってしまった。でも、がんばってほしい。文章のルポもテレビのドキュメンタリーも、先行作を乗り越えることでレベルを上げていったのだから。

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12月 21, 2007 読む情熱大陸 |

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