ガツンをあなたに
放送局に就職し、テレビ番組の制作の仕事に携わってきたなかで、「役得だなぁ」と自分の幸運を神様に感謝したことが何度かある。
そんな役得のひと つが、2000年の2月、オランダでのことだ。17世紀の画家、ヨハネス・フェルメールに関する特別番組のロケだった。アムステルダム国立美術館やフェル メールが眠るデルフトなど、オランダ各地を巡りフェルメールの作品やその生涯について取材をした。そして最後に、ハーグのマウリッツハイス美術館を訪れ た。フェルメールの最高傑作ともいわれる<真珠の耳飾りの少女>に逢うためだ。交渉の結果、幸運にも僕たちは休館日に撮影することを許された。
いまもそのときのことは、鮮やかに思い起こすことができる。
館内にお客さんはほかに誰もいない。撮影隊もまだ外で準備をしている。窓からさしこむ朝の柔らかな陽射しに包まれながら、僕は、ひとり、<少女>を見た。
300年のときを超えて光を放ち続ける<少女>。
その間、何億という瞳から見つめられてきた<少女>。
その<少女>をひとりじめにした。
奇蹟とか永遠とかってこういうことなんだ!と、心が震えた。 一生忘れることのできない至福のときだった。
先日『恋するフェルメール』(白水社刊)という本を読んだ。著者の有吉玉青さんが初めてフェルメールの作品を見ようと思い立ったのは90年。留学先のボストンでイザベラ・ステュアート・ガードナー美術館へ出向いたが、肝心のフェルメールは不在だった。ちょうど<合奏>が盗難された直後だったのだ。以来、17年。フェルメールのものとされる36作品を見るために世界各地(ニューヨーク、ワシントン、アムステルダム、ハーグ、パリ、ウィーン、フランクフルト、ベルリン、ドレスデン、ロンドン、ダブリンほか)へ足をのばしてきた。本書はいわばその旅の記録だ。綴られているのは、決して絵画鑑賞の手引きや解説ではない。36作品それぞれに対する著者の心模様だ。出会った友人や美術館や街の風景を細やかに織り込みながら、「この日、このとき、この場所での、私とフェルメールの間柄」が描かれている。
これは、まるで恋人に会いに行く気分ではないか? 私はそのときに初めて、自分はフェルメールに恋をしているのだ、と思った。
(中略)
思いきって部屋に入ると、まず、<牛乳を注ぐ女>が目に飛び込んで来た。
わ。
印象は、それだけだ。その絵は、固く焼き締まっているように見えたが、あとはよく見る間もなく、その塊に、ガツンとやられた感じである。
ガツン。こんな言葉でしか、そのときの衝撃を表現できない己が情けない。私はこのときの感動を表現したくて、それから読む本の中に、人の話の中に、言葉を探してきたのかもしれない。そして、この本を書いているのかもしれない。今なお、言葉を探すために。
(『恋するフェルメール』40ページ)
読みながら、何度となくひとり頷いた。
こんな言い方はまことにおこがましくて、有吉さんに失礼だとも思うのだが、その感覚、本当によくわかる。
わ。なのだ、感動というやつは。
ガツン。としか、言いようがないのだ。
有吉さんは作家である。作家の仕事というのはそもそも乗り越えるのがとても困難な矛盾を抱えている。だって、言葉にできないような感動を、言葉にしなければならないのだ。言葉を書きながら、言葉にできないような感動を与えなければならないのだ。とてつもない挑戦だと思う。
では、いったいテレビはどうなのだ。
制作者は、自分たちが現場で感じた、「わ」や「ガツン」を、どこまで視聴者に伝えることが出来ているのだろう。伝えようとしているのだろう。
とりあえず制作者はその場面を撮影する。その場面を編集する。その場面に音楽をつける。その場面にナレーションをつける。そしてこれで<感動を伝えた>ことになっていると考えている。しかし、だ。それはただ、自分が立ち会った感動を映像と音で【説明】しただけじゃないだろうか?
『情熱大陸』の制作スタッフというのは、役得にめぐまれていると思う。なにせ、普通ではなかなか出会うことの出来ない感動を、取材を通じて日々特等席で味わえるのだ。そのことをもっとかみしめないといけない。特等席に座ったものの使命を認識しないといけない。でないと、そのうちきっと罰(ばち)があたる――。
ん?
はて、僕はこの手紙を、いったい誰にあてて書いているのだろう。
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11月 23, 2007 プロデューサーからの手紙 | Permalink
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