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2007年10月12日 (金)

遊び場、いま、むかし



『情熱大陸』のホームページにトラックバックをいただくブログの記事は、おおむね番組で紹介した人物の魅力について好意的に書かれていることが多いのですが、中には番組の背景に見え隠れする世の中の動きや時代の流れなどをうまく読み取って、ちょっとした時代批評の文章としてブログに載せていただいている、なんてことがあります。意外といっては失礼なのですけれど、本当によく書けているものも多いのです。今日はそんな記事を一本ご紹介します。

9月16日の『ランドスケープ・デザイナー・団塚栄喜(だんづかえいき)』篇に対してトラックバックを送ってくださった方がいました。番組を見て団塚さんの仕事ぶりに感銘を受ける一方で、現代の私たちの季節や自然との付き合い方に疑問を感じた、とのこと。

マンションに季節の移り変わりを感じさせる空間を作る団塚さんの試みについて、
「ほんの少し昔は、田舎の自然の中で、田に水を引く小川やポンプ小屋、杭や藁が積んであった長屋があった。こんな所も遊び場にして遊んだ記憶のある人もいるでしょう」
という風に共感を寄せた上で、
「少し怖い思いもしながら、自分が体感したから、『ここまでは平気』『これ以上は危ない』と、身を持って知り、友達との遊びの中で、心の伝え方も、楽しいという表現も養い、自然が、雨の恵み・風の涼しさ・土の温かさ・雪の明るさ・植物の逞しさを、四季を通じて教えてくれていた。」
と、『遊び場』の持つ効用も上手に書き表してくださっています。

けれど、この記事に感心させられるのは、単に団塚さんの作品を褒めることばかりに終始しているのではないところです。身の回りのゲンジツにふと目をやって、団塚さんの創り出した現代の『遊び場』の風景と、昔はニッポンのあちこちに見られた懐かしい『遊び場』の風景の違いを、次のようにズバリと指摘しているんです。

「しかし(季節の移り変わりは)本来は自分で感じ取るもの。だから、与えてあげなければいけない環境である事がおかしいのかもしれない。」
「沢山の仕掛けで四季を知り、遊びを考える『場』を持つ事は考えられていい。問題なのは、そこに住む人、使う人が、それにどっぷり依存してしまう事か、と考えてしまうのです。」

番組のスタッフは取材している人物の魅力を伝えようと一生懸命ですから、時にテレビはストーリーを都合のよいように美化してしまいがちです。その結果、現実に潜む『落とし穴』に気づかないままに番組は終わる、という可能性だってあります。そんな時に、今回ご紹介したような番組批評があるのはとてもありがたいことです。醒めた現実を突きつけるだけの意地悪な批評ではなくって、「こんなところには気をつけましょうね」という暖かいコメントが嬉しいなあと思うのです。

番組では「自分がデザインした空間を実際に楽しんでくれる様子をこっそりと確認するのが嬉しい」と語っていた団塚さん。案外、今回のトラックバックの記事もしっかりと読んでいらっしゃるかもしれません。そして、あの『遊び場』が実際に出来上がる時には、ブログにあった意見も、新しいアイデアとして加わっていたりする・・・なんてストーリーはちょっと都合がよすぎるでしょうか。

MP3ファイルをダウンロード

▼ご紹介したトラックバック元
風の行方: 面白い仕事をする人 「団塚 栄喜」さん

▼過去の放送
情熱大陸:団塚栄喜(ランドスケープ・デザイナー)

10月 12, 2007 みんなの情熱大陸 |

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