第11話 世界の断片
できあがった写真を受け取り、幸子は自分の住むマンションには帰らず、住宅街を歩く。東京の夏はだんだん東南アジアに似てきたな、と幸子は思う。みっしりと包みこんでくるような、重みのある暑さである。
自宅マンションから五分ほど歩くと、目的地に着く。ギーコと鳴る門を押し開けて、鬱蒼と木の茂った庭を進む。もう陽は暮れたのに、どこにとまっているのか蝉がやかましく鳴いている。こんにちはー、と声を出しながら、幸子は玄関の引き戸を開ける。
山田嘉久は縁側にいた。この暑いのに、冷房もつけず、ガラス戸を開け放ち扇風機をかけている。縁側に置いた座布団に悠然と腰かけ、入ってきた幸子を見、「ああ、幸子さん」と笑顔を見せる。縁側に置かれたちゃぶ台には、瓶ビールが一本と、枝豆の入った小鉢がある。
「枝豆、茹でたんですか」思わず幸子は声を出す。山田嘉久は、ごはんすらうまく炊けない男なのだ。
「ああ、冷凍なの、これは。水で洗うだけで食べられるんだ。便利な時代になったもんだ」
幸子は勝手に冷蔵庫から瓶ビールを出し、食器棚からグラスを出して、嘉久の向かいに座る。彼のグラスにビールをつぎ足し、自分のぶんは手酌をして、口をつける。熱気のなかを歩いてきた体に、冷たいビールはしみこんでいくようだった。
嘉久は何も言わず、目を細めて庭を見ている。幸子もつられて庭を見るが、ただ生い茂った木々が、夜をいっそう濃くしているだけだ。蝉に混じって、キリキリキリ、と聞き慣れない虫の声がする。ときおり涼しい風が吹く。蚊取り線香が薄い煙を上げ続けている。
「私、旅行にいってたんですよ。写真、見ますか」言いながら、幸子は縁側にプリントしたばかりの写真を並べていく。市場、寺、子どもたち、川、カレー屋、喫茶店、広場、空、椰子の木、笑う女たち。
「ほう、また旅行」嘉久は背を丸め、写真を一枚一枚手にとって顔に近づける。
山田嘉久は、幸子がかつて交際していた山田尚之の父親だった。尚之とは、二十歳のときに知り合って十年間交際をした。二十代後半になると、結婚の話も幾度か出た。互いの両親とは幾度も顔を合わせていたから、双方の親が、近く結婚の運びになるのだろうと信じていた。中学校の教師をしていた尚之は、しかし三十歳になるやいなや、仕事を辞め、ドミニカ共和国にいくと言いだした。学校を建設しているボランティア団体に参加するのだと言う。毎日にずっと違和感があった、何か違うことをしたいと考えていた、反対されるだろうと思うとなかなか言いだせなかった、と、彼は幸子に言った。もちろん幸子は反対した。彼の両親も。けれど尚之の意志は変わらなかったし、変わらないだろうことをうすうす幸子もわかっていた。
いつか自分も、尚之の住む場所にいこう。幸子はそう思いながら旅立つ尚之を見送った。尚之の向こうでの暮らしが落ち着いて、見知らぬ土地で結婚生活を送ることに自分も覚悟を決められたら、いこう。そう思っていた。尚之とは幾度か手紙のやりとりをした。電話で話すこともあった。いつでもおいで、と尚之は言った。けれど幸子には、なかなか決心がつかなかった。住み慣れた場所を離れ、見ず知らずの――たぶんここよりははるかに不便なのだろう土地で暮らす、その決心がつかなかった。いつかいく、と、そのたび幸子は答えた。いつか近いうちに必ず、と。
そうして尚之は、休暇中に訪れたコロンビアで、事故死した。山中を走っていた長距離バスが谷底に落下するという事故が起き、尚之はそのバスに乗っていた。ドミニカにいってから、二年目のことだった。
尚之の両親とともに幸子は現地にいった。飛行機に乗るのも、日本の外に出るのも、幸子にははじめてのことだった。かつて漠然と考えていた「いつか」が、こんなかたちで訪れるとは思っていなかった。あるいはこれは罰かもしれない、と幸子は考えた。ぐずぐずと決心をしなかった自分への罰。しかしこれほど重い罰に充当するような何かを、私はしでかしたのだろうか。
それが十年前のことである。結婚していなかったのだから、幸子と尚之の両親に法的なつながりはない。けれど幸子は、都内の彼らの住まいに足繁く通うようになった。彼らと会う回数は以前よりずっと増えた。食事をともにしたり、彼らが出かけるのに付き添ったりする。三人とも申し合わせたように尚之の名を口にしなかった。だから三人でいると幸子は、自分たちがもともと家族であるかのように錯覚した。
二度と使うことはないだろうと封印していたパスポートを、幸子が取り出したのは、尚之の死から二年たった夏だった。
中高生向きの参考書を作る会社で働いていた幸子は、その年はじめて有給をすべて使い、二週間の休みを取ってドミニカ共和国にいった。首都サント・ドミンゴは、幸子が思っていたよりずっと発展した、美しい町だった。旧市街を歩き、市場をのぞき、おっかなびっくりしながら料理を注文し、移動をし、ジャングルを歩き、鍾乳洞を見、写真を撮りまくった。そうして異国の町を歩きながら、幸子はふと思った。尚之は本当はどこかで生きているのではないか。この町を出て、ボランティアの必要な場所へいき、そこで学校を作っているのではないか。現地の女性と恋に落ちて結婚し、そのことを打ち明けられなくて私に連絡をよこさないだけではないか。その思いつきは、自分でも驚くほど幸子の気持ちを明るくした。
帰国した幸子は、旅行中にとったおびただしい数の写真を、尚之の両親に見せた。見ることを拒むかと思ったが、彼らはていねいにそれらの写真を見ていった。彼らは無言で写真を食い入るように眺め、そしてすべて見終えた父親はぽつりと言った、「尚之はきれいな世界を見ていたんだなあ」と。
幸子が頻繁に旅行にいくようになったのはそれからだった。韓国、台湾、中国、タイ、イタリア、ギリシャ、ポルトガル、キューバ、コスタリカ。盆と正月の休み、ゴールデンウィークはすべて旅行に費やした。はじめて訪れる場所の、自分の目を引いたすべてのものに幸子はカメラを向ける。尚之の母、久子が亡くなったのは三年前だ。以来嘉久はひとり暮らしをしている。久子が亡くなったあと、長く勤めた会社を幸子は辞め、嘉久の家の近所に引っ越した。休みをとらずとも旅行にいけるようになった。貯金がなくなればアルバイトをし、そして旅に出る。そんな暮らしをはじめてもう二年以上がたつ。
「これは何、寺、へえ、ずいぶんと金ぴかの寺だなあ。やあ、一面の田んぼ。なんだかなつかしいような光景だねえ」
あぐらをかき、嘉久は写真に顔を近づけたり遠ざけたりしながら、たんねんにおさめられた光景を見る。その横顔を、幸子は凝視する。家のなかは静かで、蝉や虫たちの声はその静けさをいっそう強調している。この静けさを、未知の場所に目を凝らす嘉久の横顔を、私はとても愛しているらしいと幸子は思う。尚之は帰ってこなかった。けれど私は何度でも何度でも帰ってくる。息子も妻も亡くしたこの人に、美しい世界の断片を見せるために。
幸子は手をのばし、小鉢の枝豆を食べる。塩加減はちょうどいいが、やはり香りがほとんどない。明日は枝豆を買ってきて、嘉久のために茹でようか。半分空いた嘉久のグラスにビールをつぎ足し、幸子は写真を眺める嘉久を見る。嘉久の名を呼ぶとき、幸子はいつも躊躇する。おとうさん、じゃ馴れ馴れしいし、山田さん、ではよそよそしすぎる。嘉久さん、とも言いづらい。だから話しかけるときはいつも、「あの」だの「すみません」だのと、不自然な言葉を差し挟むことになる。うまい呼び名が見あたらない、というのは、まさしく自分たちの関係だ、と幸子は思う。
手に入れられなかったものがある。失ったものは失ったまま埋められることはない。けれど心にぽかりと空いた空洞のなかでも、いやそうした場所だからこそ、出会える人がいて、得られる時間がある。このごろになってようやく、幸子はそう思うようになった。おとうさん、とも、嘉久さん、とも呼べない関係は、代替のきかないだいじなものに幸子には思えるのだ。帰ってきたと思いたくて、自分は旅を続けているのかもしれない。失ったものが結びつけた、この呼び名のない関係の元に。
9月 7, 2007 明日、どこかで出会う | Permalink
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