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2007年5月18日 (金)

柔道家・井上康生



重松 清

 こういうのも年をとった証というやつなのだろうか、最近スポーツを観るときに、「若くてイキのいいヤツ」というものにほとんど関心が持てない。むしろベ テラン――それも「引退」だの「限界」だのといった言葉が枕詞のようにかぶせられてしまう選手の挑戦の物語にこそ、思い入れを持ってしまう。

 野球なら工藤や桑田、そしてもちろん清原。サッカーにはカズやゴン中山がいるし、ボクシングなら辰吉丈一郎……。

 4月15日オンエアの井上康生さんもまた、復活を期していた。

 金メダルを獲得したシドニー五輪の表彰台で亡きお母さんの遺影を掲げたときから、早や7年――。僕は当時、女性週刊誌でヒューマン・ドキュメンタリーの仕事をしていて、井上康生さんの金メダルまでの物語を書いたことがあった。記事の細かい内容までは覚えていないが、きっと、弱冠22歳で世界の頂点に立った井上さんのことを「若き英雄誕生」と称えていたはずだ。

 だが、いま振り返ってみると、ヒューマン・ドキュメンタリーの主役にふさわしいのは、むしろそこからの日々の井上さんのほうだったかもしれない。特に、連覇が期待されていた2004年のアテネ五輪で思わぬ4回戦敗退を喫し、また全治6カ月の重傷を負い、さらには実兄の急死という不幸に見舞われた、この3年間は……。

 番組の密着ロケがおこなわれていた頃、井上さんは28歳――世代交代が進んでいる重量級の柔道界では、じゅうぶんにベテランの部類に属する。選手生命が危ぶまれるほどの大ケガをしてしまえば、「もういいか」と気力が萎えても不思議ではないだろう。

 それでも、井上さんは再起を図る。来年の北京五輪での雪辱を自らに誓って、傷が癒えたばかりの体を徹底的にいじめ抜く。

 ……という構成じたいは、フィクションの世界では「王道」である。それこそ映画『ロッキー』は、その繰り返しで続編をつくりつづけてきたのだから。

 だから、僕が今回の番組で胸を熱くした理由は「ベテランが再起する」という筋書きにあったのではない。むしろ逆――フィクションとは違う、現実の重さと苦さの部分だった。

 井上選手の復活劇は、残念ながら、番組の中で披露されることはなかった。フランスでの国際大会では優勝したものの、番組のヤマだった全日本体重別選手権では準決勝敗退。さらに付け加えれば、オンエア後の4月29日におこなわれた全日本選手権でも、8歳年下の石井慧選手に準決勝で敗れてしまった。

 復活の道は、やはり険しい。『ロッキー』のようにはいかない。
 だが――だからこそ、井上さんは「ここまでやって勝てないのなら、まだ努力が足りないということ」と言い切ってくれた。現時点での「負け」を謙虚に認めつつ、しかし明日の「勝ち」を目指して努力をつづけるんだと誓ってくれた。

 努力が必ずしも報われないことだって、現実にはある。勝負事ならなおさらだろう。
 井上さんはそれを受け容れたうえで、でも、とつづけるのだ。「柔道の神さまは『いる』と信じたい。そして、神さまには、自分にかぎらず努力をしてがんばっている選手に微笑んでほしい」――そこに「自分にかぎらず」の一言を挟むところが、おとなの強さと優しさなんだよ、若い諸君。

 シドニーの表彰台に立った22歳の井上さんの姿も確かにカッコよかった。でも、僕はやっぱり……いまの井上さんのヒューマン・ドキュメンタリーのほうが、ずっと深みのある物語になる気がするのだ。

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5月 18, 2007 読む情熱大陸 |

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