アシスタント・ディレクターTさんについて
彼女は大学4年生のときに『情熱大陸』の「唐沢寿明篇」を見てビビッときた。
「わたしは絶対にこの番組を作りたい!」
大学を1年留年したTさんは、「唐沢寿明篇」を担当した制作会社を調べてその門を叩いた。入社試験では履歴書と一緒に『情熱大陸』の企画書も提出、見事合格した。
とはいえ、そこは社会人(あるいはカイシャ人)の常。すぐにやりたい仕事をやらせてもらえるわけではない。彼女も、まずはADとして休日午後の旅番組やBSチャンネルの料理番組などで経験を積んだ。そして「そろそろ…」と思っていたら、ゴールデンタイムでいま人気絶頂のバラエティ番組の担当となった。テレビマンとしてはたいへん光栄なことだ。けれど、Tさんにしてみれば、ますます『情熱大陸』から遠ざかる気がした。しかも、大ヒット番組のADはかなりの激務である。だが、彼女は元柔道部。そういう状況になるとよけいに燃えるタイプなのだ。ド根性でやり遂げるのである。おのずと、さらにその番組にとって必要不可欠なスタッフとなっていく。このままバラエティ番組で頑張るのがディレクターへの近道だろう。でも、彼女はやっぱり『情熱大陸』をやりたい。となると、自分で『情熱大陸』の企画を考え、それを通すしかない。Tさんは通常のAD業務の合間を縫って企画書を書き続けた。何度も何度も書いた。どれもこれもプロデューサーにボツにされた。
ある日、雑誌で見つけたひとりの女性に惹かれた。パリで活躍する女性のパティシエだった。夢中で企画書にした。ただケーキが美味しそうだったからではない。美食の国フランスで日本人が、しかも女性が、自分の信念と決断で道を切り拓いてきた――その生き方に、Tさん自身が勇気をもらったからだ。
10月22日放送の長江桂子さんの取材はTさんの企画書から実現した。
Tさんは初めての情熱大陸にADとして参加した。ディレクターは、あの「唐沢寿明篇」の担当ディレクターだった。
ロケの最中のTさんは、それはそれは必死だった。『情熱大陸』の制作過程を特等席で体験しているのだ。いま、自分の目の前で起きていること全てを吸収したい。ディレクターはなぜここでこんなインタビューをするのか。カメラマンはなぜここでこんなカットを撮りたがるのか。そして、もし自分がディレクターならどうするのか。いったい自分はどういう番組にしたいのか。深夜、パリのホテルでその日のロケを振り返りながら考えていると、いつの間にか朝になっていた。
帰国してからの編集も、また必死だった。1週間ほど徹夜して取材テープのすべてをノートに書き起こした。なかでも長江さんのインタビューは暗唱できるくらい繰り返し見た。そして、その言葉にあらためてTさんは勇気をもらった。
放送当夜。オンエアが終わってしばらく、Tさんの携帯電話は休むヒマがなかった。自分が関わった番組でこんなに多くのひとから感想をもらうのは初めてだった。なかでも故郷の友達はみな我ことのように喜んでくれた。
「夢が叶ったね、ユキちゃん」
お父さんからも電話があった。10歳で母を亡くし、男手ひとつで育ててくれた。ワガママをいい、ひとり東京に出て行った娘がやっと褒められた。
「いい仕事させてもらってるなぁ。みんなに感謝せんといかんで」
『情熱大陸』の「長江桂子篇」は、冒頭のエッフェル塔の実景からはじまり、全部で179のカットで構成されている。Tさんは、そのすべてのカットを完璧に憶えている。なにせ、オンエア後もかれこれ20回以上は見ているのだ。番組の中盤で長江さんは、自らのシェフ・パティシエへの道についてこんな話をしている。
「階段を駆け昇ったつもりもないし、跳び段して昇ったつもりもない。自分の中では徐々に、徐々に、昇っていっているんです」
Tさんが、今回の番組でもっとも勇気をもらい、そして、多くの人に届けたかった言葉だ。
Tさん。竹本有希さん。というか、タケモト!
バラエティ番組の仕事は相変わらず忙しそうだけど、元気か?
『情熱大陸』をやり終えて、さぞ自信がついたかと思いきや、こんなことを言ってたよね。とても印象に残っている。
「なんだかディレクターをやることが怖くなりました。そのひとの何をどう切り取って番組にするのか。私にはまだ、そんなことをやるのが、おこがましいような気がします」
その不安、よくわかります。僕だって、いまでもそうです。
階段を駆け昇るでもなく、跳び段するでもなく、一歩一歩踏みしめながら前に進みましょう。これからもタケモトが「作りたい!」と思うような『情熱大陸』であり続けるよう、僕もプロデューサーとして精進します。
とりあえず。
次の企画書、はやく出しなさい。もちろん、つまらなかったらボツだからね。
11月 17, 2006 プロデューサーからの手紙 | Permalink
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