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2006年10月27日 (金)

プロ車椅子バスケットボール選手・岩野博



重松 清

 「車椅子」という言葉は、たんにモノを指すだけではなく、もっと大きな意味を負わされている。たとえば――物書きならではの細かいコダワリだと笑っても らってもいいのだが、僕たちは「車椅子(の生活)になる」「車椅子のひと」という言い方をしばしばしてしまう。モノであるはずの「車椅子」は、いつのまに か「体が不自由なひとの生活」を象徴するものになってしまっているのだ。
 だからこそ、「車椅子バスケットボール」という言葉を目や耳にしたひとは、それを「スポーツ」としてはとらえない。そこに「障害者」や「難病」や「介護」、あるいは「悲劇」や「絶望」や「苦労」といったものを、勝手にまとわりつかせてしまうのだ。

 先入観――いや、「偏見」とさえ呼んでもいいかもしれない、そんな僕たちのこわばった意識を、9月24日オンエアの『情熱大陸』は、みごとに吹き飛ばしてくれた。
 主役は、プロ車椅子バスケットボール選手の、岩野博さん。かつて日本の車椅子バスケットボール界の中心選手として活躍した岩野さんは、36歳で世界有数の強豪国・オーストラリアに渡って、42歳のいまもなおプロとしてチームのレギュラーを張っている。
 テレビのドキュメンタリーでも、活字のノンフィクションでも、岩野さんのような人物を描くには、二つのアプローチが考えられる。それは岩野さんの過去をどう描くか、とも言い換えられるだろう。
 一つ目は、岩野さんが車椅子を使う生活に至った経緯と、そこからプロの車椅子バスケ選手になるまでの物語――いわば「車椅子」にまつわる僕たちの先入観に寄り添う手法だ。
 じつを言うと、前週の番組のあとに次週予告を観たときには、「もしかしたら、そっちかな?」と思っていたのだ。で、もっと正直に言うと、「だとすれば、なんか、番組を観る前に展開は読めちゃうなあ」とも思っていたのだ。僕もフリーライターとして、「車椅子」の物語は何編も……おそらく数十の単位で描いてきた。だから、見えるのだ。挫折から再起する物語、絶望から希望へと移っていく物語のスジミチが。おそらく、それは物書きの僕だけではなく、読み手や視聴者という立場の多くのひとたちにも、なんとなく見当がつくんじゃないだろうか。
 だが、番組は、そんなスジミチをとらなかった。二つ目のアプローチ――岩野さんの「いま」を前面に押し出した。スジミチの読める過去の物語は、必要最小限にとどめた。その結果、岩野さんの物語は、僕たちが事前に安易に思い描いていた「車椅子」の世界とは気持ちよくかけ離れたものとなったのだ。
 車椅子は、下半身の感覚を失った岩野さんの生活の象徴ではない。それはあくまでも道具、マシーン――冒頭で紹介された車椅子の位置づけが、つまり、番組そのもののマニフェストだったのかもしれない。
 車椅子バスケットボールは、紛れもなく「スポーツ」だ。それも、激しく熱い、闘いの世界だ。コートで車椅子が転倒したら自力では起きあがれない岩野さんは、その世界で「いま」を生きている。
 どこから来たかではなく、いま、どこにいるか――。岩野さんは「自分はどんどん変えていける、変えることができる」と言った。その言葉をしっかりと受け止めた番組は、どんなふうに変わってきたかという過去の物語ではなく、変わってきた結果の「いま」の物語を描いた。それは、プロ選手・岩野さんに対する最大の敬意だと思うのだ。言い訳や泣き言は無用、結果がすべての世界に生きる岩野さんを、番組は「車椅子のひと」ではなく「プロ」として描いたのである。

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10月 27, 2006 読む情熱大陸 |

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