読む情熱大陸:立川談志
サイコーの人選だった。
立川談志師匠――むろん、師匠もオンエア日がW杯クロアチア戦とカブッてしまうことはご存じだろう。視聴率を稼げないのは百も承知のうえで、いや、むしろそれを誰よりも面白がるのが立川談志の面目躍如ではないか。
そんな期待に応えるかのように、番組冒頭、師匠はきっぱりと「日本代表の選手? 誰も知らねえよ」と言い切る。嘘だと思う、たぶん。だが、そう言ってもらわなくちゃ始まらない。この冒頭のへそ曲がり宣言から、あとは一気に談志師匠の独演ドキュメンタリーに……なだれ込まないのである。
カメラが追う師匠は、どこか疲れて見える。実際、耳の不調に糖尿と、体の具合もよくないようだ。対談をした石原慎太郎都知事にも、「鬱病なんじゃないか」とジョーク交じりの口調ではあっても言われてしまう。70歳。「下の毛は黒々としてるんだ」と笑っても、着替えや入浴中の裸身には、確実に老いが忍び寄っている。さらには、勝手の違う新橋演舞場での、弟子・立川志の輔師匠との二人会での、本人にしかわからない不調ぶり……。
スタッフはハラをくくって編集したに違いない。痛快で天衣無縫な立川談志像を強調して番組をつくることだって、決して不可能ではなかったはずだ。ひたすら元気でヤンチャな師匠を見たがっている視聴者がたくさんいることも、もちろんわかっていたはずだ。
それでも、この夜の『情熱大陸』は、徹底して「負けいくさ」に挑む師匠を映し出した。だからこそ、番組は少々ほろ苦い味わいを残すことにもなったのだが、引き替えに、僕たちはとても重くて大切な問いを与えられることにもなった。
老いや、その先の死に対しては、誰もが「負けいくさ」を強いられる。だが、それはほんとうに「負け」なのか? 談志師匠の一番の敵はかつての自分の芸だと、よく言われる。なるほど、新橋演舞場での高座がそうだったように、自分自身に対して厳しくあればあるほど、その戦いは決して分のいいものではないだろう。しかし、それはほんとうに「負け」なのだろうか……。
後出しジャンケンをさせてもらう。談志師匠のほろ苦いドキュメンタリーが流れている最中、サッカー日本代表はクロアチアに引き分けて、実質的に決勝トーナメント進出の道を断たれた。文字どおりの「負けいくさ」である。そんなW杯で誰よりもピッチを走り回ったのが引退を胸に秘めていた中田英寿で、その中田が日本代表の敗因を「自分たちの持っている力を出せなかった」と指摘したことは、裏番組の談志師匠の「負けいくさ」での戦いぶりを並べることで、よりいっそう重く響くはずなのだ。
「落語とは人間の業の肯定である」と師匠は言う。それをもじれば、師匠は「立川談志である業」を背負って、誰よりも自分に厳しくあることで、その業を肯定しているのではないか。ひるがえって、W杯の舞台に立った日本代表は「サッカー選手であることの業」をどこまで肯定できていたのだろう。そんなことも、ふと思うのである。
7月 14, 2006 読む情熱大陸 | Permalink
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