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2006年4月21日 (金)

読む情熱大陸:王貞治



重松 清

 番組をつくっている各位には大変申し訳ない言い方なのだが、新聞のテレビ欄で王貞治さんの名前を目にしたときには、正直に言って、「熱い」期待は寄せていなかった。

 なにしろタイミングがタイミング――WBCのアメリカ戦を翌朝に控えた3月12日のオンエアである。開幕前にはどこかシラけ気味だったWBCをここで一気に盛り上げるべく、『情熱大陸』で前夜祭を……という筋書きを勝手に思い描いてしまっていたのだ。

 ごめんなさい。
 なにより王さん、すみません!

 プロデューサーから資料用に送ってもらったDVDで番組を観たシゲマツ、なんとも失礼な早合点を心の底から悔やみ、反省した。そして僕と同じように早合点して当夜の『情熱大陸』を見逃してしまったひとたちのために、どうにかして再放送を検討していただけないか、とお願いしたくもなった。

 景気づけの前夜祭だなんて、とんでもない。番組は、きっちりと王さんのドキュメンタリーをつくりあげていた。それも、「中国籍を持って日本の球界で活躍した、世界のスーパースター」という王さんの複雑なアイデンティティーに深く迫っていく、いわば内面のドキュメンタリーだったのだ。

 43歳になる僕の世代――要するにオジサンたちにとって、「王貞治物語」は、「長嶋茂雄物語」と並んで子どもの頃からおなじみのものだった。のちの名伯楽・荒川コーチとの出会い、甲子園でのノーヒットノーラン、プロ入り後の打者転向、日本刀の素振りで開眼した一本足打法……いまも僕たちの記憶にくっきりと残るそんな数々の逸話には、もちろん、国体出場辞退に象徴される王さんの国籍にまつわる話も含まれていた。

 その意味では、オジサン視聴者にとっては今回の番組は「王貞治物語のリメイク」でもあったのだが……日本代表チームの監督として、日の丸を背負ってWBCに臨む状況のもとで語り直される「王貞治物語」は――65歳という王さん自身の年齢も含めて、子どもの頃に慣れ親しんだ「物語」よりもはるかに胸を震わせた。それはなぜだろう。王さんのホームランに目を輝かせていた昭和の子どもたちもオトナになり、「国」というものをあの頃よりもずっとリアルな重みで考えるようになったから――だろうか。あるいは、国民栄誉賞まで受賞した王さんが、いまなお、この「国」に注いでいる謙虚なまでの優しさゆえ――なのだろうか。

 番組中、王さんは、ユニフォームに掲げられた日の丸の位置も、日本代表のユニフォームが似合っているかどうかも、「自分ではわからないんだよ」と苦笑交じりに言った。
あくまでも軽い口調の、照れ隠しだとは思う。だが、僕はその言葉に、王さんの万感の思いを感じ取ったのだ。

 日の丸は、そしてニッポンという「国」は、王さんの「世界」的な偉業を称え、誇りとしつづけてきた。だが、日本の国籍を持たない王さんにとって、日の丸は「背負うもの」ではなく、常に(時として複雑な思いで)「見つめるもの」「向き合うもの」だったのだ。その日の丸が、いま、王さんのユニフォームの袖にある。王さんは「国」の代表チームの将として、「世界」を舞台に戦う……。

 WBCの前夜祭のフリをしていた(というか、僕が勝手に早合点しただけなのだが)この番組、じつは一人のヒーローと「国」との関係を描いた硬派のドキュメンタリーだったのだ。

 WBCで優勝したときの王さんのはじけるような笑顔を、あらためて思いだす。
 最高の笑顔だったよね、ほんとうに。

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4月 21, 2006 読む情熱大陸 |

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