2009年7月 3日 (金)

第9話 ときどき休戦



角田光代

 福丸豊子が走るのは、週に三日のランチタイムと決まっている。豊子の勤める印刷会社の昼休みは、きっちり十二時にチャイムが鳴る。十二時前に席を立って も上司に叱られることもないが、みんなチャイムが鳴り終わるまで席にいるので、豊子もじっと座っている。キンコンカンコン、の、コンが長く響くなか、豊子 は素早く立ち上がって、走る。

2009年 07月 03日 見上げれば満天の星 |



2009年6月26日 (金)

もっと、フロンティア



 6月7日の南極観測隊の料理人・篠原洋一さんの放送で、エメラルド色に輝くオーロラを篠原さんが見上げる感動的なシーンを覚えていますか。日本ではまず経験できないような雄大な情景は、これまでの『情熱大陸』の中でも最も美しいシーンの一つでした。

 ところで、あの場面は、いったい誰が撮影したのでしょう。

 篠原さんたちがオーストラリアからいよいよ南極に向かい、取材カメラに向かって別れを惜しむシーンがありました。なのに、南極ではカメラが回っている。 「なんだ、結局、スタッフも南極に行ったのか」。いえいえ、違うんです。実は、その後の映像は観測隊員の皆さんによって撮影されたものなんです。

2009年 06月 26日 みんなの情熱大陸 |



2009年6月19日 (金)

工業デザイナー・水戸岡鋭治



重松 清

 アーティストとアルティザンという対比がある。日本語で言うなら芸術家と職人――そのどちらが上かという話ではなく、二つの立場の違いを考えるにあたって、たとえばこんな言葉はキーワードにならないだろうか。

 きちんと――。

「仕事をきちんとやる」ということにどこまでの価値を置くかが、芸術家と職人の一番大きな違いなのではないか、と僕は考えている。

2009年 06月 19日 読む情熱大陸 |



2009年6月12日 (金)

田中マルクス闘莉王さんの本棚



幅允孝

「おい、闘莉王あがりすぎだろー!戻れ、戻れ」。僕はサッカー日本代表の試合を見ながらTVに向かって何度か叫んだことがある。特に彼は、試合の中でも絶 対に点を取られてはいけない、言い換えると何とかして1点欲しい緊迫した局面で、ディフェンダーながらすごい勢いで前線に駆けあがって味方の加勢をしにい くのだ。

 田中マルクス闘莉王。いまの日本代表のディフェンスラインを支える屋台骨であり、そんな代表の中で最も気持ちを全面に押し出したプレイで観るものの心をつかまえる選手。その愚直ともいえる前へ前への推進力は、彼がこれまで歩んで来た道のりから生まれたものだ。

2009年 06月 12日 あの人の本棚は、きっと |



2009年6月 5日 (金)

第8話 走ること、走らないこと



角田光代

 ホームに続くエスカレーターに岩井智世が乗ったとき、二番線に電車が参りますとアナウンスが聞こえてきた。ああ、電車、きたんだと思いながら、智世は動 くことをせず、そんな自分にびっくりする。昨日まで、人の立っていない右側に移動し、一気にエスカレーターを駆け上がった。いや、昨日までエスカレーター すら使っていなかった。右側に人の列ができてちんたらとしか進まないこともあるから、アナウンスや電車の音が聞こえると階段を一段抜かしで駆け上がってい たのだった。

2009年 06月 05日 見上げれば満天の星 |